第74話 獣人騎士の秘めし姿を見てしまいました
「お前は、お前というやつは……なんでこう、突拍子もないんだ!! 」
「だって、俺明日までにどうにかしないとだもん! 一番いいと思わない? 」
「少しも思わない!! 」
「ねぇ、待ってよアル! 」
「……ついてくるな!! 」
アールー!! と言いながら、部屋の中で逃げるアルを追いかける。と言っても、二人用の部屋はそんなに広くないため、部屋の中に置かれたテーブルの周りを二人でグルグル回っている感じだ。
(なんかこれ、子どもみたい……)
先ほどまでとは打って変わった二人の距離感に、思わずクスッと笑ってしまった。それを見てアルが足を止める。ミコトを見下ろすその顔は、まだまだ不機嫌継続中だ。
(今ここでアルを逃がしてはいけない……!! )
絶対に逃がすか!! とミコトの普段は激ニブな第六勘がささやいている。その感覚に従ってみることにした。
「ねぇ、アル――」
立ち止まってくれたおかげで、傍に行くことが出来た。アルの手を、長年の鍛錬で出来たタコが節々にある、温かくて大きな手をそっと握る。
「最後に触られたのが、あいつの手って俺凄く嫌なんだけど――アルの手で上書きしてくれない? 」
「……っぐぅ…………」
アルが低く唸ったかと思うと、ミコトの手を握り返してきた。優しいのに、絶対に逃げられないような力強さで、思わず鼓動が跳ねる。びっくりして思わず顔を上げると、アルが――覚悟を決めたような面持ちで冷静な雰囲気を漂わせているのに、その瞳だけはやけにギラつかせていた。
(切腹前の武士かっ――お主っ!! )
♢♢♢
「……で? なんでここでやるんだ! 」
「え? その方がしやすいかな? と思って……」
不機嫌最高潮MAXなアルと、ミコトは互いに向き合って正座している。
――――ベッドの上で。
「あいつは俺を床に押し倒した状態でしてきたからそれを再現しないと……でも床は嫌だし……。」
眉間のシワが過去一で刻まれたアルを、そっと覗き見る。
「上書き……してくれるんでしょ? 」
「……っぐぅ…………」
さっきからアルはどっから声を出しているのだろうか? 不思議に思っているうちに、トンッと肩を押された。
柔らかな寝台に倒れ込み、その上にアルが覆いかぶさる。
「……本当にやるのか? 」
「……いつでも来いやっ…………!」
ここまでしておいて、まだ戸惑いのある様子のアルに、思わず威勢のいい返事をしてしまったけど――――
心臓が飛び出ちゃいそうだ。
見下ろしてきたアルの瞳が、困ったように寄せられた眉が、息遣いまでわかってしまいそうな距離の近さがミコトをおかしくさせる。まだ絞められていないのに、もうすでに呼吸をするのが苦しい。
(脈が……速い…………)
自分の心臓の音が聞こえそうなほど、今の私は高ぶっている。そんな真剣な顔で見下ろされると、今すぐ顔を背けるか手で隠したくなるのに――――
アルの獣の瞳は指1本動かすことさえ許してはくれない。
「辛くなったら教えろ……は無理か。じゃあ、左手を上げろ。」
アルがそっと手を伸ばして、ミコトの首筋にゆっくり当てる。同じ行為をしているはずなのに、アルの手から掛けられる圧力は、優しくて心地いい。
(これじゃあまるで……手当てだよ…………)
アルの手から温度が伝わって、ミコトの中へ広がっていき首だけでなく、傷ついた心を、冷え切った身体を癒していく。“首を絞めて”ってお願いしたのに、アルは決してその手に力を籠めない。いや、適度な圧迫感はあるんだけど、呼吸が出来るくらいのそれは苦しいよりも――――気持ちいい。
目を閉じてその束縛を味わう。同じなのに、あいつとアルでは全く違う。あいつからは恐怖と苦しみしか感じられなかった。でもアルの手からは、遠慮がちなその力加減は、思いやりを感じさせとても大切にされている気がしてしまう。首を絞められているのにおかしな話だ。
