蝗が招いた初遭遇
数分後。
「…なばっちゃぁぁぁぁぁぁん!!」
ターミナル駅に着いた歌音と藍良。息も絶え絶えの二人の眼前に開業しているクレープ販売店。
どうやら、目的地にどうにか着いたようだ。
「ひっひっふぅー、ひっひっふぅー、どぉ~にか間に合ったぁ~」
「あいちゃん、息遣いが下品だよ」
無事着いて一安心の二人。
「いらっしゃぁーい、二人とも」
「奈橋」の名札を胸に付けている販売員の焦げ茶色の髪を持つ若い女性が、顔を出す。
エプロンで隠れているが、二人よりもフラットな体格だ。
「藍良、いつも別の店でバイトしてるのに、ウチにも来てくれてさ、アタイも嬉しいよ」
「まあ、その店のも好きだけど、クレープはここのが気に入ってるんだ、毎日でも来ちゃうよ」
ここは商売敵とも言える店だが、藍良には関係ない。
心からお気に入りの店なのだ。
歌音も、
「ほ~れ、ちっち~」
と、店の前にいる看板猫や看板犬達と戯れながら、
「はーい、ちょっとうんち片づけるよー」
これらの客寄せ動物や、様々な生物が店前でした排泄物を、店前に常備してあるホウキとチリトリで処分していた。
チリトリに入った便は、これまた店前に置いてあるゴミ箱に入れられる。
「あ~、あんがとね歌音、チビ達の片付けてくれて。本当助かってるわ。『店前でウンコするな!』、『片付けてくれた人は全品半額』って張り紙してるのに、どいつもこいつも言うこと聞かないからさぁ」
奈橋から感謝される歌音は、やはり店前に設置してある手洗い場で手を洗った後、傍にあるアルコール消毒液を適量出し、手に塗り込む。
「なばちゃんがこういうの苦手だって言ってたからね、お互い様だよ。ぼく達だって綺麗なお店でクレープ食べたいもん」
「だねぇ、いつか保健所に訴えられちゃうかもね、ここ。もしそうなったら、こっちも訴えてやるかも」
二人はその理由も知っていた。
奈橋は若い頃、色々とあったらしく、そのせいで排泄物、特に仕事以外で大便を見ると直ぐに吐いてしまう。
そのせいで、奈橋は排泄物を片付けられないのだ。
「この店が和式のしか無かったら、多分、ここで働くこと無かったかも…」
「あ~、うんち見えちゃうし、付いちゃうもんねぇ」
「なばっちゃんさぁ、ウチの歌音だからやってあげてんだよ。他の人は絶対にやってくれないんだからさ、人のはとにかく、せめて動物のフン位見れるようにしといてね」
「はーい」
「なばちゃん、ぼくやあいちゃんと違って、ウロコさんみたいにおっぱいペタンコなんだから、しっかりしなきゃダメだよ?」
「あ~い、重ね重ね気をつけまぁす」
談笑しあう客二人と店員一人。
…が。
「…大体さぁ、ぼくがあの子にぶつかったせいでもあるんだけどね…」
「…うん、前言撤回」
状況を見て気まずい二人を見て、奈橋が、
「二人とも、折角来てくれたのに、ウンコも片付けてくれたのに、ごめんねぇ…」
そもそも二人は察していた。ここに来るまでに周辺には人は殆どいなかったからだ。いざ着くと、店の周りは閑散としているし、周りは、本当に動物の物のみなのかも分からない便が大量に。
そして、待っていた現実は残酷だった。
「なばっちゃん」
「なっ、何かなぁ…」
「スイーツの方も、スナックの方も、ほぼほぼ完売してんだけど…」
「他のトッピングも、もうあんまり無いよぉ…」
メニュー欄にある商品は殆ど×マークがあり、頼めそうもない。
で、
「や、やっと見つけた…」
「けど、これ…」
どうにか、選べるメニューを見つけた時、絶望の余り二人の顔が、引きつった。
