27 海神アヅミイソラ vs. 風神シナトベ
シナトベは、ハチドリのような鳥を模した機体だった。
装甲は薄い水色と緑のカラーリング。随所に施された翼の意匠が美しい。
武装は弓だが、なんと頭部に設置されていた。
当たったら痛そうな
俺はとりあえず、シナトベを空へ上昇させた。
「……あれが、サンドラの機体か」
仮想霊子戦場の大半を占める花畑の中央に、大きな二枚貝が浮かんでいる。濃いクリーム色の波打った厚い貝殻。形状としてはシャコ貝が近い。縦に浮かんでいるので、貝殻の口は地面に垂直になっていた。
あれがアヅミイソラ……!
分厚い貝殻の装甲が特徴的だ。防御力が高いと一目で分かる。
本体は殻の中らしい。
なんて攻めにくい古神だよ。
『攻撃して来ないのかい? こっちから行くよ!』
貝殻から角のような突起が伸び、そこから水流がほとばしる。
凝縮された水の弾丸が四方八方に打ち出された。
こちらは空中を飛んでいるので、ひょいひょいと避ける。
地上を拡大表示すると、サンドラの攻撃で花畑にクレーターが出来ていた。 相当の攻撃力があると見た。
「貝の口を開けるのって、どうしたら良いんだっけ。火で炙る?」
残念ながら今回、俺が選んだシナトベは風の古神である。
我ながらバッドチョイス。
俺はアヅミイソラの貝殻の口を狙い、ピンポイントで弩を撃った。
「
三連続で同じ箇所を狙った。
貝殻の角が削れ、アヅミイソラが傾く。
『やっぱり……私は確信したよ』
俺はドキリとした。
『ここから先は、ギャラリーに聞かせるのは止めておこう』
サンドラは公開チャンネルから、機体同士のプライベートチャンネルに切り替えてきた。
『私のカリブディスを撃墜したパイロットは、あんただね。ナリヤ!』
「!!」
『攻撃を受けたら分かる……同じだよ。伝わってくる気配が、あの時と同じ!』
懸念していた事態になってしまった。
サンドラに、あの時のパイロットが俺だとばれた。
『あんた、狙いが正確過ぎるんだよ。久々に死ぬかと思った』
サンドラはさばさばした口調で「死ぬ」と口にした。
仮想ならともかく、実戦なら冗談じゃない。
「死ぬかもしれないのに、サンドラはなんで古神に乗ってるんだ?」
『私の故郷の島ではね、生まれた赤子を海水に浸ける習慣があるんだよ。海のスピリットに祝福されて
わお、海のスピリットの祝福ときましたか。
パラレルワールドとはいえ、ほとんど異世界だな。
俺は……異世界に来なければ、平和な一般人生活を謳歌していただろう。この世界の久我家に生まれていたら、サンドラのように小さな頃から古神操縦の訓練を受けていたのかも。駄目だ、想像できん。
『まあ、私の故郷の島は、無くなってしまったけどねえ』
「無くなった?」
『ギリシャはね、周囲の複数の国の侵略を受けて滅びたのさ。生き残ったパイロットは、支配した国の犬になった。もしギリシャに、アマノイワトがあれば、滅びなかったかもしれないね』
会話をしながら、俺たちは互いに攻撃を飛ばしあっている。
俺の攻撃は、アヅミイソラの分厚い殻に阻まれて決定打にならない。サンドラの攻撃も、空中で避けまくっている俺には届かない。
『同情するなら、アマノイワトを寄越しな! 確かアマテラスという機体の能力だったか』
「やるわけないだろ!」
俺は即座に叫び返す。
『なら奪い取るまで!』
応えるサンドラの声には、激情がこもっていた。
『広範囲を守るアマノイワトがあれば、私の国は滅びなかった! 今からでも遅くない。その力があれば、ギリシャを封鎖して内部の敵を駆逐できる! 寄越せ、その力を、私に寄越しな!!』
空が暗くなった。
雨雲が沸き起こり、俺の機体シナトベに湿気がまとわりつく。
機体が重い。
「……っ」
『祟りを恐れてパイロットを殺さない? 笑わせてくれる! そんな甘い覚悟で、国を守れるものか! 私の国は火の海になった。次は、あんたの国の番だよ……!』
濃い潮の匂いがした。
まるで海中にいるかのように、空気抵抗が増加する。
思うように飛べない。
水弾の攻撃を避けたシナトベは、そのまま姿勢を崩して花畑に墜落した。重苦しい怨念のような気配が辺りに垂れ込めている。
