二人に捧げる福音を

-Side:くらら-

△01▽ 今忙しいから話しかけんな

 くららはお風呂から上がった後、自室で新曲の曲作りをしていた。そこに同じく風呂上りの血の繋がらない兄、灰時はいじが部屋にやって来て――。



「くーららっ!」


「うわっ!」


 いきなり兄である灰時が、机に向かっているくららに、後ろから抱き着いてきた。


「ちょっ、いきなり何すんだよ! 危ないだろ!」

「くらら、今何やってるの?」


 灰時が人の話を全く聞かずに話を進める。まぁ、いつものことなのでくららも普通に返事をすることにした。


「何って、次の新曲の曲作りだよ。今忙しいから、話しかけんな」


 昨日、くららの所属している四人組バンド『QUIETクワイエット GARDENガーデン』のボーカルである丹羽にわ静雅しずまさこと『シズ』に、くららは作曲を依頼されていた。普段はシズが自分で歌詞を考えた場合、作曲も自分でしていることが多いのだが、今回は歌詞だけ渡され、『今回の作曲はよろしくねっ♪』と、何故なぜか満面の笑みで頼まれたのだ。


 くららはドラム担当だが、作曲は今までに何回かやっていた。くらら自身、作曲をするのは結構好きなので、二つ返事で依頼を引き受けたのだが……。


「ふーん。でもその割には、全然進んで無いように見えるけど」


 そう言って、灰時は机の上の、真っ白な譜面を見やる。


「うっ……!」


 ずばり、図星を指され、くららは思わず口ごもった。その通り、実は今回の作曲は全く進んでいなかったのだ。


 その原因は、この渡された歌詞にあった。歌詞を読むとそれは明らかにラブ・ソングで、さらにその内容が問題だった。


 よくよく歌詞を読んでみると、どうやら二人の男性を好きになってしまった女性の、複雑な恋心を歌っているらしかったのだ。


(この歌詞……。何かすごく共感できてしまうんだよな……)


 この歌詞を読んでいると今の自分と重なって仕方がない。何故なら、くららも現在、好きな人が二人いるからだ。……というかさらに正確に言うと、実は今、その二人と付き合っているからだ。もちろん、男女交際という意味で。


 いろいろあって、三人で付き合うことになったのだが、これがいけないことだということは重々承知している。三人で、というのももちろんなのだが、他にももっと重大な問題があるため、そのことがいつもくららを悩ませていた。


 もちろん、どちらかを選べないくらい、本当に二人のことが好きだし、この想いはそう簡単に消せるようなものではないのだが。


 そんなこんなで、いつも悩んでいるくららの想いと、この歌詞がリンクし過ぎているような気がして、なかなか作曲に集中できずにいた。


(シズには、何も話してないはずなんだけどなぁ……)


 そう思いながら頭を抱えていると、


「ねぇ。とりあえず、それ、後にしたら? ずっと根詰めてても、いいものは出来ないんじゃない?」


 灰時がくららの顔を覗き込みながら話しかけてきた。そのあまりの近さに、思わず心臓が飛び出そうになる。


「う、うるさいっ! もうちょっと、考えたいんだよ……!」


 そう言って、灰時の顔を押し戻しながら、再び譜面に視線を戻した。平静を装ったつもりだが、まだ心臓はうるさいくらい音を奏でている。


 そう、くららの付き合っている二人のうちの一人は、この血の繋がらない兄、灰時だった。灰時とは両親の再婚で兄妹きょうだいになったのだが、割と小さい頃から一緒に育ってきたので、最初は普通に兄としてしか見ていなかった。しかし、なんやかんやで今は付き合っており、すっかり男性として意識してしまっていた。


 くららも少しずつは慣れてきたつもりでいたが、灰時は元々スキンシップが多く、ふとした瞬間に迫ってくることもあるので、そういうときが未だに慣れない。


 灰時の方を見ると、さっきの態度が気に食わなかったのか、少し不満気な顔をしていた。


「……そ。じゃあ、俺も勝手にしよっと」


 そんな声が聞こえたと思った瞬間、灰時の唇がくららの首筋にキスを落とした。


「ひゃっ⁉ ちょ、何やって……!」


 突然の出来事に驚き、思わず灰時を遠ざけようとすると、さらに強い力で後ろから抱きしめられてしまう。そして、身動きが取れないのをいいことに、灰時はそのままどんどんくららに触れてきた。


「っ! あっ……! だ、だめだって‼」


 髪に、うなじに、耳に、頬に。ちゅっ、と音を立てながら灰時の唇が触れる。灰時に触れられた部分が異様に熱くなるのを感じた。


「~~っ‼ 灰時っ‼」


 その間にも灰時の手は優しく、くららの身体からだを撫でていく。くららを抱きしめる灰時の熱い身体からは、お風呂上りだからか、ほのかにシャンプーの香りがした。


「あっ……。ん……」


 その熱く優しい手と、香りに包まれていると、不思議と心地よく感じてしまう。

 それにしても、同じシャンプーを使っているはずなのに、灰時の方がいい匂いだと感じてしまうのは何故だろうか。


(はっ⁉ じゃなくて、灰時を止めないと!)


 思わずぼうっとなりかけた頭を必死で振り払い、怒鳴りつけようと振り向くと――、


「灰っ……、ふッ……⁉ んっ……!」


 そのまま優しくあごを掴まれ、包み込まれるようなキスをされてしまった。


「んっ、んん……! ッはぁ……。くらら……」


 思った以上に深いキスで息が乱れる。ふと、視線を感じて灰時を見ると、熱っぽい瞳で見つめられていた。


(……どうしよう。これ以上は、本当にまずい気がする……!)


 これまでの経験上、灰時がこうゆう目をするときは、決まって手が付けられないのだ。


「はっ、灰時……! ちょっ、もうっ……!」


 身の危険を感じ、くららは必死に灰時を遠ざけよとするが、なかなか力が入らない。


「……作曲、するんでしょ? 俺のことは気にせずに、続きしなよ」


「っ……! ぁ、やッ……!」


 灰時が耳元でささやきながら、服の中に手を滑り込ませ、ゆっくりとくららの身体をなぞっていく。こんな状況で作曲なんて、できる訳がなかった。


「ふふっ。くららの肌すべすべだね。……お風呂上がりだからかな? 気持ちよくて、ずっと触っていたくなるよ」


「ばっ、ばかっ! 何言ってんだ、本当に‼」


 自分でも、全身が熱くなっているのが分かる。でも、このまま流される訳には……!


「何って……。思ったことを言ってるだけだよ。くららのこの華奢きゃしゃな身体も、匂いも……。全部、大好き……」


 そう言って、灰時はくららの肩口に顔をうずめる。


「なッ! ……本当、ばか……」


 甘えるようなその態度がなんだか可愛くて、つい強く言えなくなってしまう。


「……くらら、顔真っ赤。かわいいね……」


 いつの間にか顔を上げていた灰時は、耳元で囁いた後、そのままくららの耳たぶをくわえた。


「ふぁッ⁉ えっ⁉ ちょっ……! ぁ、だめ……だって、ば……!」


 耳元で直に、くちゅっ、くちゅっと、められる音が聞こえてくる。そのいやらしい音と、灰時の巧みな舌使いで、くららの息はあっと言う間に上がってしまった。


「はぁっ、あぁ……! も……、無理……」


 とうとう、全身の力が入らなくなり、思わず目の前の机にしがみ付くような体勢になってしまう。おとなしくなったくららを心配したのか、灰時が動きを止め、くららの顔を覗き込んだ。

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