第38話 悪意の光

以前のリリアであれば大人しくブライアンやキャロルの言う事を聞いていた。

おそらく花冠を受け取り、その後キャロルに渡してしまっていただろう。


だが精霊達との小屋での生活を経て、リリアには目の前の女の子の事を怖がる事が出来なかった。

むしろ同情してしまいそうになる。


(でもそれはキャロルも望んでいないもの)


無加護から同情されたなどと分かると、キャロルがどう出るか分からない。

往々にして、村の人々は無加護であるリリアが抵抗したり気遣いを見せると激高したり怯えたりする事があった。


それよりもリリアにはもっと気がかりな事があるのだ。


(キャロルの言葉を聞いて私の村での立場を知る事がないといいんだけれど)


花精霊祭の後で、恋慕の情に巻き込まれただけだという説明をするつもりではいる。

だがそれで精霊達が誤魔化されてくれるかは怪しくなってきた。

まだ言い訳出来る内にキャロルから離れたいリリアは別の話題で気をそらすことにした。


「もうすぐ花乙女を選ぶ祭事が行われるんでしょう。そっちへ言った方が良いんじゃないかしら」


出店で食材を見ていた時から人々の噂にのぼっていたが、花乙女に選ばれたい少女たちは舞台の最前列でずっと待っているそうだ。

精霊王が舞台の上から花乙女に会いに生き、その手を取って壇上に上がる。


今年はブライアンが精霊王役だからキャロルが選ばれるだろう、という話もされていた。

実際キャロルも選ばれるつもりでいたのだろう。

だからこそ最前列で待たずこうして余裕をもって花精霊祭を楽しんでいたのだ。


(なんにせよ、もう買い物は無理ね)


調味料も充分とは言えず帽子も買えなかったが仕方ない。

せめて人に見つからないように村を出るしかないだろう。

幸い皆村の中心の大篝火の方へ向かっているようで、こんな物置の影に誰も注意を払っていない。

キャロルと別れさえすれば大丈夫そうだ。


そのキャロルはリリアを睨みつけて何事か呟いている。


「……は……、花乙女は私なのよ……!」


『リリアだが?』


「ややこしくなるから黙ってて」


エレスは至極真面目に口を出しているのだが、リリアは今それどころではない。


「どうせ無加護のあんたが、変なまじないか何かでブライアンの心を操ってるんでしょう」


「ま、まじない……? 想像力豊かなのもいい加減にしてちょうだい」


「まだ終わってない。いえ、……始まってない」


自分に言い聞かせるように呟いているキャロルにはリリアの言葉は聞こえなかったようだ。

キャロルはキッとリリアを睨みつけると踵を返して駆けていく。


(よく分からないけどここから離れてくれたのはありがたいわね。花乙女選びに向かったのかしら)


リリアは汚れてしまった帽子とレースを拾ってエレスに向き直る。


「今のうちに小屋へ戻りましょう、エレス。日も暮れてるし思ったより長居しちゃったわね」


その時祭りの中心からキャロルの声が響き渡った。


「皆、リリアが来てるわ! あの無加護が! 悪魔の生まれ変わりがお祭りをめちゃくちゃにしようとしてる!」


一瞬の静寂の後、村の中心からざわめきはじめた。

それは徐々に大きくなっていく。

日ごろから村の人間全体と仲良くしていたキャロルの信用は高い。

人々はすぐに信じたようだ。


「無加護? この間出て行ったんじゃないのか?」


「せいせいしてたのにもう戻ってきてたのかよ」


「まさか呪いにきたんじゃない? あの子不気味だし」


「こんなめでたい日に困るよ。あの悪魔の生まれ変わり追い出してしまわないと」


「そうだ追い出そう!」


「無加護はどこだ?」


もうリリアのところまで村人たちの話が聞こえていた。

風に煽られた火のようにあっという間にどよめきが広がり、リリアを探す気配が近づいてくる。


「キャロル……」


もうエレスにも、村でのリリアの扱いは誤魔化せないだろう。


(エレスが離れていく様子はないけれど、きっと建国の乙女と比較されているわ)


今精霊王が大切にしている少女は、ただの嫌われ者で、何にもない人間なのだ。

それを気づかれるのが怖かった。だが、もう全てばれているだろう。


『帰るぞ、乙女。こんな場所にいる事はない』


「…………そう、ね」


今の所エレスの態度は変わらない。

村にいた頃のリリアは「親に捨てられたのでそこに住んでいた無加護」だった。

いうなれば被害者の側面が強かったのだ。村から出ていく事は大人でも難しく、力もお金も無いリリアにそれを表立って求める者もあまりいなかった。

自主的に森で暮らす事にした時は多くの人が喜んだことだろう。


だが一度村から離れ、また来たのだとしたらそこには当然目的がある。

村人には、精霊に愛されない不気味な無加護が村に来る用事などないとしか思えなかった。

あるとすれば、復讐なのではないか、と皆が心のどこかで思っている。

だから追い出さねばならないのだ。


「キャロルはもしかしたら、ブライアンが私の事を好きだと思っているのかもしれないわね」


『ほう?』


エレスは気配で笑ったような気がする。

キャロルは元々ブライアンに近づく女の子に対して嫉妬深い気質ではあったが、ドレスの事で決定的に勘違いしたに違いない。


(勘違いなのに、とんでもない事になっちゃったわ)


その時、一人の村人がリリアを見つけた。


「いたぞ! 無加護だ!」


「と、とりあえず逃げるなきゃ!」


「小屋に戻るか? もっと遠くでもいい。飛べばすぐに連れていける」


「今空を飛んだらそれこそ魔女だなんだって怪しまれて二度とここに来れないわよ! とにかく走るわ!」


「こんな場所に来る必要があるのか? 焼き払ってもいいくらいだが」


「何を言ってるの! そんな事したら許さないから」


精霊王の力でこの場を逃れる事は簡単だ。


しかしただでさえ細かい調整が苦手な精霊王の力を今使ってしまえば、この村などひとたまりもないだろう。

人も、建物も、全てがなくなってしまうかもしれないのだ。


(それはだめよ)


「今日のリリアはだめばかりだな」


ふう、と困ったようにエレスが溜息をつく。

精霊王はすい、と滑るように移動して優雅なものだがリリアは慣れない靴で必死に走る。


「言う事は聞いてもらうわよって先に言ったじゃない。人間の世界には色々とルールがあるし、生きている者の事を大切にしてほしいわ」


「ふむ。私を縛る事が出来るのはリリアくらいのものだ」


分かったのか分かっていないのか、エレスは曖昧に頷いたが意外にもリリアの言う事を聞く事は楽しそうにしていた。

松明の明かりから逃げるように影から影へと移る。


「だが、もっと私を頼ってほしい」


「頼りにしてるわよ。でもこれは私の事だから私が決着をつけないといけないの」


「リリアの事は私の事でもある事を、覚えておいてほしいものだ」

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