60.ノクトマとスビアイ山―7


「なんっ、……いや、そうだ、冒険者とはまず、報酬の話をしなければいけませんでしたね」

 ユウの返答を受けひどく混乱した様子ながらもなんとか冷静を取り戻してみせた依頼者シアンを前に、ユウは表情一つ変えず再度首を横に振る。

「いや、報酬がどうとかいう前に、どう考えてもめ……俺たちには早い、というより合わない依頼だ。悪いが俺たちの戦闘スタイルはあまり護衛に向いてない」

「そんな! その年齢であれほどの強さ、そこらの冒険者ではありえません。私だってこれまで修行を欠かしたことは」

「強さがどうこうじゃなく、向いてないんだよ。ギルドでも、昇級に必要じゃなかったら護衛依頼なんて受けるつもりもなかった。俺たちは二人と従魔だけでやってきたし、それを想定に修行してる」

「これからも昇級を目指せば団体戦やパーティー戦は必要不可欠なんですよ!?」

「そもそも自由に冒険する為に冒険者してるんだよ。ランクはそれに必要な分あれば十分だ。……師匠、俺たちが複数人での行動を不得手としているとわかっていて、なぜ」

 なぜ連れて来たのだと、そう問うユウに師匠はにっと口角を上げる。


 師匠たちは十分わかっていた筈だし、そもそも師匠たちですら『あんたたちは二人旅がメインになるだろうから』と修行自体もそれを想定した戦い方を学ばせてくれていた。

 師匠たちは無理に仲間を増やせとは言わなかった。仲間と戦いたければ、騎士になればいいのだと言う。それはきっと正解である。

 もちろん自由度は下がるだろう。だが騎士や兵士には、指導体制や情報力、安定した地位、収入の他にも、連携し問題にあたることができるなどのメリットもまたある。それでもこの世界の冒険者の数は多い。それはただ自由に憧れているだけではなく、大人数が向かない、手を隠しておきたい力の持ち主も多くいるのだ。知られたら狙われるような力や道具を持っているのは何も私たちだけではない。

 だからこそたまたま依頼地で出会っても挨拶のみで団体行動をしないのが一般的なのだし、少数パーティーが多いのだから。

 多ければ揉める。規律の厳しい騎士と違い自由を謳う冒険者が、気の合う少人数で組むのは『普通』だ。護衛依頼を受けるか受けないかは好みでしかない。


「そりゃ、そこはあたしも反対しないさ。冒険者が自由なら、依頼者もまた自由さ。無理強いしないだなんて当然の、ある程度の常識は必要だろうけどね。ただこれも、じいさんに頼まれたのさ。宝を届けるという依頼はどのみちギルドを通せないらしくてねぇ、受ける受けないはともかく、依頼主と直接会うなら決めるのは当人同士だよ」

「そもそもなんで俺たちなんです」

「この子が言ってただろ? この子がこの地に来たのは占術の導きで、そして恐らくあんた達の噂を聞いたのもその結果さ。ルイードが別件で忙しくてね。あたしやじいさんじゃ迷宮になんて顔を出したら目立ちすぎるってんで協力できないし、タイミングがいいのか悪いのかじいさんはあんたたちがその宝を見つけ出すと占ったところだった。そこにルイードからの手紙が来て、この子の護衛を依頼されてあたしが出たのさ。まるで運命みたいだろう?」

「……占術が先? おじいさま、私たちがその迷宮都市で宝を見つけるって視たんですか? そもそもなぜ引退した師匠がわざわざ出て護衛を?」

「可能性の一つだがね、たまたま視ちまったらしい。で、あたしはルイードに頼まれて仕方なくね。あんたたちに断られたら、この子をどこか安全なところに隠す必要もある」

「……隠す?」

「アーリアンナ殿!」


 思わずユウと視線を交わす。

 つまりなんだ、この子と一緒に地上迷宮に行くのを断れば、この子をどこか安全なところで匿うという護衛役を師匠がするということか。

 おじいさまの伝言、宝を届けて欲しいというのは命令ではない。おじいさまも師匠も、私たちを助け修行をつけてくれた恩人だが、私たちを縛ることを良しとしないのは師匠たちも同じだった。私たちは、すべて自己責任ながら自由な冒険者なのである。

