第83話 幕間:今代の聖女のお名前は……
「「ミコト〜!!」」
「やっほ〜みんな!! 」
修行の合間に、孤児院へ訪問して子どもたちから癒しをもらう。大事な時間だ。そして今日の孤児院訪問には大事なミッションがある。
「今日はみんなに見せたいものがありま~す。ミコトお兄ちゃんが作ってきたのはこちらです……ジャーン! イカのおすし!! 」
「イカノオスシ?」
「そう、行かない、乗らない、大声を出す、すぐ逃げる、知らせる、でイカのおすし!! 変な人や怪しい人がいたら誘拐されるかもしれないから、ちゃんとこれを守るんだぞ。」
このために作ってきた、お手製ポスターで説明する。現在のユースタリア王国内では子どもを狙った誘拐事件が多発している――この子どもたちにあんな恐怖を味わってほしくない。
(子どもの未来は私が守る――そのための第一歩だ! )
「へぇ、すごいなぁこれ。」
一緒に来ていたジークが感心したようにそのポスターを見る。
「でしょ? 俺らの国では小さい時からこの標語を教えてもらって、実践してるんだ。」
朝の会、帰りの会でよく復唱していたよね。懐かしい思い出だ。
「なら、なんであんなホイホイ着いていったんだ……」
アルが呆れたような目でこちらを見る。
「え? アハ、アハハハハ…… 俺もう子どもじゃないしと思って油断して……」
気づけば呆れた目を向けているのはアルだけじゃなかった。ジークもニッキーもユキちゃんも、みんな残念な子を見る目で見つめている。
(だって小学校低学年以来だよ!? これやるの!! )
10年以上も前だ、仕方ないじゃん!? は通用しなかった。
「イカのおすし……か。」
ジークが興味深そうに何かを考えているのは視界に入ったが――それよりも何よりも、「こんな教育を受けているくせにお前ときたら……」とアルのお説教タイムが始まったので、それどころじゃなかった。
♢♢♢
後日、“イカのおすし”がユースタリア国内に広まり、子どもの誘拐率があっという間に下がった。そのことは喜ばしいことだが、誰の策略か、“聖女によりもたらされた”というキャッチコピーがついたのが非常に問題である。
とある噂を耳にして――足音荒く王城の廊下を歩く(もちろんアルも一緒に)。
目指すはジークの執務室だ。
「ちょっとジーク!! 」
「あ、イカ聖女様じゃん。チィース。」
「やっぱイカすな〜、さすが聖女様。」
「……やめろぉぉぉぉぉっ!! 」
ミコトは薔薇聖女から、イカ聖女へと華麗なる変身を遂げた。
(内容はいいんだけどね? 子どもの誘拐率低下って非常にポイント高いよ!? でもそんな生臭い二つ名は嫌じゃぁぁぁぁっ!! )
「私たちは、薔薇聖女様派ですよ。素晴らしいミコト様にそんな魚介はふさわしくありません!! 必ずも私たちが“薔薇聖女”の名をこの世に広めます!! 」
この噂を教えてくれた、マチルダちゃん他メイドちゃんズの熱い思いが胸に刺さるが、そっちを広められても困るので悩む。
とりあえず、元凶であるこいつを締め上げることが先決だ。
「笑ってんじゃねぇよ! またどうせジークのたくらみでしょう? 」
「イカにも? フハッ……!! 」
笑い転げるジークを追い掛け回す。その光景を見てニッキーがゲラゲラ笑う。腹立たしいことこの上ない。
「落ち着けよミコト、さすがの若だってこんな二つ名がつくとは思っていなかったんだって! 普通にあの標語を広めたくって……っとやっべぇ!! 」
笑いながらミコトを取り押さえていたニッキーが、シュッと音もたてずに消えていった。やっぱり忍者か! あいつは!!
「殿下、失礼致します。おや……これは聖女様、久方ぶりでございます。」
(消えるなら私も連れて行ってよ、ニッキー!! )
扉を開けたのは、財務大臣ロイ・ベッケンロード――いつぞやかの狐おやじだ。
「お久しぶりです――」
あの時以来とはいえ、この人は他の議員のおじさんたちよりなんか苦手だ。じっくり見られて、値踏みされている感じがする。
(大方、聖女としての利用価値でも見定められているのかな――)
舐められたくないので、その陰険そうな目をジッと見つめ返すと面白そうにその細い目が更に細められた。
「この度は、子どもの誘拐事件を解決し、予防策まで提示されたそうで……至宝探しと同時に、素晴らしいご活躍です。」
「ありがとうございます――」
(あれ? 褒められた。さっきの感じは気のせいか? )
「顔つきも、春の頃より随分と立派になられて――子どもの成長とは目を見張るものがありますな。」
「はぁ。」
(そんなわけないじゃん、成長というか老化だわこの先は!! 何言っているかよくわからないけれど、意外と友好的なのかも? 最初の頃も屋敷に招待してくれようとしていたし――)
「ところで聖女様、覚えておられますか? 以前約束した――「失礼致します、閣下。聖女様は次のご予定が控えておりますので、その件に関しましてはまた後日、書面にてお願い致します。さぁ、聖女様。あまり長居をされますと、殿下の職務のお邪魔になってしまいますので――」」
「あ、はい。ではまた。」
アルに促されるまま、ジークの執務室を出た。
(え、いいのかな? こんな感じで切り上げちゃって、失礼とか……ってアル!? )
ミコトの手を握って、アルは足早に歩き出す。アルにとっての早歩きなので、ミコトからしたらジョギングだ。表情を見ることはできないが――その背中からは不機嫌オーラが漂っている。
勢いよく歩いた先――辿り着いた中庭で、アルはやっと立ち止まりこちらを振り返った。
「ミコト、お前また丸め込まれそうになっただろ……」
「はい!? 」
別に、丸め込まれそうとかそんなこと全くないよ? 少しだけ、ちょっとだけ、いい人かもって思っただけだ。
「あまりあいつと関わるなよ……相性が悪すぎる。」
「そんなこと言われたって――話しかけられたら対応するよ。」
本当の12歳の少年なら、その言葉に素直に従ったかもしれませんが、あいにくこちとらいい大人なので……上手に対応致しますよ。
「適当なこと言って逃げろと言ってるんだ!! 」
アルがラスボス倒す前の勇者みたいな目つきで話す。そんな勇者アルはカッコいいんだけど、言ってることはカッコ悪い。
「俺にそんなこと出来ると思ってんのか!? 」
(いや、別に逃げようと思えば逃げれるけどさ――相手の腹の中がわからないのに逃げるのはなんか違うじゃん? )
議員の中でも、ミコトとの関わりを持とうとしてくるあのおじさんは気がかりなのだ。何が目的なのだろう……
逃げるのはそれがわかってからでもいいんじゃないかな? って個人的に思うのです。
「あぁぁぁ、くっそ!! 」
アルは片手で頭を抱えてしゃがみ込み、そのまま赤毛を力任せにガシガシ掻く。
「あああアル!? 」
その右手を止めたアルはそのままの状態で、ミコトを見上げてきた。
「俺から離れんじゃねぇぞ、ミコト――。」
「――っ――はい。」
不機嫌そうに寄せられた眉、パッと見た目は怒っているように見える表情、でもこちらを見る瞳は必死そうで――それよりも何よりも、大人の男の上目遣い!!!!
(アルから離れたいのに、そんな風にお願いされたら出来ないじゃないかっ!! )
そのやりとりの最中、ずっと手が繋がれていたことを、思い出したイカ聖女が身悶えるのはまた後日のお話――
(ぐっはぁ! 時間差攻撃――!! )
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