(もっと強く……)
これじゃあ違いすぎて、トラウマ克服にならない……そう伝えたくて目を開けた。
戸惑うような優しさで触れてくる手とは正反対に、獰猛な視線でミコトを射抜くアル。
目が合った瞬間、心地よかった体温が一気にカッと燃え上がった。
「……っはっ…………」
思わず吐息が漏れる。息は出来るのに、呼吸が苦しい。酸欠になっていないのに、頭が沸き立っているかのようにクラクラする。命の危機を感じていないのに、鼓動はどんどん加速していく。
身体に広がった熱がもどかしくて足を擦り合わせ身をよじるが、アルはその手を緩めない。
自分の身体の反応の訳が分からなくて、いっぱいいっぱいになった感情が、目頭を熱くさせる。別に泣きたいわけじゃないのに、高ぶってくると自然に溢れてきてしまうのは昔からだ。
(ここで泣いたら、アルがびっくりしちゃう……)
そしたらきっとアルは手を緩めてこの時間が終わる。まだ続けてほしいから――潤んではいるけど溢れる寸前でグッと堪える。
ビクッとアルの指先が振るえ、手の力が増す。
急所を握られて好きにされているスリルが背中を駆け抜け、より一層ミコトを高めていく。
顔を火照らせ身をよじる少年聖女を観察し続ける、獣人騎士。残念ながら、パンク寸前の聖女は自分のことに精一杯で、チラつく劣情を必死で抑え込む騎士の様子に気づくことはない。
誘拐されていた部屋と雰囲気を似せるために、照度を落とした薄暗い部屋の中で、互いの興奮した息遣いだけが響く。ミコトはアルに、アルはミコトに狂わされていくが――それを止める者はいない。部屋の温度だけ、二人の熱だけが無限に上昇していく。
――――グルゥッ
怪しげな雰囲気をかき消すかのように、聞きなれない音が響き渡った。その瞬間にアルの手の力が緩む。
(終わっちゃった……)
音の正体と、急にやめられた違和感で、アルに視線を向ける。
「えっ――!? 」
さっきまで危険なオーラを漂わせていた男の頭の上には――ヒョコヒョコとかわいらしく動くライオン耳。
「アルっ!? 」
思わず、大きな声を出してしまった。呆然とした顔で固まっていたアルが、その声で我に返ったように動き出す。
「いや、ちょっと待て! これはその、違うんだ。誤解だ!! 」
顔を赤らめ、必死に頭の上の耳を隠す。
(なななな、なんですかそのかわいさは――っ!? )
いつも冷静な騎士の、動揺して慌てた様子と、隙間からヒョコヒョコ動いているライオン耳。
(うきゃあああああ!!!! )
絶叫しても仕方がない。むしろ、よく心の中だけで抑えた。
「アル……よく見せて? 」
恐る恐る手を伸ばしてアルの頭に触れる。アルの髪の毛と同じ色だけど、髪よりも柔らかい毛質で覆われたフサフサのライオン耳。ミコトが耳の付け根に触れるたびに嬉しそうにピクピク震える。
(うわぁぁぁぁぁ!! かわいいぃぃぃぃぃっ!! )
いろんなことが吹っ飛んだ。今は全力で目の前の騎士の、ライオン耳を愛でる。アルもされるがままで、借りてきたネコ……みたいなライオンになっている。
「アル、これはどうしたの!? 」
かわいすぎて崩壊寸前のテンションを必死で隠しながら尋ねる。
「……知るか。わからん。」
気まずそうにそっぽを向いたまま、答えるアル。拗ねた感じがかわいい。
「わからんって……何か理由があるんでしょう? 」
かわいすぎるのでこのまま追求する。
「…………ない。」
はいダウトッ!! この男絶対何かを隠していやがる。
「嘘つき……! ねぇなんで? いきなりケモ耳? 」
「さぁな。知らん! …………もういいだろう。」
ベリッとアルに手を剥がされた。もっと触っていたかったのに――