載っているのは、あのクリーム色の生地に包まれた中からはみ出る、大量の虫が刺さる、アイスに、黒蜜がかかった…、
「「イナゴトッピングの、黒蜜バニラアイス…!」」
更に、トッピングの方も、
「虫、ばっかりじゃん…」
名前が並んでいて、残っているのは食用ミルワームやサソリ、タランチュラ、蚕、カエル…。
残っているのは普段クレープにすら入らないような貴重だが、下手物食材ばかりで、普通のフルーツやスナック、野菜は一つも残っていなかった。
「あっ、あいちゃ~ん」
「あぁ、あはっ、あはははは…」
…明らかにゲテモノなクレープを喰らうのか。
そう思う二人の脳裏に、地獄の光景が浮かぶ。「ほんっとにゴメン、ゴメンねぇ~、ティーンエージャーには、きついよね…」と謝る奈橋の声も、今の二人には届かない。そりゃぁ、善意に見返りを求めるのは間違っている。それが子供相手なら尚更だ。なんの悔いも無い…が、いくら何でもこれは無いだろ。十代の女子高生にこんなもん食べろっていうのか…。
「おい、そこの…赤毛にショート」
誰かの呼びかけに我に帰る二人。
その声の元に振り返ると…。
「あっ…」
そこにいたのは、長い黒髪と、紅色の瞳が美 しい、自分たちと同い年くらいの少女だった。
モデルのように手足はスラリと長くスラックスやジーンズが映え、出るとこも出ている。
特に胸は藍良が(歌音程ではないが)生唾をゴクリとするほどだ。Eカップ位かなぁ。何かで見たような気もするが…う~ん、突然すぎて思い出せない。
でも何で、息を切らしてるんだろ…。
藍良はこれは応えないと失礼だと思ったのか、「はっ、はい、何ですか?」と、少女に尋ねる。
「ちょっと、気になってな…」
若干よろつき気味の少女が「ほれ」と、少し顔を赤くしながら、持っていたビニール袋から何かを取り出す。
「…まだ口は付けてない、やるよ」
「っ、コレ…」
藍良の顔に笑みがこぼれる。
眼前には、少女の手にあるクレープ、しかもそれもバナナやイチゴ、キウイ…とにかく沢山のフルーツがふんだんに乗っている。しかも二つ。
「あっあの、これ、良いんですか!?」
「いいんだ…自分の分はちゃんとあるから」
「自分の分って、彼氏とか?」
「い、いや、居候とその悪友だ。あんまりイタズラが過ぎるんで、ちょっと喝入れたくてな」
うわぁ、容赦ねぇなぁと思いつつ、藍良はクレープを受け取る。
しかし、何で同性に話しかけてるのに顔を赤らめてるんだろう。目も剃らし気味だし。
「あっ、ありがとうございます…でも、お代…」
財布を取り出そうとする藍良を見て、少女は首を振る。
「いや、いい。それ目当てで来た訳じゃない」
何と寛大な…ありがたやぁ…。
藍良はクレープを眼前に運び、心の中で拝んだ。
「…あ、でもそのお二人の分は…」
「ああ、そうだな…じゃ、代わりのヤツを買うか」
少女はレジに向かい、途中歌音の顔を見つめる。二人は一瞬目が合い、既視感があるかのように反応した。
「また来てくれていいことしたのに、ごめんね、もうイナゴしか無いんだぁ…」
「いや、ちょうどいい」
この人が残りのクレープ買ってたからイナゴのしか残ってなかったのか。
で、何処かですれ違って申し訳なくなって戻ってきたって訳ね…。
フン嫌いでド無乳の店員と、ナイスバディの客のやりとりを見て、納得する藍良。
そして少女は、×印の無いメニューを指差した…。
「イナゴのやつ二つ。ああ、イナゴ二倍、いや全部でもいい」
…って、うおおおおいっ!!
