最強系主人公と二度目転生者の冒険者生活!
薄藍新茶
1.いざ、異世界冒険へ―1
「やめろ! くそっ、ふざけるなぁああ!!」
どこまでも悲痛な声を最後に、気が付いた時には、すべてが終わっていた。
全身どこもかしこも魔力の使い過ぎによる激痛に襲われ、さらに肌がひどくひりつくことから傷を負っているのだとわかる。頭を持ち上げる力も残ってないが、騒がしいというよりは阿鼻叫喚といった叫び声に包まれる周囲に視線を巡らし、ああ、と状況を理解した。
魂を弄るなど、神の領域に手を出した馬鹿な人たち。
強い魔力を持つ人間を選び出し、贄をつかいドラゴンを生きたまま捕獲して。
ドラゴンの魔力の源たる
いくら強い魔力を持っていようと所詮は人間。ドラゴンの魔力に器が耐えられるわけもなく、結果暴走し、多くの人間の命が一瞬で散った。
何の実験に使うつもりだったのか様々な魔物たちが捕らえられていたようだがその装置も壊れ、逃げ出して人を襲うせいで、暴走した魔力から生き延びた人間たちも蹂躙され始めている。生贄として魔法陣の内に閉じ込められた筈の『私の体』が何故まだ生きているのかわからないが、目の前には数か月前に友達となった『幸せを運ぶ鳥』と呼ばれる鮮やかな青い羽をもつ小鳥が、隠れ潜んでいた私の外套から転がり落ち、その小さな命を散らしてくたりと地面に横たわっている。……同じく魔法陣の中にいる集落の人たちは私以外誰一人、生きてはいないようだった。
父も、母も。誰もかも。
集落を襲われ捕らえられてから恐らく三日目。今日は確か、十五の誕生日だ。国の定める成人とは十六であるが、もう大人だと、集落の男との婚姻が発表される筈だった。誰だか知らないが、予想はつく。集落には近い年齢で成人した未婚の男はおらず、恐らく両親は発言力のある狩猟の得意な男の第二、第三夫人にでもなるように話を進めていたのだろう。もっとも既に集落の人間は生きてると思えず、どうせもうすぐ死ぬのだから関係ないが。
集落を襲われたあの時、私を庇って死んだ友達を、埋めてあげることすらできなかったのが悔やまれる。焼き払われたあの集落にはもう、骨もまともに残っていないかもしれない。友達であった小さな狼の姿を思い出すと、ぽろりと涙が零れ落ちる。
その時、ずる、ずるり、と何かを引きずる音が聞こえた。顔を動かすことができないが、まだここに生きている人間がいたのかとぼんやりと考えたところで、ごめん、と掠れた声が聞こえる。……この声は。
「ミナ、ごめん、ごめんな、俺の、……」
三日前に、村に訪れた冒険者志望の旅の男。私と同じ年齢でありながら冒険者になる為に住んでいた所から飛び出し、ギルドのある街まで行くのだと語っていた彼こそ、魔力の高さから実験体として選ばれてしまった不幸な少年、ユーグリッドだった。
あの日。小さな集落で生まれ育ったというのに上手く人と馴染めず、いつものように一人朝から近くの森で木の実を集めていた私は、自分以外の人間が森の中を歩いていること、そしてその人間を魔物が狙っていることを、森で長く過ごすことで培った勘やその場の気配、そして何より友達の情報から把握し、己や友達が巻き込まれない為にも、仕掛けていた破裂音が鳴るだけの罠を使って手を出した。
それに魔物が驚いたことで気配を察したのだろう。近づいてきていた人間は魔物の不意打ちを喰らうことなく、むしろ狩ることに成功したようで、少しして血の匂いを僅かにさせながら、こちらに顔を見せた。
目が合った瞬間お互いに一瞬時が止まったように動きを止め、私は僅かに呼吸を乱した。驚いたのだ。正直知らない人間など恐ろしい上に、関わらないで欲しかったのでそのまま逃げようとしたのだが……、声をかけてきた彼の第一声は、柔らかくそしてこちらに興味を示す声音で。
すごいな君、テイマーなんだ、だった。
テイマーが何かわからず困惑する私に、動物と仲良くなれる人のことだ、と笑った彼は、肩に乗る小鳥と、私の足元で警戒しながら唸る子狼を指してそういったのだ。
集落の人ですら苦手なのに、外の人だ。警戒もあって強張り、上手く話せない私が逃げ出す前に、彼は助かったと丁寧に頭を下げた。それに驚いて逃げ出そうとしてひっくり返った私が木の枝で足を傷つけると、彼は僅かに眉を寄せ、恐らく貴重品だろう液体……ポーションを小分けにした小瓶を、そっと地面に置き、少し離れて使えと言った。さすがに罪悪感を覚えて私は逃げ出すのを諦めたのだ。
彼はそのまま、ややつっかえながらテイマーについて、一定の距離をとって教えてくれた。
テイマーはすごく珍しいわけではないけれど、なれる人は少ない方なのだ、と。
そうして自分の旅の目的が冒険者になることであることを語った彼は、私にこの周辺について尋ねた。どうやら集落について知らなかったようで、宿に相当するものはないが行商人や旅人の休憩所はあるので一泊くらい問題ないと思うと伝えると喜び、情報収集がてら、雑談と称して冒険者のことをいろいろ教えてくれた。そして軽い調子ではあったが、テイマーとして冒険者にはならないのか、と私が考えたこともなかった道を教えてくれた。
今思えば、私が集落のことをたどたどしく話す中で、彼は私がそこに居場所を見つけられずにいたのを、察したのかもしれない。
