氷弓の撃墜王と呼ばれる学園一の美少女が実は幼馴染~俺のことを馬鹿にした陽キャを彼女は許さない~

光らない泥だんご

短編 氷弓の撃墜王

「氷弓(ひょうきゅう)の撃墜王(げきついおう)から返事きた?」

「来なかった。クソッ、行けると思ったんだけどな」

「モデルのお前でも無理ってマジかよ……」


 モデルで学校一のイケメンと名高いクラスの男子が、俺の席で友人と愚痴をこぼすように話している。

 弓道部に所属するその子は、クラスどころか学校で一番人気がある女の子だ。


 容姿は、ぱっちりした目と整った鼻筋が清楚な雰囲気と相まって、どこか孤高の存在を思わせる。一番の特徴は、腰まで届きそうなロングの黒髪をくくってポニーテールにしているところ。艶やかで、なめらかで絹のような美しさを連想させた。あまり笑顔を見せることはなく、学校ではクールな性格として認知されている。


 当然、彼女に恋心を抱く男も多いが、その告白をなぜかすべて断っている。

 その結果、ついたあだ名が『氷弓の撃墜王』──東雲遥華(しののめはるか)。


 そんな彼女の話が聞こえてた時だった。


「ねぇ、西島君。今から二人で話したいことあるんだけど二階の空き教室に来てくれる……?」


 俺─西島優大(にしじまゆうた)に声をかけてきたのは、クラスで二番目に可愛いと評判の黒沢さんからだった。黒沢さんはミディアムヘアを巻き髪にしており、童顔気味な顔によく似合っていた。


