第二章8 『強敵と雑魚』

 スサノオが傾聴の姿勢になったのを見やり、あしは和装本に記された文を読み上げた。

「まず青龍についてじゃが、やはりやっこさんは相当な実力者らしい。完全無敗っちゅうのも偽りないようじゃ」

「ふぉれって、……ごくん。それって、勝てない相手は避けてるだけじゃないの?」


 饅頭を飲みこみ言ったトウフウの言葉をスサノオは「それはないぜ」とばっさり切り捨てる。

「試合は基本的に勝ち抜きか、運営が選んだヤツ同士で行われることになってる。いくら人気があろうと、それを覆すことはできねえだろうさ」

「じゃあ、八百長ってのじゃない?」

「今んところ、そういう話は来てねえな」


 トウフウは目を見開いてちょっと反り返り。

「ええっ……? じゃあ本当に、青龍って子はここで最強ってわけ!?」

「今までの試合も調べた限りだと危なげなく勝利しとるようじゃ。青龍の実力は本物と見て間違いないぜよ」

「だったらどうした? 相手が誰だろうと、こっちは全力でぶっ倒しに行くだけだぜ」

「まあ、最後まで聞かんか。青龍の攻撃手段は基本的に水じゃ」

「そういや、前にやられた時も水をぶっ放された気がするな」

「……もしかしたら、おまんならそれを逆手に取ることができるかもしれんのう」


 ちっくとばかし腕を組み視線を彷徨わせとったスサノオはぽんと拳を打ち。

「ははぁ、なるほど」

「警戒されとる可能性はあるか?」

「いや、多分ないぜ。今までの試合はちょろくて、一度も使ってないからな」

 トウフウはあしとスサノオの顔を交互に見やり。


「なっ、なんの話してんのよっ、ねえ!?」

「あまり突っ込んでは言えんのう。壁に耳あり、障子に目ありと言うからのう」

「そうだな。というか俺様と戦ったお前なら、すぐにわかると思うんだが」

「なんでずっと継愛と一緒にいるあたしより先に、あんたが察してんのよ!? もしかしてそうやってお嫁さんの立場を横取りする気ね!?」


「……で、亮大の方はどうなんだ?」

「あいたぁ特に気にせんでええと思うぞ」

「ねえっ、ちょっと! 無視しないでよ!!」

 喚いているトウフウを他所に、あしは和装本にまとめた情報を読み上げる。


「寄田間亮大。自分で言うとったように、書字者をやっちょる。同僚の話によると手柄のほとんどが青龍によるものらしいのう」

「なのに首輪つけて主人面か。けっ、虫唾が走るぜ」

「本人は絵茂威理里(えもいりり)っちゅう雅号で書道家をやっとるらしいが、作品は一切見つからんかった。唯一見れた字は、書類に書かれた事務上のものだけじゃ」


「どういうことだ?」

「誰も亮大の作品を持っとらんし、見たこともないっちゅうことじゃ。あやつが書字者に入った頃はまだ試験らしい試験もなかったらしいから、試験課題の作品すら存在しないんじゃ」

「だけど書字者ってのは、字を使って神に力を与えるもんなんだろ?」

「青龍はそんなもんを借りずとも強いからのう。今まで戦いの最中に亮大が字を書いたことは、ただの一度もないそうじゃ」


「……他者からの助力も必要ない、最強の神か。ますますわからねえな。なんでそんなヤツが人間の言いなりになんかなってんだ?」

「さあのう。ともかく、あの二人に関する情報は以上じゃ。少しは役に立ったか?」

「まあ、参考にはさせてもらうぜ」

 そう言ってスサノオはぐびっと茶を飲みほした。


「うっ、げほっ、げほっ。あ、あたしにもお茶、ちょうだい」

 胸を叩きながらトウフウが助けを求めてくる。見やると机の上の饅頭が盛られていた器はすっかり空になっていた。


「おまん、急いで食べすぎなんじゃ……」

「げほげほっ、美味しすぎるのが悪いのよ」

「ほらよ。この会場限定の商品だとよ」

「ううっ、ありがっ、げほげほっ」

 トウフウは涙目でスサノオから受け取った竹筒に口をつけ。


「ぶぴぃいいいいいっ、まっっっずッ!」

 鉄砲水かって勢いで飲んだ液体らしき黒いもんを噴き出した。

「うぇっ、げっほげっほ! なっ、なんなのこれぇ。めっちゃクソマズなんだけど!?」

「口に合わなかったか、まるごと墨茶」

「その名前だけで制作者を牢獄に監禁して縄で縛りあげて鞭を叩きつけながら三日ぐらい問い詰めたくなるわね!? 饅頭で癒された舌が一気に地獄に叩き落とされたわよッ! あーもう、どうしてくれんのよッ!?」


「るっせえな。お前が飲み物をよこせって言ったから渡してやったんじゃねえか」

「もしかしてあんた、ずっとこれ飲んでたの?」

「飲むわけねえだろ。マズそうだし」

「自分が飲めないもん人に渡すんじゃないわよッ! もうっ、もうっ、もうッ!」

「あーもう、耳が限界だ。とっとと牛舎に帰れよ」

「あたしは牛じゃないわよッ!」


 二人がやり合っていると扉が軽く叩かれ、そっと開いた。

 顔を覗かせたひょろっとした青鬼がスサノオの方を見やり。

「あの、そろそろ試合が始まるんで、会場の方へお連れしてくれとお偉いさんから言われましたんで、迎えに来た次第で」

「おう、わかった。今行く」

 スサノオは立ち上がり、大股で出口の方へ向かっていく。


「こらっ、ちょっと待ちなさいよ! 話はまだ……」

「わかった、わかった。話は帰ってきてからゆっくり聞いてやらあ」

 ひらひら手を振り、草履に足を引っかけ。


 部屋から出ようとしたところで、ふと思い出したように肩越しに振り返ってあしの方を向いた。

「優男、その……」

「ん?」

 鼻の頭を掻き、視線を彷徨わせたスサノオは。

「まあ、なんつーかその……」

 ぼそりと呟くような声で言った。

「あんがとな」


「礼には及ばん。あしは自分のためにやったまでじゃ」

 あっぽろけた顔をしとったスサノオはやがて肩を揺すって笑いだしおった。

「そうか、そうだったよな。今のは忘れてくれ」

「あ、ああ」

「んじゃあな」


 扉が閉まり、二組分の足音が遠ざかっていく。

「なんか最後のアイツ、変だったわね」

「そうじゃな。変なもんでも食いおったんかの?」

「きっとあれよ。まるごと墨茶」

「ほりゃあ、そんなにマズいんか?」

「飲む? 残ってるけど」


 差し出された竹筒がちゃぽんと音を立てる。中からはげに嗅ぎ慣れた炭の香りが漂ってくる。

「……ほんじゃ、失礼して」

 トウフウの手から取り、「あっ、ちょっと」と何か言うとったがそのまま口をつけてちっくと首を後ろに倒して飲んだ。

「……んくっ、んくっ……ぷはぁ。意外と美味いのう。……ってどうしたんじゃ、顔を赤くして」


「なっ、なっ、なんでもないわよっ……なんでもっ」

 赤面した顔をぷいっと背けるトウフウ。じゃけんど髪の間から覗く耳も赤うなっとってめっそ(あまり)意味はない。

「……手洗いならここを出て左に行って、もう一回左を曲がって真っ直ぐ行くとあるぞ」

「違うわよバカァッ!!」

 なぜかごっつい勢いで怒られた。

 めっためった。

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