Drums
――
呼ばれて入ってきた大平は山田とも津野とも違った様子で、落ち着いているように見えた。ダメージ風のジーンズには、くすみを帯びて輝くチェーンをぶらさげて、胸にはクロスのペンダント。ポケットにはタバコの箱の形が浮かんでいる。かといって特段柄が悪くも見えない。瞳は達観したようで、悲しむ様子もなく、もう既に友人の死を受け入れていると見える。
「大平真実さんですね?」
「はい」
「三条さんとは高校からの仲だと聞きますが、何か三条さんについて知っていることはありませんか? たとえば、家庭事情とか、恋愛関係とか」
大平は警部の質問に少し眉を曇らせた。
「恋愛は、沢山ありましたよ。高校時代だけで片手では数えられない男と付き合っていましたからね。三股をかけてたこともあったし……、私からもやめた方がいいって注意したことがあります」
「だとすると、今回もそういう方向で?」
「っていう可能性は高いんじゃないですかね。だって、昭代はモテモテでしたから。男にチヤホヤされて、嬉しくてチヤホヤされたくて、優しくして。いい子なんだけど、危なっかしいって感じですよ。悪いけど、男の扱い方が下手。その中には執念深かったり、嫉妬深かったりする男も居たかもしれません」
紗綾の頭の中には先ほどの山田の姿が浮かんだ。山田も三条に優しくされた一人なのだろう。
「家庭事情については、何かご存じないですか?」
「うーん。たしか、昭代の家は母子家庭だったと思います。その母親も去年亡くなったみたいで」
「他に身寄りは居なかったんですか?」
「それだったら、お姉さんが居たみたいですよ。私もそれを聞いたときはびっくりしたんですけど。なにやら、離婚した父親の方に引き取られた人だとか」
「昭代さんから聞いたんですか?」
大平は無言のまま首を縦に振った。
「うちの女子会でね、突然そんなことを言い出したんですよ。実際佑香……津野さんは会ったみたいですし」
「大平さんは直接、そのお姉さんに会ったことは?」
「それはないです。姉が居るとは言ってましたけど、どうも会わせたくないみたいで。佑香は駅で会ったみたいですけど、その駅にはもう近づいてくれるなって。その席で昭代に釘を差されてね」
「何か、バンド内でトラブルは無かったんですか?」
紗綾が口を開くと、大平は紗綾の方を向いてにっこりと笑った。
「知ってますよ、あなた、瓦木さんでしょ? 聞いたことあるわ。偉い探偵さんだって。この事件もおもしろいの?」
「え、ああ、まあ。不謹慎ですけど」
紗綾は恥ずかしそうに頭を掻いた。
ぐぅ。
それに拍車をかけるように紗綾のおなかが鳴った。これではとても偉い探偵さんではないね。
「それで、バンド内にトラブルはあったんですか?」
恥ずかしさに声が出なくなった紗綾に変わって警部が尋ねなおした。
「トラブルねぇ。一番トラブル起きそうな山田があれだからねぇ」
そういうと大平は何かおかしそうにフフッと笑った。
「山田さんと何かあったんですか?」
「あれ、山田から聞いてない?」
「いえ、具体的なことは」
「そう、具体的なことが何一つないのさ。どうも奥手なんだね。そのくせ詩人だから愛の詩なんて書く。ありゃみててこっちまで赤くなるよ」
「じゃあ特に山田さんと軋轢があるということはないと」
「軋轢も何も進展がないからね。その点高井はどうだったんだか。やることはきちっと済ませてたみたいだけど……」
「それに山田さんが感づいて、とかは……」
「ないない。それができてるならこのバンドにいませんよ」
「じゃあほかに何か、権利関係でのトラブルは?」
「それも大丈夫ですよ。ウチはみんなそれぞれ得意なことがあるし、自分の力量をわきまえてますから。それを認めなきゃ、バンドなんてすぐ瓦解しちゃいますよ」
「そうですか……。紗綾ちゃん、もういいかな?」
紗綾はまだ顔を赤くしている。大平はフフッと笑った。
「あ、はい。大丈夫です」
「それじゃあ、大平さん。次、高井さんを呼んできてもらえますか?」
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