MC

Bass

――


 呼ばれて出てきた山田忠夫は、黒縁のめがねの奥で眼をきょろきょろ動かし、そこにいる警部と紗綾の様子をうかがっているように見えた。着ている服は濃い紺のチェックで、ひょろりと細長い身体を持つ以外にこれと言って特筆することもない風貌である。

「や、やっぱり、あ、あれは、さ、三条なんですよね」

 すすめられたソファに座るなり山田はどもりながらようやくそれだけの言葉を口にした。

「おそらくそうでしょうね」

 藤原警部がそう答えると、山田は絶望したようにうめいて頭を抱えた。

「い、いや、わかっています。あなた方が聞きたいのは、僕らと三条の関係でしょう。だとすると、私は真っ先に疑われてもおかしくない……」

 突然堰を切ったように言い切ると、山田は放心したように腕をダランと垂らして天井を仰ぎみた。

「疑われるようなことがあるんですか?」

 紗綾が尋ねると山田はむくりと首を据えなおして語り始めた。

「三条はね、僕にとって、おとぎ話のお姫様だったんですよ。僕はそれに惚れ込んでしまった。ぞっこんに。そう、好きだったんです。でも、でも、お姫様は結局僕を選んでくれなかった。別の王子様を選んでしまった……」

「というのはつまり、ギターの高井さんのことですか?」

 警部の言葉に山田は首を大きく縦に振った。

「へへっ。そうです、そうです。ギター王子には僕は敵いませんや。所詮地味なベース弾きですからね。ギター王子にボーカル姫君。ドラムとベースは衛兵みたいなもんです」

 山田はそう言ってアハハと笑うと一つ大きく溜息をついた。

「三条さんと知り合った、というか、このバンドに入ったのはどういう訳なんです?」

「疑問を持つのも道理でしょう。誰かの手に落ちた花を前にただ指をくわえてみているしかない。逃げ出したくなるのが道理でしょうね。でもね、僕はそれでもうれしかったんです」

 どうも山田の話は要領を得ない。散文詩のようにさえ聞こえる。それが演技なのかどうか、一目では判別がつかなかった。

「僕が三条を知ったのは高校時代ですよ。友人に呼ばれて行った、地元の十代のバンドが集まったライブで、僕は見とれてしまったんです。まるで舞踏会に行ったみたいですな。おとぎ話よろしく、僕は姫君を見つけた。恥ずかしながら全く音楽は耳に入ってこなかった。スポットライトを浴びた彼女とその歌声しかそこにはなかったんです。ライブが終わった後、僕は意を決して彼女に話しかけた。そしたらちょうどそのバンドでベースが抜けると言っていて、これはお近づきになるチャンスだと、ベースを始めて今日に至るんですよ」

 山田はそこでもう一度深く溜息をついた。

「それはもう必死です。せっかく姫君に近づけるチャンスなのですから。起きてる間はずっと練習ですよ。おかげでバンドはうまくいきました。でもね、僕の人生という物語はそううまく収まるようにはできていないんみたいで。彼女にとって僕はただの御付きだったんです。白馬の王子様はある日どこからともなく現れた。僕は悲しみに暮れましたよ。音楽もやめようと思った。バンドもそこからの軋轢で解散しちゃって。あのころは寂しかったなぁ。でも、そうやってごろごろと布団の中でつまらない毎日を送っていたある日、お姫様からお誘いの電話が来た」

「バンドに参加してくれと?」

 山田は紗綾の言葉にええ、と返した。

「三条が高井に薦めてくれたんですね。ベースは山田忠夫がいいって。僕は嬉しかった。なんだかんだあったけど、僕はやっぱり彼女に見ていてもらえるのが嬉しいんです。そうやってでも彼女に自分の存在を認めてもらえるなら、僕はいいかなと思って」

「はぁ。それで、三条昭代は誰かに恨まれるとか、嫌われるとか、そういうことはなかったんですか?」

 紗綾がそう尋ねると山田忠夫はビクリと肩をふるわせた。

「誰かに恨まれるとしたら、三条はあんなにきれいだから、恋愛沙汰では何かあったかもしれないですよ。だから、その点、ああ、やっぱり僕は疑われてもおかしくないでしょうね。叶わぬ恋の腹いせに殺したんだと。あなた方もそう思ってるんじゃないですかね?」

「いえ、そんな、ああ、じゃあ、次、キーボードの津野さんを呼んできてもらえますか? 警部さん、もういいでしょう?」

 警部は言下に頷いた。山田忠夫は疑心暗鬼になっているようで、これ以上の聞き取りをしても仕方がないように思えたのだ。

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