 だが私はそれを断るという選択肢は持ち合わせていないし、ユウも恐らくそうだろう。あれだけ占術に助けられ、師匠たちには恩がある。師匠たちが私たちにこういった頼みごとをするということは、今回の件、何か余程なことが絡んでいるのだと理解している。


 デメリットを考える。

 まずこの依頼を受ける場合、護衛という言葉に反論しない以上、あちらは自分がその『地上迷宮赤の塔』とやらで力が足りないことを自覚しているのだと思う。……護衛。となれば、私は恐らくグリモワールを隠すことができなくなる。そもそももし期限一杯三ヵ月かかるとすれば、その間グリモワールの収納を隠しきるのは相当難しい問題だ。ユウが持つ指輪型の収納は言わずもがなである。


 何より私に限って言えば一番の問題は、他人と三ヵ月も一緒に過ごさなければいけないということだろう。どう考えても寝不足になる。

 しかも護衛ということは、不特定多数が宿泊する宿で部屋を分けるわけにもいかないだろう。良くて貴族が宿泊するような高級宿の数室続き部屋で分ける程度か。野営だろうが宿だろうが休まることなく三ヵ月も他人と過ごすのは、いまだ悪夢に苛まれる私ではかなり大きな障害となる。あれは、克服したくてできるものではなかった。ユウ以外は、だめなのだ。たとえ師匠であっても、私はともに夜休むことはできなかった。


 そしてこれは本人でなければどの程度なのかわからないが、ユウもまた他人と過ごすことを苦手としている節がある。それは日中であってもそうで、ドラゴンの魔力を隠すことに苦心しているユウは、特に人のいる場所での戦闘で力をセーブすることで、疲労が蓄積する傾向にあるようだ。……先ほど、私に沈黙を使わせ魔術師の足止めを任せ、先に剣士から仕留めようとしたのも恐らくそのせいだ。グリモワールを出さなければ私の決定打になる攻撃は少なく、自分が剣士にあたることで素早く数を減らしたかったのだろう。

 他人と過ごすということについては私以上に神経質になっている可能性もある程で、その大部分はドラゴンの魔力関係だとしても、その中に『人を信じられない』という過去の非道な人体実験による弊害があることは……師匠たちも知っている事実だろう。


 デメリットばかりだ。逆にメリットがあるのかと悩む程の条件。ちらりとユウを見れば、いまだ師匠を説得しようとする依頼者を観察しながらも決意を固めているように見える。というか、説得したいなら師匠に言うのが間違っている。私たちに頼みたい依頼ではないのか。

 周囲を探り、どうやらこの材木置き場周辺に師匠の防音結界があるようだと気づいて安心し、さて、と小声でユウに問う。


「どうする? 私、迷宮には行った方がいいかなって思う。えっと、護衛じゃなくておじいさまからの伝言は受け止めたいなって」

「それはそうだな。じいさんから来た話だ、師匠が伝言役の時点で疑う理由もない。ただ、護衛は面倒だ。迷宮に挑むとなれば、俺たちが出し惜しみしてられない可能性もある」

「だよね。あと……私寝る自信ない」

「だな。まぁ俺そもそもミナと部屋分ける気ないし、他人と同室も嫌だね」


 そっか、と答えたところで、頼む! と叫ぶ声がする。その様子は必至で、一体その赤の塔最上階に何があるんだと考えながら天月を撫でた時だった。


「報酬は必ず望むものになるよう尽力する! アーリアンナ殿たちの弟子であれば裏切りの心配もない、どうしても私にはあれが必要なの、……だ……?」

 こちらを見たシアンの視線が、ひたりと天月に向けられる。なんだ、と思わず抱きしめる腕に力が入ったその時、よろよろと近づいたシアンの細い腕が、がっと私の手を掴んだ。ぎょっとし固まってしまうという不覚をとったが、脅威その手は即座にユウに払われる。

