第75話 助けてくれたのはあの方でした

 ドォーン ドォーン ドォーン


 いつもは人でにぎわい、昼も夜も常に騒がしいこの街が、年に一度この時だけは静寂に包まれる。家、商店、公共施設、ありとあらゆる建物の全ての光が消された闇の中、身体の芯を震わせるような、大太鼓の低音が響き渡る。


 誰もが声を出すことを控え、呼吸さえも気を遣う。緊張感の漂う雰囲気の中で人々が注目しているのは小さな灯。一瞬揺らめいたそれは大きな松明に燃え移り、とある一団を暗闇の中に浮かび上がらせた。

 炎に照らされて、深い赤に輝く立派な体躯をした男が松明を持つ後ろに、棍棒を抱え悠々と歩く戦士、貢ぎ物の果物を持ち、静々と歩く2人の巫女、酒の入った樽を抱える男を殿に、一行は海までの一本道をゆっくりと歩み始める。


 戦士たちは仮面を、巫女たちはベールを身につけているためその表情を窺い知ることは出来ない。

 それでも多くの人からの視線をものともせず、ピンと背筋を張って堂々と歩く姿からは、高貴さと凛とした美しさを見ているものに印象付ける。


 ――ほう


 誰が漏らした溜息だろうか。それも一人や二人ではない。無意識に感嘆の意を込めた吐息が出てしまうほど、戦士と巫女の威風堂々たる歩みに自然と目が引き寄せられてしまう。

 

 人々が見守る中、港に停泊した一艘の小船。持っていた松明を舳先に取り付け、帆を夜風で膨らませながら、音もなく、暗闇が広がる水平線へと一行は消えていく。


 船の明かりが遠くで煌めいたころにようやく、ポツリ、ポツリと街の明かりが灯り始め、人々の活気が戻り――海絆祭ラウトアンカーの豊穣祭がスタートする。


「今年の巫女と戦士は一体誰だ!? 」


「例年以上に、厳かで迫力があって鳥肌が立っちまったぞ!! 」


 熱気の冷めやらぬ興奮の中、沿道にいた誰しもがその話題を口にする。様々な推測が飛び交う中、多くの者が辿り着く共通した結論は――


「彼らがお運びするのなら、女神アクアローラ様も大喜びするだろう。」

 

 ♢♢♢

 

「もう無理~ダメかと思った~! 足元見えないし、果物崩れてきそうだし、何回転ぶって思ったことか……」

 

「ミコト、それは洒落にならない。でも、あんなにじっくり見られていると無性に笑えてきちゃう……なんでだろ……アハッ! 」

 

「俺も、腕が……腕が……死ぬ! どんだけ酒入ってんだよ~。あぁ~もう無理! 」 

 

 ミコト、ユキちゃん、ニッキーのそれぞれがプルプルしながら(ただし、ユキちゃんのプルプルは違うプルプルだが)、船の手すりにしがみついたり甲板へ寝そべったり……思い思いに緊張感から解放され脱力している。

 和解して賑やかに朝ご飯を終えた後に、まさか怒涛の行進練習が待っているとは思わなかった。王族直々の、優雅に見える歩き方指導は普段使わない筋肉をこれでもかと駆使され、この時点ですでにミコトのHPはゼロに近い。


「みんなお疲れ様! まだポイントまでは時間があるしゆっくり休んでね。」


(てめぇいつかぶっ殺す……!! )


 爽やかな笑みで微笑むジークに3人が殺意を覚えた瞬間だった。確かに闘技大会で注目を集めたジークが戦士役を務めるのは理にかなっているが……なんか腑に落ちない。無駄に要領のいい腹黒王子はいつか痛い目を見ればいい、本気でそう思った。

 元々火魔法使いで燃え盛る松明をものともせずに扱っていたアルも、瀕死状態の3人とは違って気持ちよさそうに夜風を浴びて……いや、余裕はなさそうだ。関節が白くなるほど手すりを握りしめて波を睨みつけている。


(そうだよね、怖いよね……)


 一生懸命毛を逆立てて、海への警戒を怠らない赤ネコに癒されて少し元気が出た。

 

「それで?どんなところなの海底都市って? 」


 遅めの反抗期をしていたせいで、海底都市の情報を聞かないままここまできてしまった。船の舵を操作しているジークに尋ねる。

 

「そうだね~……昔、まだユースタリア王国が出来るはるか前、創世主エルカラーレの娘、女神アクアローラと海の民たちが暮らしていた場所さ。もっとも女神がいたというのは伝説に近いけどね。」


(女神の娘……!? )


 一瞬嫌な予感が頭をよぎるが……きっと気のせいだ。うん、何も聞かなかった。


「50年前の海絆祭アウトランカーから、貢ぎ物を捧げる小島が見えてきたころにいきなり渦が出現して……もう駄目だと思ったとき、なぜか海底都市に辿り着くらしい。もっと詳しい話を聞きたくても貝のように口を閉ざされてね。」


 いい笑顔でジークが微笑む。なんだ? うまいこと言ったとでも思ったのか? 海と貝だけに!?


