エア書評

森エルダット

「唐繰」森内露光

※ネタバレ含みます


6月のじめじめとした空気に夏が手を伸ばしてくるこの時節。いつもなら夏の到来に半ばうんざり半ばわくわくしていましたが、昨今の情勢から家にこもっていると、なにか夏というよりただ暑い空気が充満し始めたようでうまく実感がわかず、何かと気が滅入ってしまいますね。


さて、今回書評をさせて頂くのは


「唐繰」森内露光/荘書房


こちらの本は昭和7年に初版が出版され、現在では著作権保護期間を過ぎてしまっているかなり古い一冊です。当然ながら文体も固い文語調なのですが、最近菊池寛辺りの古めの文章を漁っていたおかげで、なんとかついていくことができました。(とは言っても大辞林は離せませんが…)


物語の主人公はからくり人形師見習いの茂吉。人が良くて手先も器用、風邪も引いたことがない健康優良児だが、色恋沙汰はてんで不器用。そんな茂吉が下宿のご近所さんのサエ子さんに恋をした。サエ子さんだけは振り向かせて見せると意気込んだ茂吉は一世一代の計画を立てるが…師匠や親友の勘次郎、町の皆を巻き込んだ、茂吉の恋路の行方はいかに。といったお話です。


まず抱いた感想としては、「茂吉ー!!!不器用すぎるだろー!!!!」です。はい、これがまあめちゃめちゃ不器用。例を挙げると、初めてサエ子さんに人形を見せるシーン。茶運び人形でお茶を出し、自分の特技を披露しようとする茂吉ですが、緊張しすぎたあまりに普段では絶対にしないメンテナンスの見落としをしていて、サエ子さんにお茶がかかってしまいます。これだけならまだわかりますが、偶然を装って会ったのに話して数行でボロが出たり、手先の器用さを見せようとお祭りで金魚すくいをするものの、手が震えすぎて一匹も掬えなかったり、散々です。


しかし、唐突に物語は急展開を迎えます。終盤、茂吉が告白するシーン。今まで茂吉がヘマばかりしていたのに、毎回なぜか丸く収まり上手くいっていた理由が明かされます。なんとサエ子も茂吉のことが好きで、茂吉と同様に計画を立てていたのです。ただ、茂吉と唯一違うところは、その計画はほぼ完ぺきに遂行されていたことです。(「ほぼ」というのは、茂吉がサエ子の予想を超えるポカをいくつもしてしまったため。)つまり、この物語は茂吉のからくり(人形)と、サエ子のからくり(計画)によって進行していたのです。


ただの恋愛ものかと思ったらスピード感がとても早く、しかも伏線がかなり多く散りばめられていて面白かったです。特に茂吉には物語が進むにつれて愛着が沸きました。青空文庫に載らないかなあ…

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