09 喧嘩を売られたので売り返しました
咲良は、喧嘩を売ってきた桃華を真っ直ぐ見つめ返す。
その場は緊迫した空気に包まれた。
「古神は、天照防衛特務機関の基地に持っていく。そこでちゃんと、使えるやつが使う。その方が古神サマも喜ぶってもんだ」
「……桃華さん、他家が専有している古神について、口出しするのは行儀の良いことではありません」
おっとりした性格の咲良らしい切り返しだった。喧嘩は買わず、相手をいさめる返答だ。
しかし桃華はどこふく風で嘲笑する。
「行儀なんて、知ったことか。この世界では強いやつが勝つ。
「桃華さん!」
「私を実力で黙らせてみろよ、西園寺咲良!
仮想霊子戦場?
話に付いていけずに聞き役に回っていると、中年の男性が口を出した。
「桃華さん、駄目です。咲良さんは心の臓が弱いのです。だから本当に重要な戦場にしか、出動しません」
「!!」
咲良は病気でもしてるのか? 初耳だぞ、それは!
「ふ、あはははっ! 道理で仮想霊子戦場にも出てこない訳だ! この間は伍代に良いようにやられてるし、弱いのな!」
桃華は高笑いをする。
さっきから黙って聞いていたら、言いたい放題だな、こいつ。
「なら不戦勝で私の勝ちだな。オモイカネはもらっていく」
彼女は勝手にずかずか、土足で家に上がりこんだ。
「待ってくれ!」
「どけ」
さえぎる中年の男性の腕を取り、見事な一本背負いを決める。
俺は唖然としていたが、その時ようやく気付いた。
桃華にやられて無念そうにしている男性は、おそらく久我の人で、俺の親戚の叔父さんだ。
慌てて「大丈夫ですか」と歩み寄って声をかける。
きちんと下駄を脱いで上がってきた咲良が、俺に語りかけた。
「響矢、聞いて。
「神璽?」
「手首の勾玉の模様よ。古神に選ばれた証。桃華さんは、久我の古神オモイカネを動かして、勝手に持ち去るつもりだと思う」
「強盗じゃねーか。この世界に警察はないのかよ」
「一条は権力のある家だから、誰も文句は言わない」
咲良が悔しそうに首を横に振る。
そういえば恵里菜さんも、偉い人だったな……なんて呆けてる場合じゃない。
「久我は没落して人が去り、屋敷は荒れ果てた。最後に残された古神を失ってしまえば、もう何もない。先祖代々、受け継いできた誇りも歴史も、もはや日の目を見ることなく忘れさられてしまうのか」
「
久我の叔父さんが悲痛な表情で呻いた。
その背中を咲良がそっとさする。
俺は立ち上がり、桃華を追いかけた。
「待てよ! 俺と勝負しろ!」
珍しく積極的だと思われるかもしれない。
実は勝ち負けより、親戚の叔父さんの肩を持つ意味が大きかったりする。いざとなれば居候させてもらうかもしれないんだから、俺に良い印象を持ってもらわないとな。
無視されるかもしれないと思っていたが、先を行く少女の歩みはピタリと止まった。
「いいぜ。この家にも仮想霊子戦場があるんだろ」
桃華は振り返ってニヤリと笑う。
「仮想霊子戦場って?」
「ええと、響矢の世界の言葉で言うと、ばーちゃる? しみゅれーしょんばとる?」
俺の耳元で、咲良が小さな声でささやいた。
「だいたい分かった」
要するにゲームみたいなもんだろ。
殴りあいじゃなくて良かった。俺でも参加できそうだ。
長い渡り廊下を過ぎると、離れ座敷が道場になっていた。
ただし、普通の道場と違い片隅に円筒形の機械があり、中にリクライニングチェアが設置されている。ショッピングセンターにたまに置いてある肩こりをほぐすマシンに似ているが、非なるものだ。
チェアに座ってヘッドギアをかぶると、ゲームスタートらしい。
全く、この世界の技術力はどうなってるんだ。
「この道場の下が、古神の格納庫か。ちょうどいい。試合が終わったらオモイカネを持って帰ってやるよ」
桃華は二つあるリクライニングチェアの一つに座り、アームレストにある四角い凹みに携帯を埋め込んだ。慣れた動作でヘッドギアをかぶる。深く息を吐いて座席に横たわり、眠ったように動かなくなった。おそらく仮想空間に意識を飛ばしたのだろう。
