55 黄泉神イザナミの来襲
墜落したアメノトリフネの指令室から、通信で状況を報告した。俺の提案を聞いた恵里菜さんの反応は芳しくない。
『地上に時空転移、ね……』
「転移地点は、大神島上空です」
俺の名前を名乗っている偽物が占領した基地の真上だ。
ドンパチは避けられない。
「アメノトリフネ二艘で同時に大神島の上空に転移して、一気に基地を取り戻すのが良いかと。もう陛下は確保したし、常夜にいる理由はありません」
戦力の分散を避けるため、折衷案を出した。
折衷案と言っても割とリスキーだから、恵里菜さんは首を縦に振らないかもしれない。駄目かなあ、やっぱり。
『許す!』
いきなり、着物をきた少女が、恵里菜さんを押し退け画面を乗っ取った。
『大いに許す! 久我響矢、空中戦で逆転無双するのです!』
えぇ?!
『ごめんね、響矢くん。陛下はすっかり響矢くんの活躍に期待しているみたい』
恵里菜さんが後ろで謝っている。
「陛下の言っていることは分かります。響矢は格好いいですからね!」
咲良がうんうんと頷いた。
いつの間にかハードルが上がってる?!
「ちょ、無双って。俺はそんなに強くないって!」
『謙遜することはないのです。基地にいる偽物や、そのへんの有象無象の雑魚など俺の敵ではない、と言ってもいいのですよ!』
「言わないし!」
有名になった弊害がこんなところにも。
くそぅ、ヒーローに表舞台に立ってもらって自分は影で無双する小説の主人公になりたいぜ。
『では、陛下の許可も降りたことだし、作戦を検討後、転移を開始しましょう。転移開始は、大神島の警備が薄くなる
「そんな簡単に決めちゃっていいの?」
恵里菜さんはヤケクソ気味に許可を出す。
大丈夫かなー。
午前ゼロ時の深夜に作戦決行になった。
ああ、狸をもふりたい……。
もしもの時のために、狸はスサノオに憑依してもらっている。
俺と離れるので非常に嫌がったが、ホタテの天ぷらを作ると言うと目を輝かせてスサノオに乗ってくれた。狸、ちょろすぎる。
「響矢、何を考えてるの? たぬきちゃんのこと?」
「ああ」
「たぬきちゃん可愛いもんねー。あ、私は山菜の天ぷらが好きだよ」
「分かった。追加しとく」
ハッチ横通路で待機中の、俺と咲良は、どうでもいい雑談を交わした。
時空転移後に、すぐ外に出てスサノオに乗らなければいけない。
咲良にはツクヨミに乗ってもらう予定だ。
「あの」
好奇心からか、遠くから俺を見ていたアメノトリフネの乗員の一人が、声を掛けてきた。
「本当に、地上に戻れるんですか……?」
俺に聞くなよ。知るか。と思わんでもない。
でもこの人たちは、自分ではどうすることも出来ないから、他人に頼るしかないのだ。例えば、俺が
「戻れますよ」
何とかするんで応援してください、と答えると、乗員の表情が明るくなった。
軽い足取りで仕事に戻っていく乗員の後ろ姿を見送る。
「……響矢は、皆を守って。響矢のことは、私が守るから」
咲良が手を握ってくる。
「うん」
船内に『衝撃に備えてください』とアナウンスが流れた。
小坂さんが、アメノトリフネの時空転移装置を起動したらしい。
転移までの秒読みが始まる。
俺は咲良と、手すりを強く掴みながら転移を待った。
『時空転移、開始します』
浮遊感と共に、視界が白く塗りつぶされる。
目眩は一瞬で収まった。
『風圧緩和結界を展開。乗降口を解放します』
隔壁が段階を踏んで上がり、船の脇腹に設置された扉が開いた。
扉が開くと、ちょうど魚のヒレのような形で乗降口が現れる。
外の景色を見て、俺は驚いた。
「どこだ、ここ? 大神島上空じゃない?!」
青紫に染まった雲海の上に月が浮かび、神殿の柱のような石柱が何本も雲から頭を出してそびえたっていた。
地上の海も島も見えない。
どこまでも夜空が続く空間だ。
『響矢さん、割り込みが入って、転移位置をずらされました! 急いで初代アメノトリフネに今の座標を送っています!』
小坂さんからの連絡。
「ここがどこか分かる?」
『まだ常夜のようですが、地上に近い空間です。常夜と地上の間にある別世界の空間かと』
別世界だって?
