星と少女のアバンチュール
山海 宇宙
第1話 星との出会い
キーンコーンカンコーン。
彼女の耳に入ってきたその音は、6時限目の終わりを告げるチャイムの音だ。
最近この音を聞くたびに発する言葉が彼女にはあった。
「っはぁーー今日も終わったー!」
「それ昨日と全く同じ言葉言ってるよ」
と、突然後ろから低い声が耳元で囁かれた。
「わっ!?ちょっと!佳織ちゃん!急に耳元で声出さないでよっ!!」
びっくりしたじゃんという言葉が吹き出しのように、彼女の顔から出ている。
その反応に満足したのか、友人の伊井原佳織はフフフっと愉快な表情をしていた。
「今日、火曜日だよ。その言葉、今週あと3回もいうの?」
と彼女は少し呆れたように言った。
「いや言わないし。ていうかこれは言葉じゃなくてですね、なんと言いますか気持ちが口から出てしまっているだけでして、、、」
「どれだけ学校嫌いなの・・・」
「別に嫌いじゃないよ!ただ早く学校の事ではない事がしたいだけだよ!」
「例えば?」
「・・・湖行ってボーっとしたり、本読んだり、石投げたり?」
「小学生か!!」
あまりの内容の無さに思考が大人の佳織も心底びっくりしていた。
「甘菜って1人の時よく湖行ってるって聞いてたけど、そんな事していたの!?」
「そだよー。楽しいよ!」
「・・・まぁ甘菜らしいと言えばらしいか。」
「褒めていただき光栄でございます。」
「褒めてはいないっ!!!」
と佳織は甘菜の頭を軽くチョップしたのだった。
「あうっ!」
叩かれた場所を両手で押さえ、全く痛くないのにとても痛そうなフリをしている彼女だったが、その表情は少し楽しそうだ。
「で、今日はその大好きな湖には行くの?」
「あれ?佳織ちゃん、今日は一緒に帰ってくれないの?」
「残念。今日私バイトなの。」
「なんだー。残念!」
甘菜はとても残念がっているような表情をしているが、実際の所その思いは半分と言った所であろう。彼女はそれくらい湖も好きなのを佳織は知っていたからだ。
痛がっていたそぶりを見せていた甘菜だったが、何事もなかったかのようにけろっといつもの顔に戻り
「ケーキ屋さんのアルバイト始めたんだっけ?どう?どう?どんな感じなんだい?」
急に甘菜はニヤニヤしはじめ、近所のおばさんのような口調で無理やり話題の矛先を佳織に向けたのだった。
急に自分の話題に切り替わったのがわかったが、佳織はまんざらでもない表情をしている。佳織も初めて始めたバイトなのだ。甘菜に自分のバイトの事を話したかったのだろう。
そんな感情を読み取った甘菜は、なんだ可愛い所もあるじゃないかと、心の中で思っていたのであった。
「バイトはね楽しいよ。お店に入った瞬間のあのお菓子の匂いとか最高だよ!まだ接客とかはやらせてもらえてなくて、袋詰めの仕事してるんだけど割れちゃったガレットとかチーズクッキーとかもらえるの!それが本当に美味しいんだ。」
よっぽど喋りたかったのか佳織は興奮したように一気に捲し立てた。
彼女の頬は少し高揚し、桃色になっていた。
「わーよかった!楽しそうで。私はアルバイトした事ないから、仕事をするってどういう物か全く想像もつかなくて、怖いおじさんに鞭で叩かれているんじゃないかって
心配したよ。」
「いつの時代の話してるの、、、でもまぁ老舗のケーキ屋さんはホテルとかで修行していた職人の人がやっている所が多くて、そういう人は過酷な時代だったらしく今でも怒ると道具とか普通に投げてくる所もあるって聞いた事あるよ・・・」
と、バイトをした事のない甘菜を脅かすように佳織はニヤッと笑みを浮かべ悪い表情をしている。
「えっ!?こわっ!!私むり絶対働けない!!」
ふふっふふっと笑う。佳織は本当に楽しそうだ。
「大丈夫!うちのお店の人たちはみんないい人ばかりだから」
「でも、もし鞭で叩かれたらすぐに言ってね!すぐ助けに行くからね。」
流石に今の時代に鞭はないだろうと佳織は心の中で思っていた。
「はいはいありがと王子様。それで王子様は今日も湖へ行くのかい?」
「あっ!そうだった。行こうと思ってる!今日はねなんかありそうな気がするんだよねー」
「何かって?」
「んーなんか特別な感じ?」
「何それ」
フっと佳織は鼻で笑ったのであった。
*****
季節は6月で時刻はもうすぐ16時になる所だ。
今の季節のこの時間は夏に近づいているであろう。太陽も高い位置にいる。
そんな暑いなか、湖に向かって爽快に自転車を漕いでいる女子が1人。言わずもがな甘菜だ。
甘菜が愛して止まないこの湖は、学校から自転車で15分ほどの所にある。
