『美しき冒険旅行』

山本弘

第二話

 ハイドロジェットPのフィルモグラフィを探るうち、私は妙なことに気づいた。彼の(もちろん性別不明である)フィルモグラフィには近年の作品のデータの他には、何か有意義な作品の名前が一切出てこないのだ。子供の頃に見たアニメのタイトルや、記憶に焼き付けられた古い映画の話題などもまったく。たとえば『美女と液体人間』のストーリーを話されてもそこから本人の年齢など分かるわけがない。1958年日本公開の映画なんて、それこそ濃い特撮マニアでしか知らないだろう。

 同じ事がハイドロジェットPの出世作『海底少年マリン』についても言える。ハイドロジェットPの名前の由来になった作品だ。もとネタは1960年代の初期のテレビアニメである。『鉄腕アトム』や『ジャングル大帝』と同時代の作品だ。版権は入り組んでいてよく分からない。製作会社はとっくに解散しているからだ。欧米でも放映された記録があるが、欧米ではこの類の古いアニメは、パブリックドメインになっている。つまり誰が『海底少年マリン』をリメイクしても文句は言われない。 

 少年マリンは海の中ても空気を呼吸できるオキシガムを噛み、ハイドロジェットを噴射して海底で自在に活動できるスーツに身を包んでいる。さらには腰に何でも切り裂くブーメランを所持しており、それで悪人をこらしめる。

 しかし、『海底少年マリン』で僕らが注目したのは、人魚のネプティーナというキャラクターだ。

 人魚というキャラを造形する場合、多くの作品では胸にブラジャーを着けさせる。妥当な判断というべきだろ。しかし『マリン』のキャラクター・デザイナーは、あえてそうした判断をしなかった。

 ネプティーナはブラジャーやそれに類する飾りをつけない。マリンの前で堂々と胸をさらしているのだ。しかし20世紀中盤のテレビアニメで、ヒロインの女の子が胸をさらすなどという表現が許されるわけがない。だからネプティーナは真正面から描かれることは少ない。まあ、マリンの目にはネプティーナは見えていたと思うが。

 DTMP版の『海底少年マリン』は、さほど大きな成功を納めたわけではない。しかしコンピューターグラフィックスで再現されたネプティーナはちょっとだけ評判になったし、何よりもハイドロジェットPに新作を作らせる励みになっただろう。

 こうして作られた新作が『美少女と液体人間』である。

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