「わ、分かった……」


 どうしたんだろう、あの黒沢さんがわざわざ俺の予定を聞いてくるなんて。

 それに黒沢さんの表情が心なしか赤くなっている


「ありがとう、一緒に行こっか……」


 そうして、俺は黒沢さんと教室から空き教室へと向かった。

 しかし、この時の俺は気づいていなかった。

 複数人からニヤニヤと意地の悪い笑みがあったこと。

 もう一つは、俺のことを刺すように射貫く視線があったことに。


 それから俺達は空き教室に入り、二人きりになった。

 向かっている時もだったけど、空気感というか雰囲気だけですごく体が熱くなってくる。間違いなく、これから重要な話をされるのだろう。


 黒沢さんは深呼吸をすると話を切り出してきた。


「あのね……急かもしれないけど私、西島君のことが……好きです!」

「く、黒沢さん!?」


 生まれて初めての告白だった。こんなに心が温かくなって、気分が高揚するなんて思っていなかった。胸の高鳴りも最高潮に達している。


「突然でびっくりしてるのは分かってるつもり……気づいたら目で追って好きになってたの……」


 黒沢さんが俺のことを見ていたなんて知らなかった。


「私と付き合ってください……」


 黒沢さんは消え入りそうな声で、不自然なくらいに肩を震わせながら俯いてしまった。


「オレは──」

「ごめん、もう限界」

「えっ?」


 突然、黒沢さんが笑いだした。


「あははっ! 何マジにしてんのよ!」


 黒沢さんの笑い声が合図だった。クラスの何人かがぞろぞろと空き教室に入ってきた。教室の外から様子をうかがっていたんだろう。全然気づかなかった。


「ようボッチ! 夢のような時間は楽しかったか?」


 ひどく意地の悪い表情をしながら俺に近づいてくる男がいた。確か、陽キャの松田だったような気がする。


「聞いてたけど、必死すぎてヒクわー」


 そう言いながら、馬鹿にしたように笑っている。


「ってか、途中どもっててまじキモかったんだけど」


 黒沢さんの表情は先ほどと一転、侮蔑に満ちていた。


「ねぇ、あんたさ。マジで私と付き合えるとでも思ってたの? あんたみたいなダサくてきもいのを私が相手にするわけないじゃん。ただの罰ゲームだよ!」


 ……状況が読めてきた。黒沢さんからの告白は罰ゲームだったんだろう。正直、少しおかしいとは思っていた。黒沢さんとの接点なんてほとんどなかったからだ。


 体験したから分かるけどこれは傷つくなぁ。ここが地獄か。


「おら、もう充分楽しんだから帰っていいぞ。まぁ、明日も楽しまさせてもらうけどな、あははっ!」


 松田を筆頭に、数人のクラスメイトは俺を指さしながら馬鹿にしたように笑っている。


「それとも、なんだ? ここで俺と勝負でもするか?」


 松田は俺に向かって拳を構えている。腹が立ったし買っても良かったんだが、あいつと約束しているので喧嘩するわけにもいかなかった。

 そのため、俺は背を向けてそのまま帰宅することにした。


「言い返すこともできない腰抜けやろうじゃねぇか!」

「あんたみたいなキモオタに一体誰が相手してくれんだろうね!」


(帰りにゲーム買って帰ろ……)


          ※


 行きつけのゲームショップで『オサゲーズパラダイス』というギャルゲーを買って帰宅した。タイトルの通り、攻略ヒロイン全員がおさげという俺の性癖ために作られたようなゲームだ。

 家の鍵を開けようとした時に気づいた。


(あれ、鍵が開いている……)


「ただいまー……」


 海外に出張に行っている両親が帰ってきたと思ったが、玄関にある靴で違うと分かった。


「お帰りなさいあなた」


 そう言って、制服の上からエプロンをかけた状態でパタパタと歩いてくるのは東雲遥華(しののめはるか)。


 そう氷弓の撃墜王と呼ばれていた彼女だ。


「早かったのね、ご飯にする? お風呂にする? それとも……」

「それとも……」

「浮気の報告?」

「なんでだよっ! 結婚してないだろ!」


というか、付き合ってすらいない。せめて、テンプレくらい守ってくれよ!


「あら、昔に熱烈なプロポーズしてくれたじゃない。それを忘れる私じゃないんだけど?」

「それは幼稚園の頃の話!」


 思い出させないで! 恥ずかしいから!


「私の作った夕飯を食べる仲なのに?」

「まるで結婚を前提に同棲してるみたいなこと言うな!」

「お父さんは冷たいね隆弘」


「愛おしげに腹に手を当てるなぁ! まるで俺が妊娠を認めないクズ男じゃないか」

「…………」

「そこは何か言ってくれよ!?」

「フフッ……やっぱり、ユウ君をいじるのは楽しいわ」


 そう言って、口元に手を当てながら笑っている。


「俺はげっそりとしたよ」


 お判りいただけただろうか。

 学校では孤高の撃墜王として知られ、クールな性格であまり笑わないと思われている遥華がこんな風に人をいじって楽しそうに笑う姿を。

 間違いなく、幼馴染の俺しか知らない一面だ。


「いいじゃない。幼馴染なんだから」

「それは理由になってねーよ……」


 そう、実は俺と遥華は幼馴染なのだ。もし仮に、俺たちが幼馴染というのがバレたのならクラスメイトからの嫉妬で殺されるのは言うまでもないだろう。


……どうして家にいるかというと、俺の食生活を心配した両親がお隣に住む遥華に料理をお願いしたからだ。その際、合鍵ももらっていたようでほぼ毎日、夕飯を作ってくれている。頭が上がらない話だ。


「……ちょっと待ちなさい」


 自室に行こうとしたところを遥華に止められてしまった。


「……なんでございましょう?」

「手に持っている袋を見せてほしんだけど?」


 まずい……これがばれるのは良くない。非常によくない。前にも『ポニーテールの楽園』というギャルゲーがバレた時があった。あの時は、ごみを見るような目で見られた後、没収されてしまったからだ。


