第三話 最初のクライアントが巨乳って不平等じゃないですか!?
「……え? あ、はいどうぞ、お座りください……」
私は兄にいう通り、客を席に座らせる。
どんな風の吹き回しなのだろうか。
数分前にろくに顔を見ずに死にそうになったおっさんを突き返したというのに、顔つきがビジネスマンのそれになっていた。
獲物を狙う狼のように鋭いその眼光は男らしさすら醸し出しており、はっきり言って超かっこいいと思う。
「あ、ありがとうございます……あの……」
「はい? どうかしましたか?」
女性が座ると、鼻をつまむしぐさを見せる。
「この臭い……魚が腐ったような匂いなのですが……?」
「え? い、いやー勘違いじゃないですかね?」
え、まさかまさか、私の口は臭うのかしら。
朝しっかり歯を磨いたはずなのに。
私はさりげなくポケットに仕込んでおいたミントの葉の飴をかじって、少しでも口の匂いがマイルドになるように工夫を凝らす。
「さて……」
兄は視線を落とし、女性の胸元付近を見ながら今にも噛みつきそうな視線で睨みつけていた。
在宅で兄が仕事しているときに、このような顔つきを見たことがある。
これは本気の目だ。
あれは赤い看板が目印の日本の大手都市銀行を買収しようとしていた時、最後の最後の調整をするときのあのような眼をしていた。
やはり、兄はシンドウコーポレーションの社長なのだ。
あの敏腕社長の経営指南が間近で見られると私は内心ダンシングしていた。
どんなに理論武装をした学者の講義よりも数百倍も価値があるに違いない。彼は実際に国家予算並みの資金を動かしていたし、ボランティアで寄付した小国が超金融都市になって、住みたい国ランキング上位に組みこむぐらいの影響力はあった。
第一声を固唾を飲んで見守る。
「とりあえず」
ふむ、とりあえず。
「……君のバストサイズを聞こうか」
……えええええええええ!?
私は思わず心の中で叫んでしまった。
「え、え? ど、どういうことですか?」
それはそうなるに決まっている。
正しいリアクションだ。
酔っぱらった中年男性であればキャバクラでそのような質問を投げかけるかもしれないが、ましてやシラフの男が真顔で聞くようなことではない。普通にセクハラである。
この異世界では○○ハラ的なものは概念としてまだ発達していないので、そこらへん緩いのは事実だが、人間として、そして男として超えてはいけないボーダーを超えた質問である。
「いや、だから君のバストサイズを聞いているんだ」
「ば、バストサイズが……相談するにあたって必要な情報なのですか……?」
女性は怯えた顔で豊満な胸を腕で隠していた。
ほら見たことか、不用意に変な質問を重ねるからウサギのような可愛らしい女性を怖がらせる結果になるのだ。
乳は牛だけれども。
「ああ、重要だ。君の名前よりも、バストサイズのほうが重要だとさえいえる。ほら、言え! バストサイズ! 何カップなんだ君は!」
「ちょーっとまったああああああ!」
これ以上発言させると、今まで描写で作り上げてきたイケメンで聡明な兄のイメージが崩れ去ってしまう恐れがあった。相談者の彼女も状況が理解できなさ過ぎて半泣きになっているし、私は兄の口をチョークスリーパーするように抑え込んだ。
「モゴモゴモゴ……!!」
思い切り力を入れれば顎が外れてしまうかもしれないが、やむを得ない。
死んだら死んだで、アルテマに頼んでもう一度転生してもらえばいい。
「このバカ兄が失礼しましたあ……。えーっと、で、お名前は?」
「せ、セルカと申します。ほ、本当に相談窓口はこちらであっているのでしょうか?」
「ええ、ええ! ここで間違いないですの!」
焦りすぎて自分でも口調がおかしくなっていたが、もごもごする兄を抑えながら相談者の話を聞くという数奇な事態にどう対応したらいいのか高校で学んだことがない。
人生でこのような出来事が発生するのであれば、予め義務教育のカリキュラムに盛り込んでほしいものだ。政治家頑張ってくれ。
「なるほど……で、相談内容というのは……ってイッタああああああ!!」
兄はチョークスリーパーしていた私の腕を、思い切り歯で噛んだのである。
しかも奥歯で。
二次元キャラのように毛が一つもなく、白く美しい私の肌に兄の歯形が刻印される。
こいつ、マジでいつかぶっ殺してやる。と、穏やかな心で呟いていた。
「前受け金としてのバストカップ調査だ。さあ、答えろ。お前は何カップなんだ?」
「え? いや、でも……」
「因みにこいつはAカップだ。まっ平だ。盆地かもしれない」
「盆地ってくぼんでるじゃん!? 今は平だけど、くぼんではないよ!? っていうか、私のバストカップの情報要らないよね? ねえ、要らないよね?」
そもそもなぜ兄が私のバストカップを知っているのかが不思議である。
あれ、でも考えてみたらお母さんにも教えたことないのに、突然Aカップのブラジャーがプレゼントされた覚えがある。
どういうことなのだろうか。お母さんはテレパシーを使えるのだろうか。
まさか見た目でわか……。
私はより深く考えると自分の心が傷つきそうだったので、考えるのをやめた。
「……え、Fカップですうううううう!!!」
流石に観念したセルカは、自分のカップを部屋に響き渡るような大声で叫ぶ。
見た感じ大きそうだったが、やはり実際の数値もかなり大きいようだ。
「Fカップか……十分だな。よし、話を聞こう」
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