――3――
橋の下
野次馬心を胸に現場にむかうと、警察が橋の周りを封鎖している所だった。
「君たち、ここに泊まっていたのか」
橋の周りでうろうろしていると、スーツ姿の男が近寄ってきた。紗綾は経験上この人が担当の刑事だと分かったから、昨夜の顛末を語って聞かせた。すると刑事は、
「ああ、その話は他の関係者からも聞いている。もう一回確認するが、水に何か重いものが落ちる音がして、ちょっとしてから向こう岸で光が見えたんだね」
紗綾たちはそれに頷いた。
「それで、どのあたりが光っていたか覚えているかな?」
「それは、あのバンガローの辺りだったと思います」
「なるほど。それで、その光の後に誰かこの橋を渡って行った人はいるかな?」
「それなら、その光のすぐ後に女の人がこっちのほうに」
と、言うのはもう一人の友人である。彼女の言葉に舞も紗綾も首を縦にした。
「それは光ってからどのぐらいあとだい?」
「すぐだったと思います。十秒、そんなところかな」
舞がそう言うと、刑事はウムと唸った。
「十秒じゃこの橋は渡れん……」
「刑事さん。一体何があったんですか? さっき部屋から見たら、なにか橋の下に浮いてるように見えたんですけど」
黙った刑事に対して、紗綾はあえて少し怯えたように、さりとて好奇心を忘れぬような口調でそう話しかけた。これがうまく当たったのである。
「ああ、どうせ知れることだが。昨日ここに宿泊していた他のグループを知っているかな? そう、その大学生の四人なんだが、その一人がな……」
「ひょっとして……亡くなったんですか?」
「ああ、そうだ。殺されてこの橋の下に浮いている。だから君たち、何か昨晩気になったことがあれば、どんな些細なことでもいいから私に話してくれ」
「でも、そんな何か気になったことって言われても……。何かないんですか、これが知りたいとか、訊きたいとか……。あ、でも捜査の秘密じゃ言えませんよね」
紗綾のこの言葉は明らかに下心があった。しかし、証言者の言い分としてはなかなか適当なものではないか。何か思い出すきっかけが欲しい。そこから紗綾は捜査の情報を引き出そうとしていた。
「ウウム。そうだが……。例えばその残りの三人がだね、何か話しているのを見なかったかい?」
「それだったら、バーベキューの後、お風呂にそのグループの女性二人が居ましたよ」
舞が証言した。紗綾ももう一人の友人もそれに頷くと、刑事はしめたとばかりに切り込んできた。
「何を話していたか、覚えているかい?」
「いや、その、どっちかの彼氏がどこかに行っちゃったみたいで、どこ行ったんだろうって。だから、その時にはもう行方不明になっていたんじゃないですか?」
「ウム。それは分かっているんだな……。他になにか無いかな」
「ああ、そういえば、その水に何かが落ちる音がした後、そのグループはバーベキューの後片づけをしていたんですけど、その時一人が言ってたんですよ、『あのバンガローいわくつきだ』って。何か、そんないわくでもあるんですか?」
と尋ねたのは紗綾である。
「いわく……? 私はそんな話聞いたことが無い……」
と、そこに一人、制服の警官が走ってきた。手には一冊のノートを持っている。
「山中警部、こ、こんなものが部屋から見つかりました」
「なに、どんなもんだ」
警官は手を震わせながらノートを開いて見せると、それの一節を読み上げた。
「淵の中に浮かんだその死体には解けた包帯が絡み付いていて……と」
「包帯……。川島君、このあたりの住人にその事件について聞いてくるんだ。急いで」
「はい」
警官はあわてて敬礼をすると、踵を返して走り去っていった。山中警部はその背を見送ることなく、もう一度ノートに目を落とした。
「警部さん。何があったんですか」
紗綾の言葉に山中警部は顔をあげた。
「ああ、君たち。なかなか気が利いてるじゃないか。些細な会話でもよく覚えていたね。君たち、まだこの下には遺体が浮かんでいるんだが、それを見てみる勇気はあるか?」
山中警部は目を光らせた。紗綾は決心したように頷いて見せると、恐る恐る橋から身を乗り出した。一秒、二秒、沈黙が続いた。十秒ほどして、紗綾は身を戻して山中警部の手にあるノートを見つめた。
「先ほどあの警察の方、『包帯が絡み付いて』って仰ってましたよね」
山中警部はただその言葉に頷いた。しかし紗綾はその方を向いていない。川の上流のほうに顔を向けている。
「ということは、この事件はそこに書かれた事件の内容に似ている、と」
再び山中警部は頷いた。
「警部さん。ぜひ、そのノートを見せて頂けませんか」
紗綾の言葉に山中警部の口角が上がった。
「なるほど、君はただの野次馬じゃないようだな。なかなか度胸もある。私から何か聞きだそうとしているな」
川上から吹く風が紗綾の髪をなびかせた。
「君はいったい何者だ。我々の味方か、敵か?」
その瞬間、若い山中警部の瞳は鋭く光っていた。もし紗綾が今山中警部と目を合わせていたら、もし人の視線が人を焼き殺すなら、紗綾はたちまち燃え上っていただろう。しかし紗綾はその視線に対し、あくまで流水のように冷静であった。
「気になることがあったら、解決しないと気が済まないんです」
「つまり、この事件も気になるというんだな」
紗綾は無言のまま縦に首を振った。
「おもしろい。やりたきゃやればいい。ただ、俺の邪魔はするな」
山中警部は紗綾にノートを差し出した。
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