比較的大きな湖のためその周りには町が広がっている。どこも道は平坦で特に急な坂道はなく景色もいいので、自転車での走行にはとても適している。
しかし周りは山に囲まれているため、ひとたび隣町に行こうとなったら自転車では困難だ。高校生の彼女にはバスか電車しか無い。
「フーンフフフーン♪」軽快な鼻歌、、ではなくしっかり口で鼻歌っぽい物を歌ってる。口の中は乾かないのだろうか。
そんなみっともないメロディを口ずさんでいるうちに、湖のすぐ側にある駐輪場に到着した。
自転車を止めスタンドを下ろし鍵をかけると、彼女はカバンを持ち湖へ向かう。
彼女のお気に入りの場所は、そこから徒歩3分くらいの場所にある。周りは木に覆われ、その場所だけは周りより少しひんやりしていて空気感が違う。
そこへの道は湖の砂浜を歩かなければならず、自転車ではいけないため少々面倒臭い。だが人が行かないだけあって、その場所はいつも静かで甘菜の心の安らぐ場所の一つであった。
そこには彼女自身が自分で座るために作った椅子がある。
椅子と言っても普通の物を置いていたら怒られてしまいそうなので、その辺で拾ってきた流木と石を積み重ねて作った物だ。
見た目は中々にアーティスティックで本人はとても気に入っているが、未だ誰にも見せたことはない。
今度、佳織ちゃんの椅子も作ってあげようかな。そしたらそこで一緒に佳織ちゃんのアルバイト先でもらったガレットを食べてー、、
などと妄想を膨らませながらも、足はサクサクと動き颯爽といつもの場所へ向かったのであった。
後10歩、8歩とその距離を縮めて行き、後1歩で”いつも”の場所に着く。
着くはずなのだが、なぜか最後の1歩が踏み出せない。
「あれ・・・なんか違う?。ぞよ。」
見た目は全く変わらないのだ。でも何かを感じていた。
その正体は目に見えないからこそ、彼女は警戒した。
キョロキョロと周りを見渡してみる。誰もいない。
しかしその感覚は不思議と危険な物ではないとわかった。
自分でもその根拠は全くわからないのだが、確信はあった。
それでもやはり、多少の警戒はしておくべきだろう。彼女は3歩程下がり片手を口元に近づけ、内緒話しをするかのように声をかけてみる。
「お、お〜い。だ、誰かいるのですか?ござるか?はたまたございまするのでしょうか?」
・・・なにも返事は無かった。
小さく体を丸めた甘菜の姿だけが
そこに聞こえたのは、ただ木々の間をすり抜ける風の音と、小さく波を立てている水の音だけであった。
「だよね〜。誰もいるわけないよね。まぁ安心したよ。よかったよかった」
しっかりと声に出し、自分に言い聞かせた。
そう結局自分の思い過ごしだということにして、無理やりだがそう思うことにした。
そして決心をつけ4歩程踏み出し、いつもの場所に到着した。
「ひゃ〜。ドキドキした〜。やっぱり気のせいだったか。」
当然なにも起こらなかった。
なにも無かったという安心感によって全身の力が抜けてしまった彼女は、手に持っていたバッグをその辺に放り出し、全身が崩れ落ちるように椅子へ腰を掛けようとしたその時だった。
一瞬、何かが頭の中に入る感覚があった。 次の瞬間。
———もしかして君は、僕を感じる事ができたのかい?
突如、頭の中にそれはそれはとても優しい少年のような声が響いた。
しかしあまりの突然の出来事でそれに対応できる程、甘菜はできた子ではない。
「いっ!いっいっぎぃ!ぎぃぎゃあーーーーーーー!!!!」
それはそれは滑稽であった。
全身の力を抜き、椅子に座ろうと半分腰を落としている人間が酷く驚けばその体勢を立て直すのは難しいだろう。
運悪くそこは湖の岸だ。岸というのは湖に向かって傾斜が着くのが自然だ。
体勢を崩した甘菜はどうにか転ぶまいと踏ん張るが、傾斜には勝てませんでした。
もちろん重い頭が下に来るのもまた自然で、その先にあるのは湖だ。
「ドボーーーーーン、、、ボーン、、ボン、」
花の女子高生が落ちたのだ湖に。頭から。
幸いそこは浅瀬なのでなんら問題はない。なのですぐに立ち上がる事はできた。
そして制服のまま濡れるという、人によってはエッチだと思うであろうなシチュエーションが出来上がっていた。
しかしそこに居たのは一つのエロスのかけらも無い、ただ滑稽な姿を晒した甘菜だった。
「だっ!だっ!誰ぇ〜〜〜〜〜!!!?」
誰も見えない空間に甘菜は叫んだ。
「やっぱり僕を感じれられるようになったんだね」
「僕は星だよ。君の大好きな湖のね。」
———ほっ星っ!?
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