第90話 試練の準備


「無事に契約出来たようだな」


 世界樹の精霊は俺たちを見て言葉をかける。


「兄さんどうですか?」


「……やっぱり違和感があるな。でもヤミが中に居る感じに近いからそこまでじゃない」


「そうですか。精霊の契約も無事に完了しましたし、次は神装ですね」


「そうだな。ただ精霊の力の把握と魔道具の作成をしたいから数日後だが、拳の神装は世界樹にあるから精霊と契約してないと入手できないんだよな?」


 俺は姉さんの方を見る。


「そっか!わたし契約しないとみんなの手助け出来ないんだ!」


 姉さんは頭を抱えながら「どうしよう~」と悩む。そんな姉さんに世界樹精霊が助け舟を出す。


「いや、それはどの道不可能だ。神装の試練に別の勇者が手助けに入ることは出来ない。それでは試練の意味がなくなってしまうからな」


 言われてみればその通りだな。だがそれ言わなければ姉さんと契約出来かもしれないのに正直に教えてくれるとは……こいつ意外と抜けているのかもしれない。


「なんだ万能の使い手よ。何か言いたそうだな?」


 前言撤回こいつ割と鋭いぞ。


「いや、俺が持ってる万能の神装はいいのかと思ってな」


 俺がヤミを手に入れてからは神装の試練を行っていないからな。


「ふむ。……今のそいつなら問題はないだろう」


「今の?」


「……では試練を行う時にまた来い」


 世界樹の精霊はそう言い残して消えた。


 いろいろと気になることはあるが、今は神装の試練の準備が先だ。

 その後俺と陽太は魔道具の作成、月奈たちは観光や魔法の訓練などをし、宿で眠りについた。





 _____________


『精霊ネットワーク接続。起動……ハロー、マスター』


 俺が眠る中頭の中にそんな声が響き、起き上がる。

 俺のいる部屋は一人部屋。月奈は姉さんと青羽と一緒の部屋で寝ている。


「……誰だ?」


 俺は誰も居ない部屋で見えない相手に対して尋ねる。


『初めましてマスター。私はあなたの契約精霊、情報の精霊です。呼び方はお好きなように。ですができれば名前が欲しいです』


「名前か……とりあえずお前がどんな精霊で何ができるのかを教えてくれ」


 なにも情報がない状態で名前を付けるのは難しいからな。


『了解しました。能力はあらゆる物質、物体、現象の鑑定、解析、複製。私の役目はマスターを陰ながらサポートをすることだと思っています』


 情報の精霊。その名の通り情報に関して様々なことが出来るらしいな。しかも解析、鑑定だけでなく複製っていうのはかなり気になる能力だな。


『いかがでしょうか?私の能力はマスターの役に立てますか?』


「あぁ、後々能力の確認をさせてもらうが、聞く限りだとかなり役に立ってもらえそうだ」


『ありがとうございます。では私に名前を付けでください』


 そうだったな。名前、名前か……。


「カゲってのはどうだ?」


『カゲですか?』


「お前がさっき言っていた『陰ながらサポート』ってところから取った。後は俺の中にいる神装、」


『把握しています。万能の神装【闇夜ノ剣】のヤミですね』


 さすが情報の精霊。話が早いな。


「そうだ。俺が夜、万能の神装がヤミ、そして前がカゲ。なんとなく繋がりがあるだろ?」


『なるほど名前による繋がり。……了承しました。今後私をカゲとお呼びください』


「あぁ、よろしくなカゲ」


『よろしくお願いします。冷夜マスター


【我に対して挨拶は無いのか?】


 俺とカゲが話しているところにヤミが入ってきた。


「ヤミ、起きたのか?」


【自分が宿主としている者の中に新たらしい者が入ってくれば寝ている場合ではないだろう。それで貴様、カゲだったな?】


『イエス。私はマスターの契約精霊。情報の精霊のカゲと申します。あなたは万能の神装、ヤミで間違いありませんね?』


【いかにも我がヤミだ。今後は主を手助けする仲となる。よろしく頼むぞ、カゲ】


『イエス。よろしくお願いします、ヤミ』


 どうやら二人は仲良くできそうだ。よかった。俺の中で喧嘩されたらかなわないからな。


『……マスター、突然ですがお呼び出しです』


「呼び出し?」


 こんな時間に目覚めたばかりのカゲを伝って俺を呼びだす人物、ある程度予想をしながらカゲから伝えられた場所に向かった。




 _______


 カゲに伝えられた場所、世界樹に行くとすでに俺を呼んだ人物世界樹の精霊が待っていた。


「遅かったな、万能の使い手よ」


「これでも早く来てやったんだがな」


 世界樹の精霊は近くの巨大な木の根に腰を降ろし、俺は催促されるままに隣に座る。

 そしてしばらくの沈黙の末、世界樹の精霊が話を始める。


