第81話 幕間:海の都、最後の夜

「3つ目の至宝に――乾杯~!!! 」


 命からがら逃げ帰ってきたその日の夜、コテージにて騎士団の皆様と共に3つ目の至宝と、誘拐事件解決を祝して、打ち上げを行った。


 テーブルの上に並ぶ豪華な料理、騎士団の人たちがニッキーメモを元に用意してくれたみたいだ。あの焼きエビのオパールソース炒めもテイクアウトで用意されていて、テンションが上がる。


 そして打ち上げといったら――酒が付き物だ。


 このような宴の場において、ある程度お酒が回ってくると細かいことは気にならなくなる、というのはミコト自身の経験から立証済みだ。よって、今回こそは味わえるかも知れない……異世界酒!!


 周りが酔ってきたところで、しれーっと自分のグラスにお酒を注いで飲む。うん、完璧だ!


 本心を隠して、笑顔でジャンジャン、お酒を振舞っていく。


(さぁ飲め! そして酔え!! )


「ミコト様~、こっちにもください~!」


「はいはい~! 」


 ビール瓶、違った、麦泡酒の瓶を片手に呼ばれるままについで回る。さすがは騎士団、とてもいい飲みっぷりで、見ていて大変気持ちいい。学生時代にやっていた居酒屋のバイトを思い出して、楽しくなってきたミコトは、いろんなグループにお邪魔してはお酒を注ぎ、騎士団の兄ちゃんたちとの会話を楽しむ。


「ミコト、あんまりあいつらにお酒を注ぐな。」


 アルが渋そうな顔で、瓶をもってうろちょろしているミコトに近づき声を掛けてきた。この楽しい時間にそんな顔は似合わないぞ!


「えぇ~、でもみんな楽しそうだよ? アルはいらないの……? 」


 ジロッとアルが横目でミコトを睨んでから、手に持ったグラスを差し出してきた。


(はい、ごちそうさまです♪ )


 異世界酒味見作戦を決行するにあたり、一番の障壁となりそうなこの男は早めに葬り去らなければならない――とびっきりのいい笑顔で注いだ。


 よく冷えた琥珀色の液体と、白く滑らかな泡。7:3の黄金比率を上手に作れたときの達成感は思わずガッツポーズをしたくなる。芸術的なそのグラスの中身を、アルが飲み干す。美味しそうに、喉仏が上下する様子を、思わずジッと見つめてしまう。


(喉仏とか、首筋って――なんかエロいよね! )


 他の人のは今までそんな見たことはなかったはずなのに、アルの動作は些細なことでも一つ一つが思わず目を引く。女性よりは太いけど、太すぎもせず、ちょうどいい首筋。喉仏も自分にはない部分だからか、男らしさを感じてしまってドキドキする。一滴もアルコールは入れてないはずなのに、頭がクラクラして脈が早くなる。慌ててアルから目を逸らして、深呼吸した。


(女の子は雰囲気で酔えちゃうんだよ……)



 いつだったかさおりちゃん(友達)が言っていた言葉を思い出す。あの時は、“何言ってんだよ!”って笑い飛ばしたけれど、今ならわかる。お酒の場に漂う独特の熱気、アルコールという最大の免罪符を掲げて自然と近くなる距離――


「……ミコト。」


 アルと視線が重なる。上から見下ろす二つの金色は、酔いのせいか、いつもよりも切れ長で狙いを定められているみたいだ。


 お互いに無言のまま、時間が過ぎていく。


 先にそらしたのはどっちだろう。


 気づけば壁際に二人並んで、周りの様子を眺めていた。騎士団員と肩を組みながら、楽しそうに飲み交わしているニッキー。女騎士たちにプニプニされているハルちゃん。騎士団員の話を目をキラキラさせながら聞いているユキちゃん。一人何故か早々につぶれているジーク。


 視界からの情報は頭に入ってきても、処理できそうにない。


 隣の存在――いつもより少しだけ近い距離、手を動かせばすぐに触れてしまいそうだ。そしてその手の体温は自分よりあたたかくて心地いいことを知っているから、想像しちゃって身悶える――アルだけでもう脳みそはいっぱいいっぱいなのだ。


