夢売りたちの24時

夢水明日名

プロローグ

 1 プロローグ

「あたしの夢はお姫様になることです。夢水アスナ(ユメミズアスナ)、7歳。」

 そんな作文を書いていたことをふいに思い出した。あのとき、私は、お姫様になれるということを、本当に信じていたから、とても大きな字で書いていたのを覚え《ルビを入力…》ている。女の子たるもの、いや場合によっては男の子であっても、お姫様になりたいと思ったことはきっと1度ぐらいあるだろう。シンデレラや白雪姫を読んだり、アニメや童話を読んで、こういうお姫様になってみたいと代替一度は夢にみる。

 しかし、私はそういうのとも少し違うことを考えていた。お姫様になるにはどうすればいいのかと、あれやこれやといろいろと考えていたのだ。ただぼんやりとその夢を思い描くだけではなくて、どうすればお姫様になれるのかを、その小さな頭で、まだ漢字もそんなに読めない頭で、必死に考えようとしたのである。

「ねえ、ママ。あたし、お姫様になりたい。どうすればなれるの?」

 私は真剣にそう聞いたつもりだった。自分はいつか、努力して努力して努力すれば、きっとお姫様になれると思ったのだ。

 けれど、母の答えは冷ややかで、とても遂げのある言葉だった。まるで

 白雪姫の魔女みたいな顔で言ったのだ。

「馬鹿ね。あんな絵本に出てくるお姫様なんてこの世にはいないのよ。そんなこと言ってる暇があったら、とっとと洗濯物取り込んでらっしゃい。」

 そう言って追い立てられてしまった。

 母にこんなことを言われるのは慣れっこだった。なぜなら母の口癖は、「いい、アスナ。夢をみてはいけないよ。現実っていうのは夢をみる時間なんてないほどに忙しいんだから。」だった。サンタクロースがプレゼントを届けてくれたと思ったと気も、「馬鹿ね。それはあたしが買ってあげたんだよ。あんた、貯金箱が星言って言ってたでしょ?サンタなんていないのよ!」とバッサリ言われてしまった。七夕の短冊に願い事を書いていたら、「あんた、そんなんで本当にお願いがかなうと思ってるの?いつも言ってるじゃない。夢をみてちゃだめだって。」と繰り返す。

 キャラクターの着ぐるみを着た人が、遊園地で私にプレゼントをくれたときも、「あの着ぐるみ、本当に不細工ね。」とあっさり感想をこぼしてしまった。だから私は、母の前では夢をみることを禁じられていた。それでも私は、そういう夢のない世界だと知っていても、お姫様になる夢だけは捨てなかった。

 私は洗濯物を取り込みながらなおも続けた。

「じゃあ…シンデレラみたいにダンスができるようになりたい。だから、ダンスの教室に通いたい。」

 そうすると母はまたなおも冷ややかに言うのだった。

「馬鹿ね。うちにはそんなお金はないの。わかるでしょ?」

「でも…パパが…。」

「パパはもういないの!」

 ガラスが割れる音がして、母はお茶を入れようとしていたコップを辛苦に落としてしまった。母は悲しそうな顔でガラスのかけらを集める。

「アスナ、ママはもうパパとは会いたくないの。だからパパはもう戻ってこない。だから今あたしが頑張って働いているのよ。あなたとスズナのためにね。だから、習い事なんてしている余裕はないのよ。」

 ガラスの割れた音に驚いて、その当時3歳だったすずなが大声でないているのがわかった。私は洗濯物を急いで取り込んで、スズナをあやしに向かった。

 確かに、こんな調子じゃお姫様にはいつまで経ってもなれそうにない。毎日を生きていくにも必至の夢水家にとって、習い事をするような経済的・時間的余裕はなかった。

 けれど、私は、というより私の夢は、そんなことで死ぬ夢ではなかった。私は、ほかの友達がどんな習い事をしているのかを聞いたり、自分で本を読んだりして、どうすればお姫様になれるのかをいろいろと考えた。

 そして、母にだめ元で交渉するひびが続いた。

「ママ、ピアノ習いたい。」

「ママ、絵画教室行きたい。」

「ママ、お抹茶をきれいに入れられるようになりたい。」

「ママ…。」

 どれだけ言っても母は聞入れてくれなかった。自分でも、母が必至に働いているのはわかっていたはずなのに、わがままを言い続けていたことはわかっている。しかし、「アスナ」と「スズナ」のためと言うのなら、どうして夢を見つけた私のことを応援して、少しでもお金を出してくれないのだろうかと、母に不満がたまっていった。

