21 俺は無双する主人公ではない! たぶん……

 時空転移した先は、予定通り、大神島の真上だった。

 コバルトブルーの海上に浮かぶ半月の島を見下ろし、まずは無事に帰って来たことに安堵する。

 

『……やっと通信がつながった! 大丈夫? 村田くん!』

「恵里菜さん」

 

 携帯に着信が入る。

 アメノトリフネの通信で連絡すれば良いのに、と思ったが、そういえば恵里菜さんはアメノトリフネのことを知らないな。

 

『こっちは大変だったのよ! 敵国の古神操縦者が、大神島の格納庫から流出した古神に乗って暴れて、天岩戸の制御基盤を奪われて』

「それで俺たち天岩戸に閉じ込められたんですか」

『たぶん、そう。ところで今、村田くんはどこにいるの? 今、大神島の上空に謎の巨大な古神が現れて大騒ぎしてるんだけど』

「その謎の古神に乗ってます」

『え?!』

 

 恵里菜さんの周囲で、誰かがバタバタ忙しく駆け回る音がした。

 

『アメノトリフネ?! それって初代アメノトリフネ?! 村田くん、今度は何をやらかしたの?!』

「人をトラブルメーカーみたいに言わないで下さいよ」

『とらぶる? とにかく古神を拾ってきた村田くん、アメノトリフネを島の横に着岸させて下さい。勢い余って島を壊さないように気を付けて』

「壊しません」

 

 あっさり上陸許可が出た。

 俺はアメノトリフネをゆっくり降下させながら、恵里菜さんの冒頭の説明台詞を思い出した。

 

「……ところで、その敵国の操縦者はどうしてるんですか? もう危険は無いんですか?」

『ないない。投降してきたから』

「はあ?」

 

 恵里菜さんの話によると、敵国の古神操縦者は、大神島上空に現れたアメノトリフネを見て即座に投降してきたらしい。

 アメノトリフネ、見た目にでかくて威圧感あるから、増援が来た勝てない、と思うよな確かに。

 

「敵の狙いは、アマテラスの機体でした」

 

 大神島のミーティングルームに召集された俺と咲良と御門さんと桃華は、恵里菜さんと状況を確認した。

 

「大神島にアマテラスの機体があると、外国でも噂になっていたそうよ。日本を囲む結界を天岩戸と呼んでいること、日本神話の主神がアマテラスだということは、ちょっと調べれば誰でも分かるわ。アマテラスの機体を見つけて、操作あるいは破壊すれば、天岩戸は無くなって日本は堕ちる。子供にでも分かる理屈ね」

 

 恵里菜さんは、肩をすくめて見せた。

 

「響矢、来る時にも説明したと思うけど、アマテラスの機体は大神島にあるという噂だけど、誰もその機体を見たことがないの」

 

 と、咲良。

 

「そんなこと言ってたな……」

「天岩戸の制御基盤は、大神島にあるけど、その制御基盤で天岩戸を無くすことはできないの。制御基盤でできるのは、天岩戸の地形を変えて封鎖したり、出入口を作ったりするくらい。天岩戸を開くには、アマテラス本体を見つけないといけないの」

 

 見つけないといけない、って、どうせ偉い人か誰かは、アマテラスの場所を知ってるんだろ……。

 

「冗談じゃないわよ、村田くん」

 

 皆して俺をからかってるのかと思いきや、咲良も恵里菜さんも真剣な顔をしていた。

 

「本当に、誰も、アマテラスの場所を知らないの」

「ま~たまた~。いくら俺が異世界から来たからって、騙されないですよ」

 

 笑って見せたが、誰も真面目な顔を崩さなかった。

 マジか。

 

「響矢なら、アマテラスを見つけてしまうかもしれませんね。何しろ、初代アメノトリフネを見つけて復活させるくらいですから」

 

 御門さんは、さりげなく俺を持ち上げてくる。

 いやー、さすがに無理じゃないかな。

 

「困ったわね。本当に村田くんなら、見つけそうだわ。こうなったら村田くんが久我家直系で、咲良と婚約者だって発表しようかしら。そうしたら東皇家とうおうけから警備の手を借りられるし」

「東皇家?! 警備?!」

「そうですね、現在は零落しているとはいえ、久我家もれっきとした東皇家の外戚ですし」

 

 御門さんもウンウンと同意している。

 俺は冷や汗をダラダラ流した。

 パラレル日本の天皇は、在位中は東皇と呼ばれるらしい。

 先祖が何をしてたか知らないが、庶民生まれ庶民育ちの俺には雲の上過ぎる話だ。

 

「お、大袈裟だなー。公表しなくていいですから。俺は自慢じゃないけど地味で存在感ないから、警備も要らないです!」

 

 止めてお願いプリーズ。

 切なる思いを込めて見回すと、恵里菜さんと御門さんは困った顔をする。桃華が口の動きだけで「びびってやんの。うしし」と笑っていた。

 