「響矢、あれ!」
咲良が、雲海を指差す。
雲がぼこぼこと沸き立って、何かが姿を現そうとしている。
スモークの向こうから、黒い影が鎌首をもたげた蛇のように現出する。
あれは……巨大な古神だ。
『イザナミの寝所にようこそ』
「この声……
古神のスピーカーが全開なのか、雲海に若い男の声が響き渡った。
『地上に戻る前に、俺と再戦する約束だろう?』
通常の古神の十倍はあろうかという巨体が、雲を割って山のように立ち上がる。
イザナミは鬼女の姿をした古神だった。
長い黒髪を模したケーブルが頭部からザンバラに広がり、髪を割って二本のねじくれた角が伸びている。
顔は虚ろな骸骨の仮面で隠され、腰から下は尖った棘のような骨と、ぬめらかな蛇の尻尾が伸びている。
爪が伸びた手には、雲をかき混ぜる
「確かに再戦は約束したけど! 今このタイミングで、地上に転移するのを邪魔するってどうなんだよ! まさか俺たちを地上に帰さないつもりか?!」
『その、まさかだ』
イザナミの矛先が、アメノトリフネに乗る俺に向けられる。
『お前は、常夜が地上から独立した国だと思っているか? お前たちと常夜の民は仲良く共存していると、そう勘違いしていないか?』
「……どういう意味だ」
『常夜は、地上から不要とされたモノが落ちてくるところだ。地上の者たちは、都合の悪いもの、目に入れたくないものを、常夜に流してきた。使い捨てられた道具に宿る付喪神。不吉とされた双子の片割れ。物だけでなく、人すらも、常夜に廃棄する』
俺は、景光を思い出して呻いた。
あいつは霊力が少なかったから、常夜に捨てられたと言っていた。
『隠れ鬼の森も、そうだ。時の権力者に不要とされた者たちを、まとめて常夜に捨てた。我ら常夜の民に後処理を擦り付けてな!』
「ちょっと待て。常夜の巫女姫はそんなこと言ってなかったけど」
『巫女姫は、平和の象徴だ。あれには、裏の事情は教えていない』
あくまでも俺たちに好意的だった巫女姫を思いだし、反論すると、八束から「教えていない」と意外な返事がかえってきた。
『ただでさえ目が不自由なのに、これ以上負担を掛けたくない。罪も咎も俺が引き受ける』
八束は、巫女姫のことを大事にしてるんだな。
『久我響矢、ここでお前を殺し、地上の力を
八束の言い分は理解した。
敵には敵の正義がある。
だが、だからと言って、大人しく殺される訳にはいかない。
守りたい人たち、救いたい人たちがいるのだから。
『……久我さん、初代アメノトリフネが来ます!』
小坂さんの報告。
雲海にザバンと波が立って、恵里菜さんの乗った初代アメノトリフネが浮上する。
スサノオが、解放されたハッチから飛び出してきた。
「八束、お前の事情はよーく分かったよ。いいぜ。勝負しよう!」
「響矢!」
「咲良は、ツクヨミに乗って待機していてくれ!」
俺はスサノオに飛び乗る。
アームレストに嵌め込まれた勾玉に触れると、オートパイロットで光量を絞った状態だったシステムが、賑やかに色鮮やかに輝き始める。
『搭乗者を確認…血統を照合…久我響矢。嵐神スサノオ、戦闘起動状態に移行します』
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