56 久我家の秘密
嵐神スサノオは、ガチンコの殴り合いに特化した機体だった。
遠距離攻撃のオプションがない。弓矢や銃などの狙撃する武装は無く、盾のようにも扱える刃が広い身長サイズの直剣のみが専用武器だった。
しかし、その武器は、ついこの間の暴走時に俺自身が壊してしまっている。
「やっば。武器が無いや」
古神は装甲含め、専用武装は自動修復機能が働いて勝手に治る。
機体の情報を確認すると、スサノオの武器「
「たぬき、武装をオモイカネから転送してくれ。オモイカネの太刀を使う」
知恵の神オモイカネの武装は、本来は太刀ではない。太刀は後付けの武装らしい。だからだろうか、オモイカネの太刀は他の古神でも扱えるのだが、性能はスサノオの草薙と比べると圧倒的に劣るのは確かだ。
しかし武器が無ければ勝負は始まらない。
正面の空中に『りょうかいです』と親指を立てた拳のマークが浮かんだ。
俺は青銀に輝く太刀を正眼に構えた。
ズズンと地響きのような音と共に、雲が蛇腹のように盛り上がって、ケーブルのようなイザナミの髪が襲ってくる。
「てやっ!」
一本を回避、一本を切り落とそうとする。
その時、不思議な幻が俺を襲った。
「なんだ……?!」
ケーブルが俺の攻撃を回避し、脇腹に潜りこんで、スサノオの頑丈な装甲を貫く。そのおぞましい触手が、コックピットの俺を叩きつぶす。
「……っ」
考えていたら間に合わない。
脳と肉体を切り離したように、俺は反射神経だけで、イザナミの攻撃を避けていた。
一瞬、通りすぎた死の感覚に背筋が寒くなる。
今、何を見た?
『自分が殺される場面を見て、硬直せず回避できるとはな。さすがだ、久我響矢』
八束が低く賞賛する。
『イザナミは、死の神。その攻撃は、縄でも矛でもない。相対するものに、己の死を見せるのだ』
俺は襲ってくるイザナミの髪の毛を避けて、雲の上に上昇する。
横に薙ぎ払われる矛の切っ先を回避し、さらに上へ。
「また……!」
回避したと思ったのに、幻が襲ってくる。
矛がスサノオの胴を切り裂き、真っ二つにされた機体が爆発炎上する幻想だ。
俺は心臓の高鳴りを必死に抑えた。
自分の死を見せられるなんて、嘘だと分かっていてもショックだ。しかも幻のせいで思考速度が落ち、考えながらの機体の操縦が難しくなる。
『捕まえたぞ』
「くっ?!」
いつの間にか、イザナミの矛を持っていない方の手が、スサノオを包みこむように広がっている。
しまった……!
『久我響矢、その素晴らしい霊力を俺に寄越せ。その霊力があれば、俺は常夜の頂点に立てる。
イザナミの手が、万力を持ってスサノオを握りつぶさんとしている。
俺は機体が粉々に砕ける幻想を見た。
これは現実か? 幻か?
『大丈夫だ、久我。この俺が頂点に立った暁には、旭光もついでに救ってやろう。お前の偽物は追い出し、日の本の裏表を統合して外つ国の侵攻を止めてやる。安心して眠るがいい』
敵味方に公開された通信チャンネルから、フランクに話しかけてくる八束の声には、どこか親しみさえ滲んでいる。
スサノオの手から、太刀が滑り落ちた。
「……」
八束なら上手くやるかもしれない。
イザナミになら、スサノオに搭乗した
俺は弱気になっていた。
元の世界で幼馴染みの弘に打ち負かされ、自信を失っていた頃の感覚が甦る。容姿も能力も完璧で、自分よりも強い古神に乗る八束を前に、トラウマが再燃していた。
世界を救うヒーローは、別に俺で無くてもいいんだ。
――おい、久我響矢、しっかりしやがれ!
コックピットの空中に、いくつかの小さなウインドウがポップアップする。
そこには、アメノトリフネの窓やスクリーンに張り付いて、観戦している人々の表情が大写しになっていた。
――あんたが死んだら、俺はまた家が無くなるんだぞ!
――家来にしてくれるんじゃ、なかったのかよ!
怒りをあらわに叫んでいる、
景光、むちゃくちゃ自分の都合だな。
――黙って見ていなさい。逆転劇はここからです!
東皇陛下が、わくわくした表情でこちらを見上げている。
いや見世物じゃないんだから。
コックピットに、ふわふわシャボン玉のような光が飛んだ。
シャボン玉には何故かエビフライやハンバーグが大写しになっている。
分かったぞ。たぬき、お前の仕業だな。
俺を鼓舞しようとしてくれてる気持ちは嬉しいが、結局、飯のリクエストじゃねーか!
「皆、自分勝手だな」
俺は座席のアームレストを強く握りしめた。
自己中心的な奴らの希望に付き合うことはないんじゃないか。
あいつらが勝手なら、俺だって好きにやる。
そうだ。
八束の言っている「誰かのため」「国のため」が戦う理由なら、俺は奴の言う通り、戦わなくていいだろう。役割のために命を掛ける必要はない。
だけど、そうじゃない。
「……俺は、俺自身はどうしたい?」
せっかく異世界で、古神操縦なんて特技に目覚めたんだ。
特技で負けたくない。
勝ちたい。
咲良と、景光と、隠れ鬼の奴らや、アメノトリフネの乗組員と約束したのは、俺だ。誰かに言われたからじゃない。ただ、そうしたかったから、そうしただけ。
――久我家の古神操縦者は、長く生きられない。
不意に、常夜に来る前に会った、久我のご先祖様、久我透矢の声がコックピットに響いた。
――寿命の前借りのようなものだ。
――必ず勝つ。その
――それでも使うか?
一番になりたくてもなれない人が大勢いる。どんなに努力しても叶わない事もある。それに比べたら、手の届くことは幸運だ。
爺ちゃん、俺は久我家に生まれて、良かったよ。
「たぬき、オモイカネに太刀を送還する」
『……!』
「追加武装の召喚。対象は、アメノオハバリ!」
空中に『アメノオハバリから応答がありました。召喚可能です』と表示される。
『古神二柱の特殊操縦につき、出力を最大に上げる必要があります。同調率の引き上げを開始します』
スサノオの機体は、イザナミに握られて、きしんで嫌な音を立てている。
俺は束縛から逃れるために集中した。
「うおおおおおっ!」
『何?!』
黄金の粒子が、機体の輪郭を彩る。
スサノオは、イザナミの指を押し返して脱出に成功する。
俺は機体をぐんぐん空へ上昇させた。
月に向かって手を伸ばす。
「……アメノオハバリ!」
スサノオの手の先に、黄金の光の粒子が集まって、十字の剣が現れる。
剣身にくびれがある真っ直ぐの両刃の剣。
澄んだ夜空に、どこからか重い雷鳴が轟いた。
『その剣は……!』
「悪いな、八束。ここから先は、俺がお前を狩る時間だ」
俺は手にした力に酔い、笑みを浮かべる。
普段の自分なら口が割けても言わない台詞だ。
自分の瞳が、鮮やかな深紅に染まっていると気付いていなかった。
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