 私は、ダンスを習っている友達に混ざって、少しだけ体験の練習をさせてもらうことになった。案外ダンスというものは、自分が思っているよりも難しく、それでもお姫様になるにはちゃんと踊れなくちゃいけないと思って、必至に頑張った。

 すると、それが母にばれてひどく叱られた。しかし、その叱られた理由というのが、「どうして自分のやりたいことを隠していたのか。」という、実に理不尽な理由だったのである。

 結局母は、ダンス教室のお金を出してくれた。けれどそのときの約束として、「絶対に何か成果を残すまではあきらめないこと。」というのがあった。成果というのも、小さな大会で優勝とかではなく、もっと世に出ても恥ずかしくない成果である。

 もちろん私の主目的は、お姫様になることなので、必至にダンス教室に通うことになった。

 しかし、人間というのは、夢を持続させることができても、現実がつらいとすぐに心が折れて、すぐにやる気をなくしてしまう。私も例外ではなかった。

 ダンスというのは、練習がなかなかにハードで、踊れるようになっても、体系を美しくする努力をすることや、けがと戦うこと、体のケアをすることも含めて、かなり気を使うことだということがわかった。そういうものにストレスを感じて、私の心は少しずつ疲弊していった。

「あなた…。本当にダンスを続けていく気はあるの?」

 中学3年のある日、母にそう聞かれた。はっきりと答えられない自分がいた。最近の練習や日々の生活に対して、かなりのストレスを感じていたからである。だからつい叫んでしまったのである。

「そんなの、まだわからないよ…!」

 母は、そういう中途半端な考え方をする人は好きではなかった。というより、一番嫌いだったといってもいいかもしれない。父と離婚したのも、父が母のことを中途半端にしか愛さなかったからだと聞いたことがある。

 母は私にこう言った。

「言ったでしょ?お姫様なんてこの世にはいない。あなたは、そんな夢をみてはいけないのよ。」

 高校に入る前に、私はダンス教室をやめざるを得なかった。高校に入るのだって、「まじめに勉強しないのならすぐにやめてもらいますからね。」と強く言われていた。

 わがままな人間と思われるかもしれないが、あのとき私が母に叫んだことは事実だった。確かにダンスの練習はつらいし、いろいろと乗り越えなければいけないこともある。だからあきらめたい気持ちもすごく強い。しかし、それでも、やっぱりお姫様になる夢だけは捨てられなかった。

 もちろん、母の助けを借りることはできない。だから、自分の力で、お姫様になるしかない。

 それなのに…。



 1 プロローグ

「あたしの夢はお姫様になることです。夢水アスナ(ユメミズアスナ)、7歳。」

 そんな作文を書いていたことをふいに思い出した。あのとき、私は、お姫様になれるということを、本当に信じていたから、とても大きな字で書いていたのを覚えている。女の子たるもの、いや場合によっては男の子であっても、お姫様になりたいと思ったことはきっと1度ぐらいあるだろう。シンデレラや白雪姫を読んだり、アニメや童話を読んで、こういうお姫様になってみたいと代替一度は夢にみる。

 しかし、私はそういうのとも少し違うことを考えていた。お姫様になるにはどうすればいいのかと、あれやこれやといろいろと考えていたのだ。ただぼんやりとその夢を思い描くだけではなくて、どうすればお姫様になれるのかを、その小さな頭で、まだ漢字もそんなに読めない頭で、必死に考えようとしたのである。

「ねえ、ママ。あたし、お姫様になりたい。どうすればなれるの?」

 私は真剣にそう聞いたつもりだった。自分はいつか、努力して努力して努力すれば、きっとお姫様になれると思ったのだ。

 けれど、母の答えは冷ややかで、とても遂げのある言葉だった。まるで

 白雪姫の魔女みたいな顔で言ったのだ。

「馬鹿ね。あんな絵本に出てくるお姫様なんてこの世にはいないのよ。そんなこと言ってる暇があったら、とっとと洗濯物取り込んでらっしゃい。」

 そう言って追い立てられてしまった。

 母にこんなことを言われるのは慣れっこだった。なぜなら母の口癖は、「いい、アスナ。夢をみてはいけないよ。現実っていうのは夢をみる時間なんてないほどに忙しいんだから。」だった。サンタクロースがプレゼントを届けてくれたと思ったと気も、「馬鹿ね。それはあたしが買ってあげたんだよ。あんた、貯金箱が星言って言ってたでしょ?サンタなんていないのよ!」とバッサリ言われてしまった。七夕の短冊に願い事を書いていたら、「あんた、そんなんで本当にお願いがかなうと思ってるの?いつも言ってるじゃない。夢をみてちゃだめだって。」と繰り返す。

