第3話 森を目指して

誰もが精霊の加護を受けるこの世界で、『無加護』は罪人にも等しい。


やめてほしいと頼みはするが、聞き入れられる事はない。


リリアからの反撃なんてもってほのかだ。




自分が悪いのだ。




もちろん何も悪い事はしていないし、いつか加護が与えられるよう慎ましく生きてきたつもりだ。


だがリリアの黒髪黒目はどうしたって精霊の加護がない事を主張する。


全く記憶はないが、皆の言うように前世でよっぽど悪い事をしたに違いない。


もしくは今から悪い事をするかだ。




虫でも何らかの精霊の加護を授かるのに、リリアは無加護。


ぺちゃりと踏みつぶされても文句はを言える立場ではない。




しばらく歩いているとブライアン達の声も、石も飛んでこなくなった。


新しい痛みが出来ない事にほっと息をつく。








村でも孤児院でもリリアはずっとこんな感じだった。




『クズ無加護!まだ終わってないのかい!そんな音をたてたら皆が起きちまうよ!』


『ごめんなさい!』




すぐ大声で怒鳴りつけては無理難題を言いつける院長のマチルダがリリアは怖かった。


皆が起きる前、早朝から孤児院の清掃、朝ごはんの準備、冬であれば暖炉に日を入れて。




勿論薪の準備もリリアの仕事だ。


皆が寝静まった夜は洗い物や繕い物や修繕、孤児院運営の雑務が待っている。


洗濯や、物量のある仕事は子供たちの仕事でもあるが、一番キツい仕事はいつだってリリアに割り振られたし、意地の悪い孤児には裏で仕事を押し付けられた。


マチルダはそれを知っていて何も言わない。




それでも嫌いにはなれない。


普通の人には無加護は忌むべきものであるのに、マチルダはリリアを追い出さないでいてくれた。




ちょっとふくよかで、リリア以外の孤児には優しいお母さんみたいな人なのだ。




『すぐ終わらせますね』




『本当に無加護ってのはどんくさいね。早く出ていくか興行師にでも引き取られちまいな!』




幼かったり、見目が良かったり、一芸のある子供はすぐ引き取り手がつく。


だがリリアは際立った美貌や技術があるわけでもなく、ちょっとした孤児院運営のいろはと人より家事が得意というだけの女の子である。




さらに『無加護』というのは致命的だった。




誰もが4つに分類される「精霊の加護」を受け、その証が身体のどこかへ色彩として現れる世界で、リリアはどの精霊の加護も持たずに生まれた。




きっと何か理由があるに違いない。


あの子は悪魔に違いない。


前世で大罪人だったんだろう。


今に本性を現すぞ、気を付けろ。




『消えろ!忌まわしい無加護め!』




精霊に嫌われるほどの人間だ。生まれてきたのが間違いであるのは当然であった。


間違いの存在でも生かしてくれる人々と世界にリリアは感謝していた。




昔は容赦のない罵倒や誹りに傷ついては泣いていたが、リリアは15歳だ。


15歳になると、次期院長を選ぶ以外はどんな孤児でも出ていかなければならない。




次期院長の枠は空いていたが、リリアは出ていくことにした。


感謝はしているが、自由が欲しくないのかと言われればやはり欲しい。


一人で生きていくのは大変だろうが、それはやってみないとどうなるかも分からない。




今では作り笑いも随分上手になった。


罵られて笑っているのだからさらに気味悪がられる事はあったが、それでもリリアは頬を引っ張りあげて明るく笑える。






リリアは目を開けてよし、と自分を奮い立てる。


精霊の加護のない自分にあの村は居づらい。いや、殺されないだけまだ温情があるだろう。




それに、本当に私が存在するべきではないのなら、生まれる事もなかったはずよね。




不吉を恐れて、というのが本当のところだろうがリリアは生後間もない頃に世話をされて無事に育ったのだ。


だとしたらこの命には意味があるはず。


リリアはその想いを頼りに生きてきた。








だから、リリアは森へ行く事に決めた。


色々な雑務が終わったのが一昨日、それから準備をして、今から森へ行く。




無加護でなくとも様々な事情があり、隠れるように森に住んでいる人々がいるらしい。


リリアは慎ましく暮らせればそれでよかった。


孤児院の仕事やブライアン達にいじめられなくて済む事を思うとほっとする気持ちもある。


勿論全く村に関わらない事は出来ないだろうが、日常的に石を投げられたりはしないはずだ。




リリアは心の中で叫ぶ。




目指せ森でのスローライフ!


誰にも迷惑をかけず自分の時間を自分の為に使えるなんて夢みたい!




強がり半分だった。


だがリリアが足を進めるには希望が必要だったのだ。




噂によると、森の入り口から少し入った所に小さな泉と開けた場所に、村を追われた人の住処や木こりの休憩所として使われていた小屋があるらしい。


しばらく誰も住んでいないはずだから荒れているだろうからと村の人は使おうとはしてなかったがリリアには問題にならなかった。


それどころか渡りに船だ。




荒れ果てた小屋なら掃除すればいい。家事なら記憶も朧げなうちからやってきたのだ。


どうせ荒れているなら少しずつ改装していくのも良いかもしれない。孤児院は清貧を貴んでいたが、その実お金がない(これはどこの孤児院もそうだろう)ので雨漏りもしょっちゅうで、屋根や壁の補修も自分でやっていたのだ。


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