なるほど、ああいう風に使うのか。
初心者の俺は、彼女を観察して使い方を覚えた。
狸の入った鞄を座席の脇に置く。
「響矢、たぬきは連れていけるから、向こうで呼んであげて。また背後霊にならないように」
咲良が座席の隣に立って助言してくれる。
俺はそれに頷き返した。
「ああ」
「それから……そうだ! 響矢、携帯に機体を登録してないじゃない! あらかじめ機体を登録しておかないと使えないよ」
「オモイカネを使って欲しい」
後ろから、優矢叔父さんが、話しかけてきた。
叔父さんは俺の携帯を取り上げて、何か操作をしている。
「この世界に来たばかりの、血がつながっているだけの君に、こんなお願いをするのは筋違いだと承知しているが……どうか勝って久我の力を思い知らせてやってほしい」
「ええと、頑張るけど勝てるかどうか」
「響矢なら大丈夫だよ」
咲良がふわりと笑う。
俺は釣られて笑って、何かどうでも良くなった。
「行ってきます」
携帯を座席にセットし、ヘッドギアをかぶる。
視界が暗くなる。暗闇の中に、点々と星が輝き、体が浮き上がるような感覚に襲われた。
光の輪をくぐって上昇すると、そこは別世界だった。
「ここは……」
天国のような野原が広がっている。
空は真昼の青さで、大きな白い月が掛かっていた。
俺は自分の体を見下ろす。服装は変わっていない。感覚も現実世界と変わらない。
「たぬき!」
咲良の言葉を思い出して呼ぶと、野原にたぬきが現れた。
「……くしゅ」
風と共に花びらが鼻先をかすめ、狸は盛大なくしゃみをして、びろーんと鼻水を垂らした。
仮想空間なのに、お前それどういうことなの?
『よう、雑魚! さっさと機体に乗れよ!』
突然、空が陰り、深紅の鬼神のような機体が降りてきた。
血のような赤い機体からは、熱気が発散されている。
女の子の乗る機体とは思えないくらい野性的な形で、炎の
『私の古神、火のカグツチには、どうせ誰も勝てやしないけどな! お前の機体はヤハタか? クニノクラトか? どうでもいいから早く終わらせようぜ!』
俺の機体は、確か叔父さんがオモイカネを使えと言っていた。
「オモイカネ!」
『何?!』
空から機体が降ってきた。
地は藍色だがところどころ金色の塗装が施された、武者の鎧をまとった機体だ。武装は大太刀が一本。機体の周囲には、八個のキューブが浮いている。
これがオモイカネか。
見上げていると、足元の狸がとてとてと機体に近付く。
ふくふくした毛皮の後ろ姿が機体に溶け込むように消えた。
誰も乗っていないのにオモイカネが動き、腰を曲げて手を差し出してくる。
俺はオモイカネの手に飛び乗った。
そのまま胸に運ばれる。
胸部のコックピットは、コノハナサクヤと似ていた。
今度は迷わずに操縦席に乗り込み、手首のリストバンドを外して勾玉模様を重ね合わせる。
オモイカネが起動し、機体の各部に光が走った。
『まさか、オモイカネに乗れるのか?! 仮想霊子戦場は、かぎりなく現実に近い。機体から情報を転送しているから、それは正真正銘、本物の古神だ! 資格のあるやつじゃないと乗れない。お前、雑魚じゃねえな。誰だ?!』
俺は数瞬、悩んだ。
モブの村田の名前は、この場にはふさわしくない気がした。
叔父さんは、俺が久我の関係者だから、大切な古神を貸してくれたのだ。
「……
異世界だし、いいだろう。
母方の名字は違和感があったが、口に出すとしっくり馴染んだ。
『は、ははは! 久我だって?!』
桃華がひきつった笑いを漏らした。
『隠し子か何かか? 上等じゃねえか。せいぜい私を楽しませてくれよ!』
深紅の機体、カグツチは、炎を撒き散らしながら大きく跳躍し、オモイカネに襲いかかってきた。
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