第二章6 『激怒』
「んー? でもそれ、おかしいわよ」
「あら、可愛らしいお嬢ちゃん。おかしいって、何が?」
「だってあたし、継愛のこと強引に襲うことできたわよ」
「継愛っていうのが、あぁたの書契者なの?」
「ええ、この人があたしの契約者っ」
言いつつトウフウはあしの腕に絡みついてくる。
「ちょっ、暑だらしぃから離れんちや。しっ、しっ」
「ね、こんなに邪険にされても、ぎゅーってできちゃうの」
「んー、それはそこの坊やが本当は嫌がってないからじゃなぁい?」
「えっ、そうなの、継愛!?」
「んなわけあるかッ! ったく、ええ加減にせぇや!」
「もう、照れなくてもいいのに……」
「照れとらん!」
じゃけんど、実はざまに小恥ずかしいと思うとるんは内緒ちや。
「さあ、じゃあ今度こそ、お暇させていただくわ」
「待てよッ、まだ俺様の話は……」
「うっさいうえにしつこいわねぇ、あぁた。そんなに文句があるなら、今度ここに挑戦しにきなさいな」
亮大はどこからか取り出した何かを投げてきた。手裏剣のように飛来したそれをスサノオは宙で受け止める。
それはメンコみたいに厚く固く、かつ光沢のある小さな札みたいなもんじゃった。
『カードですね。西洋でつい最近に開発されたものです』
「ほう。面白いもんを作っとるなあ」
カードとやらの表面には美甘が話しとった国戯館と『人神混合超総合格闘技大会』の雄々しい文字が並んとった。
「なんだよ、こりゃ?」
「見ての通りよ。そこで青龍たんも戦ってるから、あぁたもあちしに文句を言いたかったら参加して、優勝なさいな。そぉすれば真面目に話を聞いてあげるわぁ」
「……なるほど。それがお前の金鶴とやらの使い道の一つってわけか」
「察しがいい子は、嫌いじゃないわぁん」
スサノオが発生させただろう雷雲が、彼女の頭上でバチバチと唸りを上げる。
今すぐここでおっぱじめそうな気配だったが、青龍が構えるのと、周囲で固唾をのんで見守る人々を眺めやり、舌打ちをして雷雲を引っ込めた。
「……わかった。次の開催日はいつだ?」
「青龍たんは毎週金曜の夕方の会に出場してるわぁん。ちなみに戦績は全勝無敗。どういうことかお猿さん並みの知能でもわかるわよねぇん?」
「上等だ。首を洗って待っていやがれ」
「おお、怖い怖い」
演技感丸出しで震える亮大。
スサノオの青筋がぶっとく浮かび上がる。
「にしてもぉ、今日はえらく疲れたわぁ。あぁたみたいな面倒な神に絡まれるし、厄介な事件は起こるし。まあ、事件の方はあぁた達とあちしの優秀な頭脳のおかげで簡単に片付いたけど」
「……頭脳って、おまんはなんもしとらんかったじゃか」
「あらぁ、気付いてなかったの?」
亮大は道の端で転がっとる、宗次郎の作品の残骸を指差して言った。
「あちしはちゃぁんとあぁた達を陰から支援してたのよぉ。あの作品を壊すように野次馬を扇動してねぇ」
それを聞いた瞬間、あしの血潮が脳へ駆けあがっていくのを感じた。
「おまん、今なんて言った?」
「だからぁ。あの風流も洒落っ気もない落書きを壊してあげたって言ったのよぉ。あぁた達があのブ男の注意を引きつけてくれている間にねぇ」
脳がずきずき痛む。視界が薄らと赤く染まっていく気さえした。
「……じゃあ、宗次郎の作品が壊された原因が、おまんにあるっちゅうことか?」
「もぉ、さっきからそう言ってるじゃなぁい。察しが悪いわねぇん」
何かがぶち切れた音が、耳の奥に響いた。
「おまん……っ、おまんッ……!」
足元が揺れる、顔が熱くなるっ、腹の底が地獄の釜のように煮えたぎるッ!