「痛っ、」

「触るな」

「っつぅ、いや、だが、それは! その指輪は、あの開かずの本では!」


 その叫びに息を飲む。普段は長い袖に隠れた私の指先は、天月を抱いていることで毛に埋まりながらも僅かにその指輪を覗かせていた。

 だがなぜ、この指輪を見てグリモワールだと判断したのだ。驚きつつも後退れば、ユウが私を庇うように前に出て手を刀へと伸ばしている。その後ろで師匠までも目を見開き、おや、と呆けたように口にした。


「その本のことをどうして知ってるんだい。もう何十年と世に出てないもんだよ」

「父の書斎に、我が家に伝わる秘宝について纏めた本が。ですが、大占術士殿に報酬として与えたと聞いていました。貴女の弟子とはいえ、秘宝のひとつ。なぜ彼女が?」

「……そういやじいさんがこいつを報酬でもらったのは、あんたの家だったね。いやでも、あんたが生まれるよりだいぶ前の話だろう。貰ったことについては、面倒ごとを避ける為に秘匿されている筈だったんだがねぇ」

「……父が不在の時に当時の書類を拝借しました。すみません、父のせいでは」

「管理不行き届きだよ。ったく、あんたのじいさんからもらったもんだ、うちらがどうしようと勝手だろう。今更返せだのと戯言を言うんじゃないよ」

「まさか。祖父がお渡ししたものです、返せなど言う筈ありません。……ですが、」


 そこで何かを言い淀んだシアンが、ふと顔を上げるとひたりとユウを……そしてその背に隠されるようにいる私に視線を向けたのが、ユウの後ろから顔を出していた私にも見え、思わず指輪を隠す。だが次にシアンが放った言葉は、私たちにとって予想外のものだった。


「その指輪をお持ちということは、もしかしたら開かずの本は既にその呼び名を変えたのかもしれませんが……その指輪には、ともに発見された手紙がありました。それ自体が魔道具であったのかよほどの力を持っている者でなければ開封できず、そして綴られたその文章は、どれだけ研究しても文字の法則すら見つけることができなかったと記録に残っています。その本と同じく読める者がいないものとして扱われていましたが、もしかしたら」

「……まさか、その手紙と引き換えに護衛しろと?」

「ここで開かずの本を得た者と手紙の存在を知る私が出会ったのも『導き』の内だとは思いませんか」


 その言葉にユウが戸惑うのがわかった。……私もそうだ。そもそも私が冒険者をしている理由の一つに、このグリモワールのことを知りたいという理由があるのだと、ユウだってきっと覚えているだろう。

 今は私を使い手と決めてしまい、誰にも扱わせようとしないこの指輪と共に発見された手紙。

 恐らく書かれている文字は、前々世の世界で覚えたあの文字なのだろう。法則性はこの世界のものと似ており、読めないということがまずおかしい。つまりグリモワールと同じく、その手紙が『グリモワールの主にしか読めない』可能性はかなり高い筈。……そんな手紙があるなんて、という驚きの感情の中に確かに興味が混じる。

 恐らくユウもそうなのだろう、纏う雰囲気が変わった。このあまりにも高性能な魔道具については、探りたいと、私とはまた別の理由かもしれないが目的の一つとしていたのだから。


「……師匠」

「なんだい」

「その迷宮、攻略にどれほどかかる。俺たちはまずスビアイの迷宮で攻略を学ぶ予定だった」

「あんたたちならそうだね、赤なら一ヵ月かからないんじゃないかい?」

「そうか。その依頼、考えさせてほしい。俺たちは三ヵ月も他人といるつもりはない。最低限であれば考慮する」


 ぱっとシアンの表情が希望を見たように輝いた。



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