「……村田くんがそう言うなら、仕方ないわね」

 

 恵里菜さんは嘆息した。

 

「でも真面目な話、アマテラスを探して欲しいの。敵に見つかる前に」

「俺が探すんですか」

 

 なぜ専門の人に頼まず俺に依頼するのだろうか。

 困惑する俺に、恵里菜さんは「これは命令じゃなくて、お願いだけど」と続けた。

 

「大神島の他にもう一つ、アマテラスがあるかもしれない、と言われている場所があるの。都内にある学校、大鳳学院よ」

「大鳳学院?」

「都内にある、年号と同じ名前の学校よ。ちなみに今は、大鳳十七年ね」

 

 

 

 

 怒涛の一日だった……。

 俺は咲良と家に帰ると、布団を敷くのも面倒で、狸と一緒に畳に寝転がる。

 

「響矢ー、お風呂だよ、おー風ー呂ー」

「うーん」

 

 起きたくなくて、咲良に揺さぶられるまま唸った。

 

「もう、響矢ったら」

 

 至近距離で覆い被さってくる咲良の、ゆるんだ着物の合わせから、うっすら桃色がかった胸の谷間がハッキリ見えた。

 俺は一瞬で意識が冴える。

 

「咲良、むね」

「きゃっ」

 

 咲良は、慌てて着物の襟をしめた。

 うっかり指摘してしまったが、そういえば好きな者同士で一つ屋根の下に住んでいるのに、何を遠慮することがあったのか。

 自分の鋼の貞操観念が憎い。

 

「咲良、キスしてもいい?」

「うん」

 

 一応、お伺いを立ててから唇を奪う。

 良かった、このレベルなら天照大神の邪魔は入らないらしい。

 何か思い出したのか、咲良がくすくすと笑い声を立てた。

 

「ふふふ、学校では響矢と姉弟きょうだいになるのね」

「学校では、久我家の古神操縦者だと隠そうという話から、巡りめぐって何でそんな変な設定に……?」

 

 俺は咲良を抱きしめながら項垂れた。

 久我出身の古神操縦者だと明かしたら、いろいろ大変だから止めておいた方がいいと恵里菜さんに忠告されたのだ。

 しかし咲良と同居しているのは、遅かれ早かれ見つかってしまう可能性が高い。

 二人が同居している理由として一番妥当なのが、姉弟という設定だったという訳だ。

 

「咲良の弟だったら余計に目立たないか?」

「突然沸いてでた久我家の防人で、人気の咲良さんの婚約者よりは目立たないと思うの」

「……」

 

 センセーショナルな名乗りのせいで、初っぱなから遠巻きにされるのは困る。

 俺は溜め息を吐いて気持ちを切り替えた。

 

「咲良さん、この先に進んでも……?」

「いいけど二度目の雨漏りは大変だと思うの。次は修理代かかるでしょう」

「だよね」

 

 名残惜しく感じながら、咲良から体を離す。

 突然の土砂降りと、俺たちの関係との関連性を、咲良は気付いているようだった。

 

「神様に嫉妬されると大変だよね。たぬきちゃんを大事にしなきゃ駄目だよ、響矢」

「たぬき? 咲良お前、雨漏りはたぬきのせいだと」

 

 居間の隅でちょこんとお座りした狸が、ジトッとこちらを見ている。とんだ濡れ衣だと言わんばかりだ。

 

「……気を付けるよ」

 

 だが結局、俺は狸のせいにしておいた。

 天照大神の祟りだと言うと、もっとややこしいことになるからだ。狸が口を開いて「ガビーン」という顔になった。自分のせいにされたのがショックだったらしい。ごめんな。

 

 

 

 

 大凰学院に登校する日まで、俺は久我の叔父さんの家で仮想霊子戦場にハマっていた。

 ロボットに搭乗する過程をスキップして、対戦だけ楽しめるモードがあったのだ。

 試しにヤハタを登録して乗ってみた。

 量産機ヤハタは普通の人でも乗れる仕様で、縁神も神璽しんじも必要ない。操縦席には操縦幹やペダルがあって、自動車を運転する感覚だった。

 軽い気持ちでランダム対戦モードを選んだ。

 最初の数回は、慣れない操縦に手間取って負けたが、途中からコツが分かってきて、勝てるようになった。

 勝てたり勝てなかったり、程よい難易度で楽しい。

 熱中している内に数日はあっという間に過ぎた。

 

「響矢くん、仮想霊子対戦、キョウという名前で登録してるのかい?」

「はい。俺ネットゲームでは大体キョウで登録するんですよねー」

「げえむ……いや、響矢くん、キョウという名前が仮想霊子対戦の総合成績、五位に入ってるんだけども」

 

 叔父さんが何か言っているが、遊び過ぎてはいけないという説教だろう。

 明日から学校だし、気を引き締めないとな!

 

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