第79話 何事も経験が大事です

「聖女の儀式とは、各都市の神殿内で約1ヶ月、至宝に語り掛けることよ。」


 語り掛ける――というか鼓舞するんですよね。暑苦しく全力で。聖女ってもっと優雅なお仕事だと思っていたよ……ミコトは遠い目をしながらアクアローラの話の続きを聞く。


「神殿内は、その都市の中で一番、自然の力で満ち溢れている場所。その環境でひと月過ごすことで、自然の力を感じやすくなり、より純度の高い聖力を練ることが出来るようになるわ。」


「1ヶ月……」


 ジークが渋い顔をする。至宝を探し出して、今から1ヶ月応援合宿をしていたら……滅亡までに間に合うかわからない。


「大丈夫よ、そんな暗い顔しないのジクボーイ。前の聖女が自動浄化装置を開発したじゃない。それがあるから、ミコボーイが儀式をする必要はなくなったんだから平気よ~♪ 」


(よかった~! )


 聖女が使う聖力、そのために必要な自然エネルギー……先ほどからその気配を追ってみるがさっぱりわからなくて内心焦り始めていたので、残念薔薇聖女はホッとする。


(本当に、前聖女様様です――! )


「こら! そんなあからさまに嬉しそうな顔をしないの! ミコボーイは本当にそれでいいと思っているの? 」


 胸毛人魚のアクアブルーの瞳が、ミコトを見つめる。押し寄せる波と同じ色の瞳は、ミコトの心の片隅にあった小さな思いを高め、引いていく波のようにその感情をあらわにする。


「俺、もっと聖女としての役割をちゃんと果たせるようになりたい――」


 女の子たちの悲痛な叫び声はまだ耳に残っている。男たちの残酷な悪意も――忘れたいのに忘れられない。いや、忘れちゃいけないんだと思う。


 聖女として、世界のピンチを救うまで、この責任は私がちゃんと抱えていかないといけない。


「自然の力の感じ方と、聖力の錬成の仕方を教えてください。」


 拳を握りしめながら、アクアローラに頭を下げる。


 ――ぎゅう


 気づくとミコトはあたたかいぬくもりに包まれていた。少々、いや、以前経験したものより大分硬いが、いいにおいがすることだけは変わらない。

 女神はミコトを抱きしめながら語り掛ける。


「必死になってかわいいわ、ミコボーイ。あなたが知りたいことを教えてあげる♪ そのままゆっくり長く息を吐いて大きく吸って――そうそう上手よ。吸った息の倍、長ーくゆっくり息を吐いて、大気中に流れる光を取り込んで、身体の中にある悪いものをすべて出し切るように……」


 何だろう。どうみたって男にしか見えない人魚の腕の中は凄く落ち着く。優しい、あたたかい。

 海のような雄大さで包み込まれると、自分の悩みが小さなもののように思えてきて……穏やかな波に全て身を任せ、そのまま揺られたくなってくる。ずっとここにいたい。


「お姉ちゃ……「いちいちその体勢で行う必要はあるのか? 」」


 その不機嫌そうな声にハッとして、慌てて身を起こすと、普段より冷徹な瞳でミコトとアクアローラを睨みつけるアルがいて――思わずひょええええ! となる。


(人を人とは思ってない目だよ!? あれは――っ!! )


「あら、ごめんなさいね~。ミコボーイがあまりにもかわいくってついつい……気持ちはわかるでしょう、シシボーイ? 」


「知るかっ――男同士でほいほい抱き着きやがって。」


 虫けらを見るような目で女神を見てもいいのですか? 仮にも貴方の国の神様でしょうーーっ!?


「そんなに怒らないの。ミコボーイが怖がっているわ。」


「あぁん? 」


「いえ! そんなことは!! まったく怖いなんぞ、そんな気持ちは皆無であります!! 」


 否定する以外の選択肢はない。あれは――護衛騎士要素ゼロのガンを飛ばす、ヤクザのあんさんがいた。



 ♢♢♢



「自然エネルギーを感じるのに一番手っ取り早いのは、やっぱりここよね♪ 」


 アクアローラに案内され、一同は例の小島に訪れていた。ハルちゃん号にぎゅうぎゅうになって乗り込み、胸毛人魚の太い二の腕に抱えられての移動……ありがたいけど、もう二度としたくない。


(あっ……)


 上陸した瞬間にミコトの背中を駆け上る感覚。花の都で感じた厳かさとも、風の都のときのスリルとも違う、別の種類の鳥肌が立つ。海底都市劇場テアトリージョ、ダンジョン内の古代神殿と同じ石造りで出来ている海の都の神殿は、見上げるほどの大きく立派な石柱がそびえ立ち、何本も並んで四角い建物を形作っている。その雄大さは、かつて海の民たちが繁栄していた時代の栄華を思い起こさせるが、長年誰も訪れなかったせいで屋根に当たる部分は崩れ落ち、石柱もところどころ、潮風の影響からか、風化している。


 そっと、石柱に手を触れて、先ほど胸毛に埋もれながら行った呼吸法を実践する。前の世界でデキ婚した友人のお供で付き添った、マタニティ・ヨガ教室の経験が役に立ちそうだ。


(ありがとう、さおりちゃん……!! )


 もう会えない友人に感謝の気持ちを込めながら、ゆっくりと呼吸を続けると、お腹の中が段々とあたたかくなってくる気がした。


 海の都、ラグーノニアで過ごしたからわかる。この都の人たちは、お祭り好きで、賑やかで、騒がしくて……それでいて、あたたかい。きっと彼らの先祖にあたる、海の民たちもそうであったはずだ。時を経て忘れ去られた神殿、かつては多くの人でにぎわっていたであろうその場所は、年に1回の戦士と巫女の訪問を待ちわびていたはずなのに……何の因果からかそれも邪魔されて50年が経ってしまった。


 目を閉じて、在りし日の神殿の姿に思いを馳せる。どんな気持ちが込められてここは造られたのだろう。どんな風に、どんな人がいたのだろう。かつての聖女たちは、ここでどんな日々を過ごしたのだろう。


 王国建国前から、そして聖女が訪れなくなってからはおよそ300年……忘れ去られた建物が風化するには十分な月日だ。手を添えた石柱から、流れてくるあたたかいもの。母なる海のように、自分勝手な人間の行いさえ、全て水に流して優しく受け入れようとする、神殿の、海の意思――


「わかったでしょう? 自然の力の感覚♪ 」


 胸毛人魚がバチッ!と迫力ある音を立てながらウインクを飛ばす。いや、音が聞こえるわけないんだけどね……聞こえた気がしたんだよ……ぱっちりお目目とバシバシまつげから繰り出されたウインク音が……


「これが自然の力――」


 至宝を見つけたときと似ている心のざわめき、でも今回は今までとはちょっと異なり、静かで穏やかだ。自然の力に寄り添ったからか、それか海の神殿の大らかな優しさが移ったのか……


「聖力を使えるようになるのは時間がかかるだろうけど、この感覚を磨くことは、至宝探しにとって必要なはずよ♪ 」


 強烈だけど誰よりも広い心を持つ、アクアローラと、この場所はとてもぴったりに思えた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る