第三章10 『雨中の脅威・水流弾』
「バッキャロイ、オコッタァッ!」
赤鬼が金棒を振り上げ叫ぶなり、亮大は生流に指示を飛ばした。
「青龍たん、あぁたの本気を見せてやりなさい」
持っていた鎖を、亮大はグイっと引っ張る。
途端、青龍の体から青い炎が立ち上る。
それは彼女の体を包み込み、まるで仮の皮を焼き尽くすように姿形を変えていく。
やがて小柄な少女の体は、巨大な龍の姿へと変化した。
と同時に、スサノオと戦った時のように黒雲が天井近くを覆い、会場に激しい雨が降り出した。
トウフウははっとこちらを振り返り叫んだ。
「継愛っ、雨の中じゃ紙が……!」
「心配せんでええ、対策は立ててきた!」
バチバチッと頭上で雨が弾ける音がする。
「国戯館に来る前に買った傘を改良して、背中に装着できるよう改良しておいたのじゃ。これなら筆と紙を持ってても、雨を避(よ)けることができるじゃろう?」
「い、いつの間に……」
「書において硯と墨、紙と筆が必要なように、何事も準備は大事じゃからな。トウフウ、今回の字はこれじゃ!」
あしは今しがた書いた字をトウフウに見せた。
途端、彼女の体から赤い光が立ち上る。
「烈風、ね。わかったわ」
トウフウはにっと笑って、青龍の方へと向いた。
すでにヤツは口元に大きな水流弾を形成し、発射の態勢を整えていた。
「一撃で仕留めなさぁいッ!」
亮大が叫ぶと同時に、水流弾が放たれる。
それは真っ直ぐにトウフウ目掛けて迫ってくる。
「悪いけど、そう簡単にやられるほどあたし達もヤワじゃないのよね!」
トウフウが扇子を開くと同時に、彼女の周囲から強い風が発生する。
烈風。
それは水流弾の弾道を変え、高台の真ん中へと落とした。炸裂してただの水流となったそれも、あし等の方へは近づけさせない。
「風を纏いて身を守る、名付けて風の繭(まゆ)よ」
ピュゥと口笛を吹いた亮大が言うてくる。
「へえ。なかなかやるわねぇ」
「あんたみたいな青龍に頼りきったヤツじゃ、あたし達には勝てないわよ!」
「ふふっ、それはどうかしらぁん?」
不敵に笑った亮大は穿つがごとく人差し指をあしに真っ直ぐ突きつけ、冷え切った声で青龍に命令した。
「アイツに向かって攻撃なさい、青龍たん」
ざわっと会場がどよめく。
「ちょっ、あんた何言って……」
「書字者を攻撃しちゃダメってルールはないのよねん」
そうこうしている間にも、青龍は大口を開けて水流弾を生み出している。
「くっ、万事休す……かの」
『継愛さまっ……!』
「お兄ちゃんっ、逃げてぇ!」
観客席から悲鳴が上がる。
一度仰け反った生流はすぐに頭部を刀のように振り下ろして、あし目掛けて水流弾を発射した。
水流弾は超速であしに迫ってくる。
死を覚悟した時、射線上にトウフウが飛び出してきて、扇子を真一文字に振った。
直後、水流弾は真っ二つに割れてその場で落下した。
風の繭を使わなかったのは、あしを吹き飛ばしてしまう恐れがあったからじゃろう。
すでに青龍は次弾を溜め始めている。
「このままじゃ、ジリ貧ね。反撃に出たいところだけど……」
「空に飛ばれとるから、攻撃の当てようがないのう」
苦々しく青龍を見上げていた、その時。
「うふふふふふ、あちしのことも、忘れてもらっちゃあ困るわ」
いきなり間近から声がしてギョッと見やった途端、トウフウの顔目掛けて亮大が筆を振るった。
「あっ、ああァアアアアアッ!」
「トウフウ!?」
両眼を押さえたトウフウから、喉を締め上げたような悲鳴が響き渡る。
彼女の悶え苦しむ様を目の当たりにし、亮大は巨体を揺らし「オーッホッホッホ!」と高笑しちょった。
「人間が神に攻撃できないと思ったぁ?」
「おまんっ……、トウフウに何をした!?」
「攻撃よぉ、こ・う・げ・き」
「そんなアホなっ。神さんは現世のもんじゃ傷つかんはずじゃろ!?」
「一般的にはそう言われてるわねえ。でも何にだって例外は存在するわぇ。たとえばこの墨汁」
亮大は黒く染まった筆先をこちらに見せて言うた。
「これは書契に用いられているわ。つまり神に影響を及ぼせるものってことよぉ。ならばこれでなら、彼等に苦痛を与えられるってことぉ。今みたいに、目潰ししたりね」
「くっ……。トウフウ、おい、しっかりしろ! トウフウ!!」
「あっ、ああ……っ、継愛、継愛……」
彼女は迷わずあしの方を向き、目が見えているかのように抱き着いてくる。
目の辺りは黒く染まり、瞼が開いていなかったはずじゃが……。
「……トウフウ、目が見えとるんか?」
「いいえ。でも、継愛ならどこにいてもわかるの」
「そうか、匂いでとか言うとったもんな」
納得したその時、青龍のが仰け反った。
水流弾が放たれるっ、あし等の方に向かって……!
