#3

花の証言

――


 翌日、紗綾は昼ごろに眼がさめると、ヨヨヨと髪を結んでふらりと外へ飛び出した。現場のアパートではまだ藤原警部が部下を引き連れて捜査をしているところであった。

「あれ、紗綾ちゃん。遅かったのね」

「いやぁ、ちょっと考え事をしてて、夜更かししちゃったんですよ」

 それは言われなくても分かる。ちょっと疲れたその目の下にはうっすらとクマが出ている。

「何かわかった?」

「いいえ。だから、今日もここに来たんですよ。ちょっと現場見ていいですよね」

 紗綾はそう言うと、警部の返事も待たずに部屋に足を踏み入れた。そこにはもう死体はなかったが、その痕跡を残すように花畑は窪み、下敷きとなっていた花が萎れていた。

「警部さん、もうこの花はどかしてもいいですよね?」

「え、いいけど、どうしたの?」

 しかし紗綾はそれに答えなかった。紗綾がこういう質問に答えないのは、彼女なりに何らかの真相が見えてきたということでもあった。藤原警部ももう紗綾とは長い付き合いだからそれ以上深く問おうともしなかった。紗綾は慎重に茎をどけると、ようやく出てきた床を見て、すこし考えこんだのだが、何か思いついたか天井を見上げると、寂しそうに笑みを浮かべた。警部もその微笑みを見逃さなかった。

「何かあったの?」

 警部もそばにしゃがみこむと、紗綾の見つめていた床に視線を落とした。

「よく見てください。よく見ないと見落としますから。あるいは、角度を変えながら見るといいかもしれません」

 この部屋には真紅の絨毯が敷かれていることは前にも述べた。警部は紗綾に言われた通り体の角度を変えてその真紅の窪みに注目した。

「ん?」

「どうです、わかりました?」

 なるほど、赤い絨毯はしっとりと濡れて、その毛並みもしょんぼりとしているのだが、その中に少し光るものが見える出ないか。

「何だろう? ガラス?」

「そう、多分、ガラスです。警部さん、これ慎重に取り出して分析してください。あと、いうまでもありませんが、この花を全部どけて、絨毯をくまなく調べてください」

「紗綾ちゃん。どういうことなの?」

 警部の言葉に紗綾は首を横に振った。

「いくら花が好きでも、この現場は異常です。だとしたら、こうやって花をばら撒く事で犯人は何かをしたかったんでしょう。何をしたかったんでしょうか……? 必要のあるなしで言いますと、わざわざ被害者の首を切り落とす必要も無かったんじゃないでしょうか。どうして首を切り落としたんでしょう? それは……その必要があったからんじゃないですか?」

「どういうこと?」

 しかし紗綾はそれに答えなかった。

「とにかく、よく調べてみてください。わたしはこれで」

 そう言うと警部の制止を振り切るように現場を後にした。

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