「くっそ……」
アヅミイソラの殻が開いて、中央に特大の砲門が現れた。
あれを食らったら、おしまいだ。
その時、操縦席のアームレストを握りしめる俺の腕に、誰かがそっと触れた気配がした。
「咲良……?」
現実のチェアに座った俺に、咲良が手を伸ばしている。
負けないで。
ここは仮想空間なのに、そんな声が聞こえてきた気がした。
「アマテラスは、渡さない」
ロボットに乗って敵を殺す覚悟が俺にあるかと言われれば微妙だが、大切な人を守るために命を掛ける覚悟ならある。
「光を奪う雲を吹き払え、シナトベ!」
上空の雲が吹き飛ばされる。
俺は立ち上がり、頭部に設置された
金色に光った弩が、二倍の大きさに変化する。
『久我の血統を確認。特殊武装を召喚します』
空中にメッセージが浮かんだ。
眩しく輝く光の矢が、弩に装填される。
「
その矢は、皇族の身分を示す印籠代わりだったらしい。久我が東皇家に連なる証として、名前に「矢」の字を入れるようになった由来。邪悪を退ける破魔の矢。
俺は頭を振って、機体から連携された余計な情報を追い出す。
目の前の敵を倒すことができれば、それでいい。
「行け……!」
アヅミイソラの大砲が発射されると同時に、俺も矢を放つ。
黒い水流と光の矢がぶつかった。
光の矢は水流を真っ二つに裂き、一直線に進む。
そして、アヅミイソラの中央に命中した。
勝利のメッセージを見届けて、俺はヘッドギアを外した。
周囲の学生たちは大いに盛り上がっている。
「見たか?! 古神の力で雨が降ったり、光の矢が現れたり!」
「ヤハタは現実の戦いの延長だもんな。今の戦いは、非日常で迫力があった」
「お前、もし弟様と同じ古神に乗ったら、どうだ? 操作できそうか?」
「いやー、無理だな。ヤハタでも動作の衝撃で目が回りそうなのに、あんな激しい動きはできない」
学生たちは口々に感想を言い合っている。
「……く。くく、あははは!」
俺と同じくヘッドギアを脱いだ、サンドラが笑いだした。
「あはははははは! あー、おかしい。完敗したのに、胸が晴れ晴れとしている。こんな気分になるのは初めてだよ!」
サンドラはひとしきり笑うと、立ち上がった。
「この国は、まるで地上の楽園みたいだ。……守れるといいね」
彼女はそのまま、席を立って教室を出て行った。
笑ってはいたけど負けて悔しかったりするのだろう。追わないのが正解だ。
「響矢、発掘学の人たちに、例の件について聞いてみたら?」
咲良が耳打ちする。
例の件……アマテラスの機体が、学院内にあるかどうか、か。
「必要ないよ。場所に心当たりがある」
「え?」
「斎藤さん。斎藤さーん、ちょっといいですか?」
俺は手を上げて、斎藤さんを呼んだ。
学生たちと話していた斎藤さんが、俺の元にやってくる。
「どうしたんだ、響矢くん」
「大鳳学院で、一番古い学舎はどこですか?」
俺の質問に、咲良が目を丸くした。
アマテラスの機体が学院内に隠されているとしたら、地面に埋まっているはずがない。なぜなら、古神発掘学の人たちが、あちこち掘っても見つかっていないからだ。
候補地から、空き地を除外する。
誰も調べていない場所は、当たり前にそこにある、学舎の建物だ。
ついでに言えば、久我家の古神オモイカネは、叔父さんの家の地下倉庫に格納されていた。血がつながっているから、考えることは今も昔も変わらないと仮定すると、回答は単純明快。
アマテラスの機体は、学舎の地下格納庫にある。
「灯台もと暗し、だな。ここだ。古神操縦学の学舎だよ」
斎藤さんは、指先を下に向けて言った。
「久我家の茶室があったそうだが、その上に学舎を増築した。一階に茶室の一部が保存されているよ。見ていくかい?」
「是非お願いします」
俺はにこやかにお願いする。
周囲の学生たちは、俺の行動が気になるようだったが、狭い部屋に皆で入ることはできないし、常に視線があるのも気が休まらないので、解散してもらった。
斎藤さんの案内のもと、俺と咲良は二人で、一階の茶室へ向かった。
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