 一体隣の男は何を考えてこんな近くにいるんだろう。アルの顔を見れば、何かわかるかも知れないけど、見る勇気がない。


(あれ? この距離に来ちゃったのってアルからだっけ? 私からだっけ? )


 もう何が何だかわからない。


 どちらからも動くことはない、傍から見れば隣にいるだけの、なんてことのない時間が過ぎていく。




 その状況を崩していくのはもちろんこの男。


「聖女ちゃ~ん! ごめんよぉ、おじさんが不甲斐ないばっかりにぃ!! 」


「うわっ! 」


 エロおやじが抱き着いて……こない。隣のセ〇ムが阻止する。


「聖女ちゃんが元気になってくれて良かったよ~。ごめんなぁ、おじさんたちが欲を出したばかりに……! 」


「いや……そんな……」


 嫌な体験ではあったけど、あの作戦がなかったらきっとあの女の子たちは夜の船に乗せられて――手遅れになっていた。輝かしい未来のある、かわいい子たちを救えたのだから、もうそこまで気にしていない。


(隠されていたのは腹立たしいけどね! )


 まぁ自分も隠しているし、お互い様だ。今後頼られるように、胸毛人魚からの教えを習得するのみである。


「それにしても、こいつ凄かったんだぜぇ。聖女ちゃんの匂いを追って、獣化して屋根の上を大爆走!! 」


「おいっ!! 」


「発信機で追いかけていた俺らと、試合後のこいつがほぼ同時に到着ってどういうことだよ~。目の前にライオンが現れたと思ったら腰蓑仮面戦士に大変身だぜ。あの時は何も思わなかったけど今思えば……ブフッ!! 」


「クッソ……黙れ酔っ払い!! 」



「匂い……発信機? 」


 心当たりがあるようでないようで、冷や汗がタラりと流れ落ちる。


「そう! 殿下が念には念を入れて、俺らの見張りの他に、魔法坊主に居場所がわかる魔導具を、アルに聖女ちゃんのにおいを覚えてどこにいってもわかるようになっとけぇ!! って命令してね。聖女ちゃんの着けていたあのネックレスだよ。あの魔法坊主、伊達に最年少宮廷魔導士名乗ってないな。」


 あれか~。ユキちゃんにしてはなんか気が利くじゃんって思ってたんだよな。それよりもまさかとは思うが……


「それにしてもアルゥ~、お前やっぱ出来る子だな。普通、番いとか家族とか近しいものだけなはずなのに、護衛対象者のにおいまで完璧に把握するとか……」


「うるさい、黙れ……」


(におい……命令……)


 “これは――命令だ。おとなしく嗅がれてろ”


 いつぞやか耳元でささやかれた低音ボイスがリプレイされる。


(あぁぁぁぁぁ!! あれかぁぁぁぁっ!! )


 あれもジークの作戦かよ!? 命令ってそっちかよ!! それにしても、それにしたって……


「だからってあんな嗅ぎ方することないじゃないかぁぁぁぁっ!! 」


「……っっっぐ!! 」


 青い光の中、背中から手を回してきて抱きしめられた。その記憶が恥ずかしくて堪らなくて、アルに嗅がれたうなじを手で押さえながら抗議する。


「おおおおおい!? アル!? あんな嗅ぎ方ってどんな嗅ぎ方だよ!! なんで聖女ちゃんがあんなに顔を真っ赤にしている!! 」


「……知るか。」


「あ、待て! 逃げるなてめぇ!! 者ども、であえであえ~!! 堅物副団長を捕まえろ!! 」


「「なんすかなんすか~!!」」


 わらわら沸いて出てくる、騎士団員にもみくちゃにされるアル。「頭取ったどぉ! 」ってアルを羽交い絞めにしているのはニッキーだ。うん、みんな酔ってるなぁ~。


(なんかもう、お酒とかどうでもいいや――)


 ちょっと、今晩はおなかいっぱい、胸いっぱいでごちそうさまです。ちらほらつぶれている人もいるし、ぼちぼち空いた皿やグラスを片づけて、寝ることにしよう。


(っと、その前にーー)


 ――――パンッ!!


「んあぁっ!? 」


 ぐでんぐでん王子の頭を、全力でハタいておいた。

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