「渦に飲み込まれたのにどうやって助かったのか、海底都市で何があったのか。誰に聞いても顔を青くするばかり、みんな口をそろえて“何も覚えていない”って。ただ、恐ろしい化け物がいたという報告もあって……」


(えっと……海底都市予想以上にヤバめ!? )


 思わず冷汗がにじんだ。そのときだ。


 ――ガタガタッ


 波とは異なった揺れが船体を襲う。思わず、アルにしがみついた。ヌッと船底から現れた黒い影。


「ひぃぃぃぃぃっ! 」


 出た! 噂の化け物!! 震え上がったミコトをアルが抱きしめ、化け物の前に躍り出たユキちゃんが化け物を抱きしめる。


(んっ!? )


「ルパート・ハインツ! 寒かったろう! ごめんな長い間!! 」


「えっ!? ハルちゃん? 」


「ハルちゃんじゃない。ルパート・ハインツ!! 」


「何があるかわからない海底都市に腰蓑一丁じゃ不安だろ? ハルちゃんに防具と着替えを持って船底に待機していてもらったんだよ。」


 なるほど。腹黒ドS王子はいいことを考える。相変わらず仲間の、例え魔物相手でも扱い方に容赦はないが。


(ハルちゃん……なんて健気でいい子なんだい!! )


 思わず撫でるとハルちゃんが気持ちよさそうに擦り寄ってきた。かわいい。いそいそとハルちゃんが持ってきてくれた防具や武器をジークたちが身につける。ユキちゃんとミコトはそのままだ。まぁ、この船の上で着替えられないから別にいいけどさ……どんな格好でも魔法は使えるから別に女装でもいいもんね。


「準備は出来たかな……? じゃあ、ハルちゃんよろしく!! 」


「よろしく……? 」


 ポカンとしているミコトの目の前で、ハルちゃんが大きく膨らんだ。


「ふぁっ!? 」


「はい、ミコト。アホ面してないで入った入った。」


 ジークに押されて、ぎゅうぎゅうとハルちゃんの中に詰め込まれる。大きくなったとはいえ――ハルちゃんの中に5人はかなりキツイ。


「ジーク!? これはどういうこと!! 」


「渦に巻き込まれておしまいでした、じゃ洒落にならないでしょう。こうしていれば溺れることはない……ニッキーこの腕邪魔!! 」


「仕方ねぇだろ! 狭いんだから! あ、こらユキちゃん暴れるなよ!! 」


「まとわりつくな! 暑苦しい!! 」


「スペースないんだから小さいのは大人しくしてろよ! 」


「はぁ!? 小さくないですけど? これから伸びるんですけど!? 」


 愉快な3人組のわちゃわちゃから守るかのように、ちゃっかりミコトを抱きかかえたアル。暴れて不貞腐れたユキちゃんを腕の中に押し込めたニッキー。アルとニッキーに挟まれて死んだ目をしながらもどこか楽しそうなジーク。


 面白い絵面になった乗客を乗せながら、小舟は風に乗って進む。雲が切れて合間から月が顔を覗かせる。月光に映し出されて、ぼんやりと進行方向に影があるのが見えた。


「さぁ……そろそろ来るぞ……」


 ジークのつぶやきと共に、風がうねりだす。穏やかに進んでいた船が大きく左右に傾いたかと思うと、波が荒々しい音を立て始め黒い濁流の中に、いとも簡単に小舟は飲まれていった。


(ちょ、アル!? 腕の力強すぎ……ギブ、ギブ!! 大丈夫、怖くないから!! )


 締め付けるアルの腕の中、ハルちゃんに守られているとはいえ渦の中で上下左右関係なくグルグルにされ、三半規管がおかしくなりそうだ。


(ヤバい! 吐く!! )


 気持ち悪さがピークに達したとき、暗い海の中にキラリと青く光るものが目に入った。それと同時に何か力強いものにハルちゃんが引っ張られて、渦の中から脱出する。


(んっ――!? )


「あらあら、今年の子たちはみんなで仲良く一緒になって……やだもうかわいい!! 」


 ハルちゃんごと5人を抱きしめる、筋骨隆々な二の腕。バキバキに割れた腹筋。盛り上がる雄っぱいを隠す意味があるかどうか全くわからないパールピンクの2つの貝殻とその合間からはみ出る胸毛。腰から下はコバルトブルーからエメラルドグリーンへと、海の色のような美しいグラデーションをしている魚の尾。波のようにウェーブしているアクアブルーの髪の毛、同じ色の瞳ともっさり生えた髭。


 人魚だ。何かが違うけど、人魚に助けられた。


 ポカンと見上げて言葉を無くした、アル、ジーク、ニッキー、ユキちゃん。脳みその処理がまだ追いついていないらしい。


 残念ながらミコトにはこの手のことに免疫がついている。


「女神の娘……アクアローラ!! 」


「はぁ~い! 初めましてかわいい聖女ちゃん、待ってたわよん♪ 」


 オカマの娘はオカマだった……ママより強烈な!! 

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