――招きに応じて――

「どうにか……とおっしゃいましても、土地勘のない方が夜の山中を歩き回るのは自殺行為になりかねませんよ? 恐がらせるつもりではないですが、この近辺で過去に四人、滑落かつらくや熊に襲われるなどして死者もでています。下手に移動して、余計迷ってしまう危険もありますし」


 女はそう告げながらろうのように細い両手を胸の前で重ねるように合わせた。


「気を遣ってらっしゃるなら、遠慮はいりません。今は私一人で生活をしていますから、他に誰もいませんし」


「一人? こんな山の中で、一人暮らししてるんですか?」


 信じられないというように、戸波が女の言うことへ食いつく。


「はい。以前は主人と暮らしていたのですが、事故で他界してしまって。早々に未亡人となってしまいました」


「あ……ごめんなさい。デリカシーのないこと聞いちゃった」


 どうということでもないという風に笑顔で答える女の返答に、戸波の表情が引きつる。


 すぐ側で渋沢もたしなめるような目線を送ったりしているが、女は「構いませんよ」と微笑みながら軽く受け流し、身体を捻るようにして自分の背後を指差した。

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