反射的にあしはトウフウのことを思い切り突き飛ばしとった。
「きゃっ……! けっ、継愛!?」
思ったよりも遠くに倒れてくれた。これならなんとか、トウフウだけは直撃は免れるはずじゃ。
亮大は忌々しいことに、とっくに遠くに避難しとる。
ふいに揺らめく影があしを覆った。
見上げると、巨大な水の塊が眼前に迫っとった。
目をつぶった直後、凄まじい衝撃が正面から襲ってきて、あしの体は跳ね飛ばされた。
「け……っ、けいあぁあああああいッッッ!!!!!!」
誰かが何かを叫んだ気がした。しかし耳をやられたのか、あしには聞こえない。
浮遊感が体を包み込んでいる。
一瞬前に凄まじい圧力を受けたはずなのに、今はなんともない。
肌を打つ雨の雫のひやっこさも感じない。
感覚神経の一部が麻痺しとるのかもしれん。
視界は妙に鮮明に映っている。
雨粒の一つ一つがはっきりと見える。
変じゃな。雨粒の大きさが一向に変わらん。
「――っ!?」
突如浮遊感が消えた。
落下地点からやわこい感触。
「……み、美甘?」
あしは美甘に抱き止められとった。
そこはちょうど、美甘たちの席じゃった。水流弾に跳ね飛ばされる先は無論あしに選べるはずがなく、えらい偶然じゃった。
美甘は心配そうな表情であしのことをじっと見つめてきとる。
一向に動き出す気配のない唇を不思議に思うたが、遅れて気付く。
美甘は絵魔保を通さんとしゃべれん。
じゃけんどその双眸は、一目であしの安否を気遣ってくれちょるとわかった。
その優しさに報うべく、礼を言おうと思った。
「美甘、……ありがっ、ぐぉっ!?」
腹の底から急激に何かがせり上がってくる。
マズイ、そう思ってあしは美甘から顔を背け、地面を睨んだ。
直後、強烈な酸味と苦味と異臭が同時に喉の奥から吹き出し、あっという間に口腔を充満させて、唇を割って出てきおった。
「うげっ、ぇえええええっ……ッ!?」
つんと鼻を突くような臭いが辺りに充満する。
止まらず、口から汚物が溢れ続ける。
徐々に戻ってきた感覚神経は全身のあらゆる痛みをないまぜにして伝えてくる。
もはやどこがどう痛いのか、さっぱりわからん。
理解できるのは、あしの身体がとんでもなくマズイ状態にあるということぐらい。
意識があることを恨みたくなるぐらいの辛さ。
このままへばってしまいたい。
その望みはじゃが、一瞬にして掻き消える。
「ぃっ、いやあああああッ!」
いつの間にか威服したのか、聴覚が悲鳴を捉える。
あしは痛む体を無理に動かして顔を上げ、声の方を見やった。
高台の上、そこで亮大がトウフウの長髪をつかんで無理矢理持ち上げとった。
トウフウの恐怖に歪む表情を、亮大は残忍な笑みでもって覗き込む。
「うっふふふふふ! やぁっぱり可愛いわぁトウフウたん!! あぁたもあちしのお人形にしちゃいたいわぁっ!!」
「やっ、やぁ……放して、放してよぉッ!!」
「あぁたがあちしのお人形になるなら、そうしてあげるぅ。うふふ、どぉするぅ?」
「そ、そんなのっ、イヤに決まってるじゃないッ……!」
「じゃあダメねぇ。聞き分けの悪い子には、うふふ、お仕置きが必要よねぇ!」
荒々しい手つきでトウフウの磁器のような肌に触れて無理に顎を持ち上げ、いかつい厚化粧の顔を近づけていく。
怒りが胸の内に湧いてくる。
くたばっちょる場合じゃない。
早く、助けに行かんと……!
「と、と……ふう」
僅かな声を発するだけでも、骨の節々が痛む。
ダメじゃ、……動けん。こんな状態でトウフウの元へなんて、行けっこない。
仮に行けたとしても、この有様で一体何ができる?
あしの力で、トウフウをあの男と……青龍から救うことができるか?
無理じゃ。
失意が胸中を占めていく。
たとえ万全の状態であっても、ただ文字しか書けんあしには、結局何もできん。
薄々理解しとったが、もしかしたらあしは大きな勘違いをしとったのかもしれん。
ずっとトウフウに力を貸してやっちょるように思うとった。
じゃけんど実際は逆で、あしがトウフウに助けられとったのやもしれん。
なら、あしが行ったところで彼女を救える道理はない。
むしろ余計な火種を増やすことにさえなるやもしれん。
ならここで大人しくしとった方が……。
「……なんて、アホなこと考えてる場合じゃなかろうがっ、ボケェッ……!」
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