そうして話しているうちに遅くなり、一泊したいという彼を案内した先で集落の若い男に見つかり、そのひ弱そうな男と逢引しに森にいたのかと揶揄われた。
どうやら私の立場を確信したらしい少年は、もうすぐ親……というか集落の大人たちの決めた相手の二番目か三番目の妻になるのだと会話の中で察して、冗談ではなく私に一緒に冒険者にならないかと誘いをかけた。「ミナと一緒なのは楽しそうだ」と。
正直、その話に惹かれなかったかといえば嘘になる。けれど人との関りを苦手としていた私は大きな街など自信がなくて、そしてこんな私を誘う理由は……恐らく少年は私を放っておけずにいるのだと、迷惑をかけていると察してしまい……迷ってしまった。
その後家に戻ってすぐ、両親になぜか外へ連れ出された。私はそこで集落の若い男に、阿婆擦れめ、と襲われたのだ。
いくら違うと話しても聞いてもらえず、両親はとっくに姿を消しており、恐らく婚姻の相手候補だったのだろうその若い男に床に引き倒されたところで、ユーグリッドがそこに飛び込み私を助けようとして……集落中に、怒号と悲鳴が響き渡った。それは決して私たちが起こした騒動ではなく……ひどいタイミングで集落は、ならず者のふりをした国の手先の者たちに襲撃されたのだ。
何が起きてるのか、わからなかった。
──こいつらも使えるから連れていけ。そう話す魔術師に率いられた集団に、ユーグリッドが庇おうとした私と、その家族、そして近所の数人を人質として連れ出され、残りは全て焼かれた。小さな狼である友達もその時死んだのだ。
何もかもが、あっけなく炎に飲み込まれたのである。
こうして連れ込まれた先で実験体にされ、ぼろぼろになりながらも生贄の死体が積みあがるここにわざわざ這いずってきた彼が何を後悔しているのかを察して、否定したかったが声は僅かな息を吐きだすだけだった。
話しかけられてはいるが、それはまるで答えを待っていないような、謝罪ばかりが繰り返される。恐らくこの死体だらけの魔法陣にいる私を、彼は死んだものと思っているのだろう。それでもぼろぼろの体でここまできてくれたのかと、少しだけ後悔した。
村が襲撃に合う前に冒険者になることを決めて抜け出していれば、留めていなければ、こんなことにはならなかっただろうか。
彼は確か、冒険者になるのは、生きたいからだと語っていた。生きるとは? 恐らく、ただ命があればいいという意味ではないのだろう。
詳しくは聞いていないが、彼はどうやら劣悪な環境にいたらしい。襲撃時に見たその戦闘技術はまだ冒険者にすらなっていない筈なのになかなかのものだったように思うが、結局は私の狭い視野の中の話だ。
生きたい、私はその思いが足りなかったから、集落から出るのを躊躇ったのだろうか。
「……あ」
思わず、声を出そうとしたところで掠れた音が零れる。視線の先に炎が散った。あれは、フェニックスだ。私でも知っているほど有名で、あんなに美しい伝説上のような生き物まで捕らえていただなんて、この国の人間は随分と強欲で愚かしい。その尾羽があれば、死んですぐ、魂が抜けきる前であれば、命を蘇らせることができると言われている美しい炎を纏う鳥。その美しさにとろりと思考が蕩け、ふと、つい先ほどの言葉を思い出す。
生きたい、と願う彼の言葉を。
「ミ、ナ……?」
どうやら私が生きていることに気付いたらしいユーグリッドが、ずりずりと近寄る音がして、視界が翳る。始めはぼやけた視界が徐々に鮮明になっていくと見えたユーグリッドは全身ひどく傷だらけで、体内から暴走するように魔力が溢れていた。だがそれも、先ほどに比べれば残り滓か。
彼は這いつくばりながらも、手に何かを持っている。……手だ。ああ、私の手を握ってくれていたのか。感覚がないから、わからなかった。
「ごめん、な」
「ちが……わた、かはっ、が、迷って、たから、ご、んなさ、」
「ちがう、巻き込ん、で、ごめ……」
とても、優しい強さを持った声だった。人が苦手な私だったが、その声はなぜか、そう、懐かしい気がして好きだと、それで森で話を聞いていたのだ。
だが次の瞬間、ごぼり、と何かが溢れるような音がして、そばにきていた彼の口から真っ赤な何がが流れ出る。私を見るその瞳が、徐々に、まるで光を失ったように濁り、動きを止め、目が合っている筈なのに合わないと感じた。
ああ、……ああ。彼のほうが、ぎりぎりだったのだ。視界がじわりと歪み、ひゅう、と自身の喉が変な音をたてる。
人は恐ろしい。なんて強欲なのだろう。どうして、こんなことが起きてしまったのだろう。
ひどく記憶が混乱し、自分の記憶の中にやけにこの状況に詳しい知識があることに、ふと、漸く、違和感を覚えた。竜の魂核の存在だとか、この惨状の理由だとか、そういったものになぜ私は気づいたのだろう。
その違和感に疑問を覚えた時だった。
「ぐっ」
突如脳内にあふれ出す記憶の波。寄せては引いて、そして押し寄せるその記憶は、間違いなく、……『ここに生まれる前の』記憶だった。
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