(待てよ……ケモ耳ということはもしかして……)
「ねぇアル、しっぽは? 」
「うおっ! いきなり触るなっ!! 」
アルの腰に手を回してしっぽがあるか探したら、赤い顔で怒られた。でも腰の下の方に、触りなれない太いものがある。
「アル……これ? 」
「……っぅ…………」
顔を赤くしながら目を背けるアルが、口よりも雄弁に答えを示している。
「見たいんだけど……いい? 」
触りながらお願いすると、何かを堪えるように眉を寄せたアルがズボンの隙間からゆっくり取り出してきた。
フサフサご機嫌に左右に揺れているライオンしっぽ――
(うひゃああああああ!! )
相変わらずピクピクしているケモ耳、楽しそうなしっぽ、そして照れくさそうに顔をしかめるアル。
(あぁぁぁぁぁぁぁ!! )
語彙力崩壊、感情爆発するのは仕方ないよね。
「…………かわいいっ! 」
思わず心の声が漏れた。怒ったようにアルがこっちに鋭い視線を向けるけどちっとも怖くない。むしろ尊い。
「もう見るな……勘弁してくれ!! 」
「え、もっと見せてよ!! 」
「うるさい、寝ろ!! いい時間だ!! 」
「寝れないよぉぉぉ。かわいすぎるもん!! 」
あぁ、クッソ――と頭を掻きむしるアル、それでもしっぽはご機嫌だから超かわいい。心のシャッターにその姿を焼き付ける。ハァハァ息を荒くしているミコトに何を思ったのか、そのままアルが手を伸ばしてきた。
「今日のことは忘れて――――寝ろ。」
抱きかかえられるようにベッドになだれ込む。ミコトにもう見られたくないのか、アルがぎゅうっと頭を引き寄せるから、必然的に距離が近くなる。
(アルのケチ……)
減るもんじゃないからもう少しくらい見せてくれたっていいのに、これじゃ何も見えない。抗議しようかと思ったけど、アルの温かさと落ち着く匂いに包まれていたら、いつの間にか眠ってしまっていた。
♢♢♢
(よく寝た……)
夢を見ないで眠ったのは久々だ。寝ぼけた頭でぼんやりとしながら横で眠るアルを見る。まだアルは熟睡中で、ゆっくりと胸が上下している。
(昨日の夜はすごかったな……)
なんというか濃厚だった。チラッと頭を見ると、もうケモ耳はなくなっていて少し残念な気持ちになった。
アルが寝ているのをいいことに擦り寄って抱き着く。
(これくらいいいよね。寝起きだし……)
よくわからない言い訳を心の中でしながら、アルの温かさを堪能する。アルに抱き着くとなんでこんなに満たされる気持ちになるんだろう。好きな人と……ってこんな感じだっけな?
初めての感覚に戸惑いながらもその身を任せて、たくさんの勇気をもらう。
「よっし――!! 」
小さな声で気合を入れて、アルの腕の中から離れ、部屋のドアを開ける。
「ミコト――――っ」
キッチンで朝ご飯を用意していたジークが気まずさを抱えたままの顔でこちらを振り返る。
――――パンッ!
「うぐぅっ――!? 」
王子の腹に盛大な腹パンを決めてやった。
「1つ貸しだからな――腹黒ドS鬼畜王子!! 」
呆気にとられた顔でミコトを見るジークは中々貴重だ。少し愉快で自然と笑みがこぼれる。
「俺の持てるすべての力で――君の望みは叶えるよ。」
ハハッと笑いながら答えるジークの顔は晴れ晴れとしていて、こっちまで楽しくなってくる。二人で笑っていると、ニッキーやユキちゃん、アルも集まってきた。いきなり仲直りした私たちに不思議そうな顔をしながらも、前と同じように、しょうもない話をしながら朝がスタートする。
みんなが盛り上がっている隙にそっと首に手を当ててみる。
――うん。もう怖くない。
首に手を当てられて思い出すのは、
温かな優しさと、かわいく動くしっぽと耳だけだ。
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