少女のトンデモ注文に、藍良は愕然とした…中々のチャレンジャーだよこの人、よくそんなこと言えるもんだよ!あたしだったら無理だって、誰に頼まれても絶対無理だよ!歌音や院長に買いに行かせる?特に無理!!大体何でこの人虫とか平気なのかなぁ!?神経どこかおかしくない!?ま、まぁ、そりゃぁ初対面っつてもいい人だけどさ、だからってそれは無いでしょ、ねぇ!?しかも今頼んだの人に食わせる物だよね、いっくらなんでもやり過ぎでしょ!あ~、あの人平然と受け取ってる。つーかもうあれゲテモノの花束じゃん!クレープじゃないじゃん!もうなんか色々はみ出してるし…。
「…あの人ドSだわ」
もう、苦笑いするしか無い藍良。
この件は何も語れないと思い、歌音の方に目線を戻す。
「この人凄い人だって思わない、ねぇどう思う、歌音?」
藍良は歌音に問いかける。
だが歌音は答えない。
「あ…あっ…」
歌音は眼を強ばらせていた。
…似ている。
あれは女の人だが、夢に出て来るあの少年によく似ている。拷問され、手足をもがれ、眼を潰され、死に絶えかけたあの少年に。怖い。関わるのが怖い。でも何だろう。気になる。彼女の事が気になる。まずは、話しかけてみようか、ならば最初は、何から話しかけようか、髪綺麗ですね…ベタ過ぎる。おっぱい大きい…自分はあいちゃんみたいなヘンタイさんじゃない。じゃあおちんちん付いて…何を見ていたの、相手は女の人だって!う~ん、何て言えばいいのぉ!?あの人お会計終わっちゃうよぉ…。
「歌音!」
「フェッ!?」
藍良の呼びかけに我に帰る歌音。
「どうしたのよ一体、あの人と会った途端目ン玉点にして黙っちゃって。あと、はいこれ。後でちゃんとお礼言いなさい」
藍良は、少女から貰ったフルーツクレープを歌音に手渡す。
「まあ、似てるだけだよね、だってあの人の体に付いてるのおっぱいだし」
歌音の一言に藍良は「そういう風に見えなかったけど?」と言いたかったが、止めた。これはあくまで歌音が自らの力で解決すべき問題。自分が深く関わってはいけない。
そう、彼女と、自分自身のためにも…。
「ふう、これであいつらに良い薬になるかな」買い物を終えた少女が二人の元に戻ってきた。
と…。
ヴェッ。
少女の今持っている『それ』を見た歌音が、思わず閉口する(藍良:うん、その気持ち分かるよ…)。
少女は右手に二つのビニール袋をもっていた。一つは二人にあげたフルーツクレープが入っていて、まだ自分用(本人談)のクレープが入っている物と思われるが、もう一つは知り合いにあげるために買った、クレープの名を語ったゲテモノ増し増しミニブーケ二束を入れたもの。こちらのみトッピングで更に増量したイナゴの佃煮(そもそもこのクレープのメイン食材)と、流石に残りのイナゴ全部は勘弁してもらったのか、ミルワームやサソリが何十匹も顔を見せていた。
…そう言えば、虫さんを美味しそうに食べてた子もいたっけ…。
ほんの、ほんの少しだけ悪夢の事を振り返ってしまった。
自分はあまり、経験したくない。
「まあ…ワタシも虫は好きだから、普通に食べるよ。今回はパスしたが」
今の発言を耳にして、マジか。と、二人は思った。
特に歌音は、こんな綺麗な人が、こんな物食べるのかと思うと、少々ゾッとした。
「まぁ、受け付けない奴もいるからな。仕方は無い」
「でっ、ですよねぇ。ぼく達も普段は、ソレは頼みませんし」
「…ぼく?」
歌音との会話の中で、少女が少し響めいた。
「…どうしたんですか?」
「…いや、何でも無い。気にするな」
歌音は何かの異変を感じていた。
何故、一瞬ごもったのか。
聞きたかった。でも聞けなかった。
「…クレープ先買ってて、悪かったな。じゃ」
少女は二人の前から去って行く。
(けど、どうして最初にぼくの事を呼んだんだろ)