「ここに来てもらったのは鞭の勇者について、貴殿に聞きたいことがあるからだ」


「姉さんについて、ってことは精霊契約か」


 世界樹の精霊はうつむいたまま頷く。


「俺は何も出来ないしするつもりもないぞ?姉さんのことは姉さんが決める。それが当たり前だろ?」


「……しかし彼女は我との契約を貴殿ら兄妹のために断ろうとしている。ならば貴殿が説得をすれば!」


「だからしないって。姉さんが自分を殺してまで俺たちを優先するなら話は別だけど、そうじゃなければ俺は動かない」


「……ならば貴殿らがこの森に住めばいい。女も食事も貴殿らが望むものを用意しよう!」


「だから無駄だ。それと、月奈に同じ話をするなよ?もしも月奈や姉さんを襲ってでもというなら……」


 俺はお前らを滅ぼしてやる。


「っ!まて、万能の使い手よ。今のは我が悪かった謝罪する。それに貴殿らに危害を加えるつもりはない!」


【おい世界樹の精霊よ。貴様は何度主を怒らせれば気が済むのだ】


「……万能の神装。返す言葉も無いな。すまない。本当に貴殿らに危害を加えることはしない、世界樹の精霊の名のもとに約束する。だから許してくれ」


【主よこの愚か者を許してやれ。名のもとにした約束は破れない。特に世界樹なんてこの世界を形成するレベルの物誓った契約なら絶対な】


「分かった。だがお前がそこまで姉さんにこだわる理由は何なんだ?確かお前と契約できるような人がいないからって話だが」


「その通りだ。精霊は契約をすることでさらに強力な力を使うことが出来る。そして近いうちに必ず魔王は世界樹を狙ってくるはずだ。だからこそ契約をして魔王に対抗したい」


 世界樹の精霊も森を守る者として考えてるわけか。けどやはり姉さんを説得するのは……。


『マスター、お困りのようなので助言をしてもよろしいでしょうか?』


「カゲ。……話してくれ」


『イエス。では、世界樹の精霊様は魔王に対抗するためマスターの姉君あねぎみと契約したいそうですね?』


「あ、あぁ、そうだが。……貴殿は中々珍しい精霊と契約したな」


 珍しい精霊という言葉が気になるが、今はカゲの話が先だ。


『ということは魔王の件が無ければ契約をする必要は無いということですね?』


「確かにそうだが、魔王がいるから問題なのだが?」


『分かっています。世界樹に影響が出る前に魔王を倒す、という方法もありますがそれは現実的ではありません。なので契約を少しアレンジしてはどうでしょう?』


「契約をアレンジだと?」


『はい。精霊契約は永久契約、精霊か契約者のどちらかが死ぬまで続く契約です。その契約を永久出なく条件を付けた契約にすることで魔王が存在する間のみの契約にするはいかがでしょうか?』


「なる、ほど。それなら鞭の勇者を説得できるかもしれないな。どう思う万能の使い手よ?」


「確かにずっとここに居なきゃいけないよりかは説得しやすいだろうな。だがそんなのこと出来るのか?」


 俺が聞くと世界樹の精霊は希望を持っていた顔をうつむかせる。


「無理かどうかは分からない。そんな前例がないからな。そんなリスクを含んだ契約では説得は無理だろうな」


『確かに失敗した結果普通の永久契約になる可能性がありますね。ですがその場合は契約を破棄する方法があればいいのでは?』


「そうなると我か鞭の勇者が死ななければならないが、鞭の勇者が死ねば本末転倒、我が死ねば世界樹が死に、その結果は世界の死だ」


『分かっています。ですが不可能を可能にする力、すぐ近くにあるじゃないですか』


「……そうか、万能の神装か!」


 世界樹の精霊は顔を上げて俺を見る。


『万能の神装。ヤミとマスターなら契約を破棄させることが出来るのではないでしょうか?』


「どうなんだヤミ?」


 ヤミはしばらく黙っていると、話し始める。


【……今すぐには無理だ。それを行うには今以上の力と、主の強固で強力な意思が必要となる。だがそれがあれば可能だろうな】


 ヤミの言葉を聞いた瞬間、世界樹の精霊は希望に満ちた目で俺を見てくる。


「万能の使い手よ。どうか頼む、鞭の勇者との契約のため我に力を貸して欲しい」


 世界樹の精霊は深く頭を下げる。


「はぁ~。分かった魔王を倒した後は契約破棄、それでいいんだよな?」


「あぁ、それで構わない!世界樹の精霊の名のもとに約束する」


「なら協力するよ。けど姉さんの説得はお前の口からしろよ」


「感謝する、万能の使い手よ」


 喜ぶ世界樹の精霊を見ながら、俺は姉さんよりも月奈にどう言おうかと思考を巡らせた。



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