「なんっっっちゅうことをしてくれたんじゃァアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」
迸った怒声は今まで山のごとく動じなかった亮大をギョッと驚かせ、たじろかせた。
「なっ、何よぉん、急に怒鳴ったりしてぇ」
「おまん仮にも書道家の端くれなら、他のヤツが書いた字を粗末に扱ったらいかんっちゅうことぐらいわかるじゃろうがッ!!」
「だ、だってあれ犯罪に使われてたのよぉん! 壊されて当然じゃない!!」
「だってもへったくれもあるかぁッ! あしは社会の常識じゃのうて、書道家としての倫理の話をしとるんじゃァッ!!」
「わっ、わけわかんないわよぉっ! 悪いことに使われていたものは始末して当然じゃないッ!!」
「阿呆ッ! 仮にそうだったとしても、他者の作品には敬意を払うんが書道家としての義務じゃろうがッ!! それをなんじゃおまんはっ、価値もわからん人間を扇動して壊したじゃと? てんごのかあも大概にせえッ!!」
「何よっ、愚図の素人のくせにいっちょまえに啖呵切っちゃって!」
「あしは書許可証を持っちょる、それに今年の書字者試験に合格するんじゃッ!!」
「へぇ、そぉなのぉ。でも残念ねぇ、今年の戦闘試験の試験官は、あ・ち・し。あぁただけは、ぜぇったいに合格させてあげないんだからッ!」
「戦闘試験……ってなんじゃ?」
首を傾ぐあしを、亮大のやたぁせせら笑いおった。
「そんなことも知らずに受けに来るなんてお笑い種(ぐさ)ねぇ! 戦闘試験っていうのは捕縛対象との戦闘を想定した試験よぉん。つまりあちしを悪者に見立てて無力化することが合格条件ね」
「試験者の中には、まだ神と書契してないヤツもおるんじゃろ? その内容じゃといささか難易度が高すぎるんじゃか?」
「そうねぇ。だから代理の神と組んだり、試験官は手を抜いたりするよう、調整はされているんだけど。あちし、あぁたの時だけは本気を出しちゃうわぁ」
「……おまんじゃのうて、青龍がじゃろ」
「そぉゆぅことよぉん。ま、せいぜい死なない程度に頑張てねぇ。坊やのお連れの、可愛いお嬢ちゃん」
バチッと放たれた“はぁと”をトウフウはさっと横にずれて回避した。
亮大はもう振り向くことなく、青龍を連れて大股で去っていく。体の小さな青龍はついていくだけでも結構大変そうじゃった。
カァンッと甲高い金属音が背後で鳴った。
見やるとスサノオが大太刀で石畳の一部にひびを入れ、亮大の背中をまさしく鬼の形相で睨んどった。
「チクショウッ……! アイツ、ぜってぇにぶっ殺してやる」
「そこまでやったらいかんちや。せいぜい、青龍を開放する程度にしときいや」
「へっ、どの口が言ってんだ? お前だってアイツをしばき倒しそうな勢いだったぜ」
「むう……、つい熱うなってしもうた」
あしは頭を掻きながらトウフウの方を向き、頭を下げた。
「すまんのう。トウフウには迷惑をかけることになりそうじゃ」
「べっ、べっ、別に? ぜぜぜ、全然大丈夫だし? あっ、あたしの手にかかれば、青龍なんてや、や、夜食前だし?」
「……本当にすまんのう」
「心配すんな、お前等。戦闘試験が始まる前に、俺様があのデカブツを再起不能になるまでぶっ飛ばしてやっからよぉッ!」
スサノオが大太刀を一振りした直後、近くに生えていた梅の木がずずっと重い響きを立てて横に倒れた。
梅の木は真ん中あたりで斜めにすっぱり切断されており、その切り口は不自然なほどに滑らかじゃった。
スサノオの一太刀が切断したんじゃろうが、梅の木はそれなりの太さがあり、腐っているわけでもない。
「……たとえ剣豪でも、こうはいかんぜよ」
「俺様は神だぜ。人間の剣豪なんざ、相手になんねえよ」
『あの、木が倒れた際に何か、悲鳴のようなものが聞こえませんでしたか……?』
「……そりゃ、まっことか?」
『はぁ、多分』
美甘がそう言った時、梅の木から「いたたぁ……」と蚊の鳴くような声と共に、さっき紙吹雪舞いとった黒衣が四つ足歩きで這い出てきた。
「お、おい、おまん、大丈夫かや?」
「つ……!!」
声をかけた途端に黒衣は飛び上がって立ち上がり、すたこらと駆け足で逃げていった。
「……逃げ遅れとったんじゃのう」
『の割には、逃げ足速いですね』
「たぶん、仲間に忘れられてったんじゃない?」
「なんか、かわいそう……」
『もなかはちゃんと周りの人を大切にする人にならないとだめよ』
「うん、わかった!」
あしは黒衣の行く先に幸あらんことを祈りつつ、走り去る後ろ姿を見送った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます