第39話 花冠の行方
「あっちだ!」
「無加護がいたぞ!こっちから回り込め!」
「まずいわね、一旦どこかに隠れられれば見つからずに村から離れる事は簡単なのだけれど」
しかし今はどんな物陰にも、無加護をみつけようと松明の明かりが差し込まれている。
村は今や一種の恐慌状態のような状況で、リリアは当初考えていたよりずっとまずい状況になった事を今更理解した。
(もし一人で見つかったら殺されるかもしれない……)
ゾク、と背筋に冷たいものが走った。
むろんリリアは殺されるつもりはない。
けれど今まで誰かに頼る事のなかったリリアは、精霊から差し出されている手も上手く把握出来ていなかったのだ。
(出来るなら誤解は自分で解きたかったけれど……難しいかもしれないわね)
どのみちこうなるならエレスに頼んで空に逃げるのも考えておいた方が良いだろう。
土地勘がある事だけが頼りだったが、それは今この村にいる人間の大多数もそうである。
人の声がする方から逃げていると、やがてリリアは開けた場所に出た。
「ここは……」
そこは広場の中心だった。
リリアを追いかけて裏道などを見ている内に、村人たちは広場から離れてしまったのだろう。
広場には普段は存在しない、木でできた立派な高座が組まれていた。
高座には隙間も見えないくらい白い花々がふんだんに飾り付けられいる。
精霊王を敬う気持ちが何も知らないリリアにも伝わってくる。
篝火から少し離れた場所にあるその白い舞台は、月明かりを浴びて眩く輝いていた。
思わず少し見惚れてしまう。
リリアは舞台を見た事がなかったが、その特別感にすぐに花精霊祭のフィナーレで使用する舞台である事が分かった。
中央では篝火が焚かれ、あたりを煌々と照らしていた。
「あっ、ドレスが……」
明るい場所で改めて見たドレスは無残なものだった。
全体的に泥がこびりついて黒ずんでしまっている。
あちこち擦り切れ、どこかにひっかけたのか足や下履きが見えてしまっている場所もある。
レースやフリルは今や見る影もない。
ドレスを着ているというより、大量のぼろ布を被っているといった方が早いくらいだ。
(ブライアンには悪いけれど、これはもう着ていられないわね)
ふんわりとしたドレスは柔らかな絨毯の上を歩く人々の為のもので、元々外で着るように作られていない。
リリアも繊細な服を着た時の動き方など知らなかったし、暗闇の中逃げ回っていたならこうなるのも当然と言えた。
惜しむようにドレスの裾をつまんだリリアは一度溜息をついてドレスのリボンを外していき、やがて脱ぎ去った。
美しいレースやフリルは泥にまみれていたが、腰から上の方はまだ綺麗な所もある。
きちんと染み抜きをして孤児院に渡せばリボンなどをワンポイントとして再利用してくれるだろう。
ほぼ下着のような姿になったが、元々ボロを着ていたのだからその時とあまり変わりはしないとリリアは割り切った。
そもそも村にいた頃からいつも着ていたぼろより、今の下着状態の方がまだ布の量が多い気もする。
恥ずかしいとあまり思わないのはそのせいだろうか。
(そういう問題でもないけどこの際仕方ないわ)
少なくともこれで動きやすくはなった。
一方のキャロルはリリアと別れた後、大声でがむしゃらに村中に伝えまくっていた。
「無加護がいるわ! あいつは村に災いをもたらす悪魔の生まれ変わりよ!」
(もうどうだっていい! あの無加護が消えるならなんだっていい! 私がブライアンの乙女じゃないなら花精霊祭もなにもかも全部めちゃくちゃにしてやる!)
リリアは花冠を受け取らなかったと言った。
つまり差し出されたのだ。ブライアンから、花乙女の証を!
花精霊祭ではフィナーレに精霊王役が乙女を選んで花冠を授ける。
選ばれた乙女がそれを受け取り二人が誓いの口づけをすれば花乙女となり、その年の精霊王と花乙女が決まる。
そうして二人で精霊への感謝や豊穣を祈り、祭は終わるのだ。
いつからかは分からないが精霊王役は壇上から乙女を選び、二人でステージの上でキスをするのが通例となっている。
白い花々と皆に祝福されキスをする精霊王と花乙女は幼い頃からキャロルの憧れだった。
今年はずっと大好きだったブライアンが精霊王だ。
ブライアンはモテるが、実はキャロル以外に親しい女の子もいない。
たまにうっとおしがられる事もあったが、リリアのように石を投げられたりはしなかった。
ピンク色のドレスを作っているのは知っていたし、それがキャロルのものでないと分かってもきっと仕事用のものなのだと、まだ余裕を感じていたのだ。
(ブライアンはステージの上から私を見つけてくれる。最前列にいなくても、私を花乙女に選んでくれるはずだったのに)
むしろステージから遠くにいた方が皆の前を通る時に見せつけられると思っていたくらいだ。
「花冠……そうよ。リリアが受け取らなかったならブライアンがまだ持ってるはず」
一度差し出した花冠が拒否されれば、他の女の子が選ばれるらしい。
実際にそんな事があったというのは聞いたことがないが、花精霊祭では精霊王と花乙女が揃って祝福する事が大切なのだ。
だが自尊心の強いブライアンの性格的に、今年の花精霊祭で拒否された花冠を使うだろうか。
(小さい女の子や年寄りに渡して誤魔化す気がする)
年頃男の子が気恥ずかしがって同世代の女の子に花冠を渡さずお茶を濁す事はままあった。
ブライアンはそういうタイプではない。
しかしリリアに断られた事を自分の中で納得させるために、そして万が一にもまた断られないように安全な方法を取るだろうとキャロルは考えた。
何より、ずっと見下してきたリリアがいらないと言ったものを受け取るのはキャロルのプライドが許さなかった。
ここ数日でブライアンの心境に変化があった事など、キャロルには知る由もない。
外が騒がしくなっても、精霊王の役を持つブライアンは舞台裏で待つことしかできない。
その代わり周囲にいる花精霊祭の実行組合員が様子を見に出払っているはずだ。
「チャンスだわ」
リリアはまだ見つかっていないのだろう。
普段から人目を避けて移動していたからなのか隠れるのがやたらと上手く、村中を攪乱しているようだ。
キャロルやブライアンならリリアの居そうな場所は大体分かるのだが、普段から遠巻きにしていた村の大人達には分からないらしい。
「今のうちに私が花冠を『奪う』のよ」
お情けで花冠を貰うのではない。
自分が花乙女だと主張するわけでもない。
ただ、花冠がなくなった事を無加護のせいにすれば、ブライアンとリリアへの意趣返しくらいにはなるだろう。
そして後でてきとうに村長の所にでも持っていけば村の宝物を見つけた功労者として大人たちから感謝される。
今のキャロルは自分の事を馬鹿にした報いを受けさせなければ気が済まなかった。
舞台裏は案の定人気が無く静かだった。
精霊王役と言ってもやる事は花精霊祭のクライマックスに衣装を着替えて花乙女を選ぶだけだ。
ブライアンがいつも使っている鞄は、色んな人の鞄と一緒にその辺にまとめて置いてあった。
軽く探るだけで金属でできた繊細な花の冠を手に取る事が出来る。
「ふん。私をコケにした事、後悔してもらうんだからね」
キャロルはそのまま花冠を自分の鞄に隠し、舞台裏を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます