第十九話 メンバーのスリーサイズを把握してるって事案じゃないですか!?

 私は素朴な疑問を投げかける。

 物事を進める時に「主観的」であることが良くないと世間一般で思われていると、肌で感じていた。


 しかし、私にはなぜそれほどまでに毛嫌いされるのか、よく分からない

 とある発言に「それって、あなたの主観ですよね?」といえば、発言者は苦い顔をしながら首を引っ込める場合がほとんどなのだが、堂々と「そうです。私の主観的な意見ですが、何か?」と返せばいいのにと思ってしまう。


「俺は主観性が必ずしも悪いとは思わない。そもそも人間である限り、主観的であり、自分の考えや思考に基づいて動くのは普通だ。完全なる客観性を求めるのであれば、精度の高いロジックで組まれたロボットが作業すればいいということになる」


 兄は一人一人のプロフィールを読みながら、私の質問に答えていく。


「ただ、主観的に『なんとなく』で作業を進めると、どうしても自分の感情に左右されてしまうからな。俺がシャワー浴びてさっぱりした気分の時と、寝起きでとりあえず人をぶん殴りたいときの気分で、仕分けの結果が変わることになる。それだとセルカちゃんたちが可哀そうだろ? 何かしらの根拠や基準をもって作業を進めたほうがその時々の感情に左右されなくて済む」


「なるほど……」


 兄はあくまでもクライアントのために客観的であろうとしている。

 低血圧ぎみの兄の朝は確かに壮絶で、ベッドから転げ落ちるようにしてやっと立ち上がれる場合が多い。そんな状態で果たして作業が出来るのかはなはだ疑問ではあるが、それでも一定の品質を保証しながら仕事をしたいということなのだろう。


「あと、客観的な基準を何かしら持っていると、人に手伝いを頼むのも楽だ。コトミ、仮にお前がこのプロフィールをしっかり読み込んだ場合、俺とコトミは同じ情報を共有することになる。大体どのクエストがどの子にとって最適か、同じような判断を下せるようになる。そうすれば単純に二倍の速さで作業を終わらせることが出来る」


「確かに……今だったら、このニーナちゃんって子に合うクエストを選べる気がする……」


 私はニーナのプロフィールを読み込む。

 読み込めば読み込むほど、合いそうなクエストのイメージが沸いてくる。


 一撃必殺系の黒魔術が得意で、機敏な攻撃方法を持っていないようだ。

 性格も不器用みたいだし、逃げ足もそれほど早くない。


 体力が高いが敵感知能力が低いモンスターを相手にしたクエストがいいかもしれない。

 隠れる場所が多そうな、森や遺跡、ダンジョンでのクエスト。


 ゴーレム討伐とかがこの子には向いていそうだ。


「な? わかっただろ?」


「……うん、何となくわかった気がする! これを読めば、私でもクエストの仕分けが出来るかも……!」


 細かい文字が敷き詰められていて、一見すると辞書の一ページであるかのようなビジュアルをしているが、読めば読むほど味が出る。日本語で書かれているので、あくまでも兄が自分のために作ったメモに過ぎないのだろうが、きれいに整理された形で記述されていた。


 私は黙々とニーナのプロフィールを読み進めていく。

 すると、右下の身体能力が記されたパートに違和感を覚えた。


「ん? ……なんだこれ……『スリーサイズ』……?」


 バスト80cm

 ウエスト53cm

 ヒップ77cm


 魔法使いはスタイル良さげな女の子が多いようである。

 セルカほどのバスト爆弾ではないようだが、それでも推定Dカップである。


 魔法が出来れば胸も大きくなるのだろうか。解せぬ。


 ……いやいやいや、そう言う話ではない。

 見かけによらず、ニーナが男子受けのいい体をしているとか、そういう話はどうでもいいのだ。


「お兄ちゃん……この『スリーサイズ』は、クエストの選別に必要なのでしょうか? っていうかインタビューでスリーサイズ聞くってやっちゃいけないよね? 権利乱用だよね?」


 セルカにさえバストサイズを教えるように圧力をかけた男だ。

 私の目が届かない場所でまさかパーティメンバー五人全員に醜態をさらしてないだろうか。


 想像するだけで鳥肌が立つ。


「いや、意外とすんなりと教えてくれたけどな。『セルカもバストサイズ教えてくれたから、君らも教えてくれるよね』と言ったら、丁寧に教えてくれた。どうやらセルカはメンバーの信頼を勝ち取ることに成功したようだな。実にあっぱれだ」


「しみじみしてるけど、それ単なる脅しだからね! 女の敵だな、おい!!」


 なんて素直な子たちなのだろうか。

 こんな真面目な資料にスリーサイズをこっそり書き留めちゃうぐらい、ふざけたこの男のお遊びにも付き合ってくれるなんて、彼女たちは天使の生まれ代わりか何かなのかもしれない。


「魔法使いってローブとか来てるから体形見えないけど、彼女たちかなりいいスタイルしてる。お前も見習えよ」


「ローブを着て体形を隠すことはマネできるけど、AAAカップをDカップにするのはこの異世界の技術では不可能だから。見習おうにも見習えないから」


 ブラに詰め物をする子ぐらいはできるかもしれないが、豊胸手術といった高度な技術があるとは到底思えない。


 いや、でも……。

 バストを大きくする魔法ぐらいならあるかも……。


 美容魔法とか、ありそうではないか。

 火や水を何もないところから出すことが出来るのだ、顔のしわの一つや二つ消し去ることぐらい出来そうなものである。


 さて、兄の話に付き合っていたら、バイトで疲労した体がシャワーを要求し始めた。

 さっぱりした後にベッドへダイブして、夢の世界に入場するのが至福。一日の唯一の楽しみである。


「じゃ、仕事頑張って。私はもう寝るから。明日も早いし」


「お前ももう暇だろ? 手伝えよ」


「えええ……だから、明日も仕事なんだってば」


 朝に弱い兄は夜型だ。夜になればなるほど集中できるらしい。

 成功しているビジネスマンは朝方が多いと聞くが、朝まで働くタイプの夜型人間である。


「……お前しか頼める人いないんだよ。このままじゃ徹夜になっちまう」


 いつもは私のこと、特に胸部をボロカス言う兄だが、弱い一面を見せられるとキュンとしてしまう。


 やっぱり私がいないと、兄はダメだ。

 この気持ちが母性というものなのかもしれない。


 求められることに女としての幸せを噛みしめていると、私は無意識のうちに兄の向かい側の席に座っていた。


「はあ……仕方ないなあ……今日だけだからね……」


 そうして、私はパーティメンバーのプロフィールを読み始めるのだった。

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異世界転生してヒャッハー出来ると思ったら膨大な借金を押し付けられて、冒険者の経営アドバイザーにさせられるってヒドすぎませんか!? もぐら @mogura_level16

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