忘れられない星空

タマ木ハマキ

第1話 今日の売上

 今日の依頼人は子供一人だった。売り上げは千円。今日一日が不毛な時間だった。


夕日が登った時刻になっても依頼人はやって来ず、あくびを連発し、暇だ暇だと呟き十和田(とわだ)は椅子に座っていた。十和田が贔屓にしているサッカーチーム、セレッソ大阪がガンバ大阪とのダービーで負け、余計にやる気も出ず項垂れていた。負けたらあかんわ、負けたら……、応援してやってんのに。そう時折、思い出したように洩らしていた。そもそも十和田が応援しているときは、負けるか辛勝が多い。そのくせ仕事で見れない時は良いゲームをし勝利するのだ。ちなみにこの現象は、阪神タイガースの試合を応援している時もなるのだ。俺に見んな言うことか、と十和田はそんな平凡なつっこみをテレビに入れる。


 依頼人も来ず贔屓のチームも負け項垂れていると、事務所に子供がやってきた。小学三年生ほどの男の子だった。口を半開きにしまぬけ面を浮かべている十和田を見据え、つかつかと歩み寄ってきた。デスクに千円札を置くと、少年は言った。


「麻美香(まみか)ちゃんの好きなタイプはなにって訊いーてきて!!」

「……その麻美香っていうんは、クラスメイトなん?」

「そう」

「好きなん?」

「そう!!」

「そいだら自分で訊いてきいさ」

「ええやん、お金払うんやから」

「色恋ことを金でどうにかできると思うな」

「でも不倫調査はお金払ってしてもらうやん、それはどういうことなん!」


 なかなか鋭いことを言う。返しの言葉が出てこなかった。うっさいバーカ、とこの少年より幼稚な言葉が湧いてくるだけだった。十和田は、小学三年生に言い負かされてしまったのだ。


「ええから帰り、お兄ちゃんは仕事あんねん。忙しいねん」

「ぼーっとした顔してんのに? お兄ちゃん、昼間っからスーツ姿でハトにエサやってるおっさんみたいな顔してんで」

 十和田は慌てて背筋を正し、締まりある顔を作った。「う、うるさいなほんま、親に言うよ」


 少年は目を大きくし一歩下がり、目に見えて狼狽え出した。子供は親という言葉に弱い。大人は仕事のことを言われると弱くなるのだが。


「ついでに学校にも言っとこーと」

「わかった、もうええわ!! もうええ!! 外の看板になんでも相談屋って書いてあるのに、嘘やん、悲しい嘘やん!! 大人ってみんなそうっ!」

 少年はくるりと背中を見せ、足音を鳴らし事務所を出て行こうとした。

「おいおいきみ、千円忘れてんで」と十和田は言った。「もって行かな」

少年は首を捻り、ちらりとこちらを見た。「迷惑賃や!」

 そのまま少年は歩き出し、扉を開け事務所を出て行った。


「粋な奴やな……」十和田は閉まった扉を見ると呟いた。

 迷惑賃というのなら受け取るしかない。それは少年の好意であり、現に迷惑を被ったのだ。十和田は懐に千円札を入れた。にやりと笑った。だから今日の売り上げは千円だけだったのだ。

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