少女の行動に違和感を感じた歌音は意を決して「あの」っと、彼女を引き留める。
「ん?」少女は歌音の方に振り向く。
しかし、理由を聞こうとした歌音は口がごもり、結局、出た言葉は、
「クレープ、ありがとう」
その一言だけだった。
それを聞いた少女は「…そうか」と、ただ返すと再び正面を向き、去って行った。
「変わった人だったね。クールそうなのに」
「うん…」
だが、歌音は確かに感じていた。
あの既視感。
会話の中でのあの響めき。
そしてなにより、女性ながらも夢の中の少年に、明らかに似ている特徴。
気になって仕方なかった…。
それからの二人は騒がしくも、にこやかだった。
あの後貰ったクレープを食べ歩きながら談笑し、雑貨屋で歌音が藍良の分も含めて文房具やコスメセットを購入した。ランジェリーショップで歌音が下着を選んでいると、藍良がとんでもなくハデな下着を次々持ってきたので、ことごとく突っぱねた。また店員に3サイズを測って貰い、歌音はFカップ、藍良はCカップという結果に。
なお、藍良本人はと言うと、
「いや、あたしまできょぬーだとさぁ、歌音の躰の感覚が味わえないじゃ~ん」との事(無論、直後に赤面の歌音に顔をブッ叩かれた)。
「「いっただきまぁ~す!」」
昼食はファミリーレストランで済ませた。
歌音はハンバーグステーキにラーメン、若鶏の唐揚げ、フライドポテト、シーザーサラダ、デザートは特盛りフルーツパフェと、次々と平らげた。
藍良もチャレンジ型の特大カルビ牛丼を制限時間(30分)内に平らげ、景品のデザートは足りなかったのでケーキ三種をまとめて注文と、こちらも大量。
「おいおい、あの二人今日も来てるぞ…」
「相変わらず凄いわ…」
二人のことを知る店員や常連客は、その食べっぷりに、己の食欲も忘れて見取れ、新参者は何も言えずポカーンとなった。
食べた後も休むこと無く二人の足取りは続く。
「そこのバス、待ったぁぁぁぁぁぁっ!!」
バスでショッピングモール「チャイルドリーム」に来店し、
「ごめん、ちょっと手伝ってぇ~」
「ああ、だから一緒に行かなかったんだ」
そこで藍良が住む孤児院に送るために本屋やおもちゃ屋を物色していくつか商品を購入、宅配を手配した後、ゲームセンターでクレーンゲーム、プリントシール、レースゲーム、リズムゲームをして遊んだ。藍良としてはガンシューティングゲームやパンチングゲーム、格闘ゲームをして遊びたかったが、この日は避けた。
「えー、ぼくパンチするのやりた…」
「ダメっ!パンチはあたしに対してだけにしてっ!」
間食はこのモールには二人の一番好きな店が(調べたら全店舗共通で)出店していない(あたしのバイト先がぁ…by藍良)ので、仕方なくアイスショップでコーンの三個乗せを頼んだ。因みに歌音は上からチョコレート、ラズベリー、ミルク。藍良は抹茶、チョコミント、ストロベリー。
CD売り場では自分たちの好きなアイドルグループ「HNMT Shiny’s」のシングルCDを購入した。二人のお気に入りだ(尤も、藍良はメンバーの体つきにも興味津々だが)。
洋服コーナーでは…。
「ハダカ怖い癖して、ムラムラさせるチョイス…ギャップが堪んねぇぜぇ」
買いこそしなかったが、歌音が意外な趣向を見せた。ブラが着けられない位に胸元が大きく開いたシャツと、通常より丈が短いミニスカートだった。一方の藍良はやじろべえのイラストがあてがえられたフツーのシャツとこれまた至って普通のショートパンツだった。
途中、
「いたいのいたいの…と~んでけぇ~~~っ!」
の、ぴっかりさん案件も、三、四件あった気がする。
楽しい時間が、刻々と経過していった。
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