 キャラクターの着ぐるみを着た人が、遊園地で私にプレゼントをくれたときも、「あの着ぐるみ、本当に不細工ね。」とあっさり感想をこぼしてしまった。だから私は、母の前では夢をみることを禁じられていた。それでも私は、そういう夢のない世界だと知っていても、お姫様になる夢だけは捨てなかった。

 私は洗濯物を取り込みながらなおも続けた。

「じゃあ…シンデレラみたいにダンスができるようになりたい。だから、ダンスの教室に通いたい。」

 そうすると母はまたなおも冷ややかに言うのだった。

「馬鹿ね。うちにはそんなお金はないの。わかるでしょ?」

「でも…パパが…。」

「パパはもういないの!」

 ガラスが割れる音がして、母はお茶を入れようとしていたコップを辛苦に落としてしまった。母は悲しそうな顔でガラスのかけらを集める。

「アスナ、ママはもうパパとは会いたくないの。だからパパはもう戻ってこない。だから今あたしが頑張って働いているのよ。あなたとスズナのためにね。だから、習い事なんてしている余裕はないのよ。」

 ガラスの割れた音に驚いて、その当時3歳だったすずなが大声でないているのがわかった。私は洗濯物を急いで取り込んで、スズナをあやしに向かった。

 確かに、こんな調子じゃお姫様にはいつまで経ってもなれそうにない。毎日を生きていくにも必至の夢水家にとって、習い事をするような経済的・時間的余裕はなかった。

 けれど、私は、というより私の夢は、そんなことで死ぬ夢ではなかった。私は、ほかの友達がどんな習い事をしているのかを聞いたり、自分で本を読んだりして、どうすればお姫様になれるのかをいろいろと考えた。

 そして、母にだめ元で交渉するひびが続いた。

「ママ、ピアノ習いたい。」

「ママ、絵画教室行きたい。」

「ママ、お抹茶をきれいに入れられるようになりたい。」

「ママ…。」

 どれだけ言っても母は聞入れてくれなかった。自分でも、母が必至に働いているのはわかっていたはずなのに、わがままを言い続けていたことはわかっている。しかし、「アスナ」と「スズナ」のためと言うのなら、どうして夢を見つけた私のことを応援して、少しでもお金を出してくれないのだろうかと、母に不満がたまっていった。

 私は、ダンスを習っている友達に混ざって、少しだけ体験の練習をさせてもらうことになった。案外ダンスというものは、自分が思っているよりも難しく、それでもお姫様になるにはちゃんと踊れなくちゃいけないと思って、必至に頑張った。

 すると、それが母にばれてひどく叱られた。しかし、その叱られた理由というのが、「どうして自分のやりたいことを隠していたのか。」という、実に理不尽な理由だったのである。

 結局母は、ダンス教室のお金を出してくれた。けれどそのときの約束として、「絶対に何か成果を残すまではあきらめないこと。」というのがあった。成果というのも、小さな大会で優勝とかではなく、もっと世に出ても恥ずかしくない成果である。

 もちろん私の主目的は、お姫様になることなので、必至にダンス教室に通うことになった。

 しかし、人間というのは、夢を持続させることができても、現実がつらいとすぐに心が折れて、すぐにやる気をなくしてしまう。私も例外ではなかった。

 ダンスというのは、練習がなかなかにハードで、踊れるようになっても、体系を美しくする努力をすることや、けがと戦うこと、体のケアをすることも含めて、かなり気を使うことだということがわかった。そういうものにストレスを感じて、私の心は少しずつ疲弊していった。

「あなた…。本当にダンスを続けていく気はあるの?」

 中学3年のある日、母にそう聞かれた。はっきりと答えられない自分がいた。最近の練習や日々の生活に対して、かなりのストレスを感じていたからである。だからつい叫んでしまったのである。

「そんなの、まだわからないよ…!」

 母は、そういう中途半端な考え方をする人は好きではなかった。というより、一番嫌いだったといってもいいかもしれない。父と離婚したのも、父が母のことを中途半端にしか愛さなかったからだと聞いたことがある。

 母は私にこう言った。

「言ったでしょ?お姫様なんてこの世にはいない。あなたは、そんな夢をみてはいけないのよ。」

 高校に入る前に、私はダンス教室をやめざるを得なかった。高校に入るのだって、「まじめに勉強しないのならすぐにやめてもらいますからね。」と強く言われていた。

 わがままな人間と思われるかもしれないが、あのとき私が母に叫んだことは事実だった。確かにダンスの練習はつらいし、いろいろと乗り越えなければいけないこともある。だからあきらめたい気持ちもすごく強い。しかし、それでも、やっぱりお姫様になる夢だけは捨てられなかった。

 もちろん、母の助けを借りることはできない。だから、自分の力で、お姫様になるしかない。

 それなのに…。



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