 あとなぜか翌日、遥華の髪型からポニーテールに変わっていた。理由を聞くと不機嫌そうな顔で足を蹴られたけど。


「あ! 遥華髪切っただろ、似合ってるぞ!」

「切ってないわよ……誤魔化すな、ってい!」


 そう言って、横からスッとゲームが奪われてしまった。

 遥華は袋の中身を確認すると、ムシを見るような目に変わった。


「またこんなゲーム買って……次はおさげが好きになったのね……」


 呆れたように、遥華はため息をついている。


「別にいいだろ」

「まぁ、いいけど……これは没収ね」


 嘘だろ……今日買ったばかりで、プレイすらしてないっていうのに。


「そんな子犬のような眼で私を見るな」

「チッ!」


 せめてもの仕返しに、露骨に舌打ちだけでもしておく。


「まぁ、おさげならできるかな……でもミディアムとかショートになったらどうしよ……」

「?」


 何やら小さい声でブツブツ言っていたが、俺には聞こえなかった。


「それで浮気の報告は? まだ聞いてないんだけど」

「だから浮気なんて──」

「毎日、夕飯を作ってくれる幼馴染がいるのに、他の女にデレデレしてたじゃない……」


 そう言って、頬を膨らませながら唇を尖らせている。


「デレデレしてないし……何もなかったよ……」


 そもそも、それどころじゃなかったけどな。


「何かあったのね」

「……何で分かんの?」


 俺の嘘が一瞬で見破られてしまった。


「雰囲気よ。何年、ユウ君と幼馴染やってきたと思ってるのよ?」

「お、おう……」


 何か照れくさい……というか、帰宅した瞬間からばれてたのね。


「別に照れる必要ないじゃない。むしろ、ユウ君に何かあって気づけない方が嫌だわ」

「…………」


 いかん、本気で恥ずかしくなってきた。


「と、とりあえず、リビングでな」

「それでユウ君? 一体、黒沢さんと何があったの?」


 リビングのソファに座った瞬間、尋ねてきた。どうしても俺の話を聞きたいらしい。

 まぁ、気になるか……話さないといけないのか……。


「言っとくけど、楽しい話でもないからな。実は──」


 俺は遥華に今日あったことをできるだけ手短に話した。俺が言葉を重ねていくたびに、遥華の眉間のしわが深くなっていった。まるで導火線に火が付いたような状態だ。

 そして、俺が言葉を終えると、


「なにそれ」


 遥華は強い口調でもどかし気に呟いていた。


「確かにユウ君は友達いないし、ダサいし、暗いけど……」

「おい」


 そこは否定してくれよ。


「でも優しいし、男らしいところもあって、カッコいいって言うのに許せない」


 あれ? 俺の評価、遥華の中だと別人かってくらい高くない?


「というか、一発ぐらい殴ってくればよかったじゃない……せめて私がいれば……」

「喧嘩しないってお前と約束したろ?」


 あんな奴らを殴るために、遥華との約束を破るわけにはいかなかったし。


「約束したけど! 確かに、ユウ君が誰かと喧嘩してケガなんてしたら嫌だけど……あーもう! なんであんな約束しちゃったんだろう」


 小学校の頃、いじめられていた遥華をかばって喧嘩したことがある。軽いケガだったけど、遥華は罪悪感を持ったようで喧嘩しないと約束したのだ。


「大事なのは、どうやってあいつらを地獄に落とせばいいのかってことよね。クラス全員の前で同じことして泣かせてやろうかしら」

「冗談だよな! 頼むから俺のために争わないで!」


 こんな漫画でしか言わないようなセリフを言う日が来るとは思わなかった。


「なんでよ……私もユウ君もスッキリできて一石二鳥でしょ」

「そんなんで、遥華が喧嘩する方が、俺は嫌だからな」

「む……その言い方はずるい。ユウ君も何かあったらすぐに言ってよ。そいつらを私がすぐに地獄に落とすから」


 そのあとは、遥華が作ってくれた夕飯を食べ解散となった。遥華は納得してない表情だったが、意外にもすんなりと帰っていった。

 このまま何もないといいんだけど。


         ※


「ほら、起きなさい。朝よ」


 凛とした、非常に聞きなれた声が俺の耳に届いてくる。


「ん? んー……」


 きっと夢を聞いているんだろう。遥華が俺の部屋にいるはずないんだから。


「全く……優大君。西島優大くーん。朝よー」


 そう言って、カーテンの開かれる音が響いた。


「うぇ……まぶしい……」


 太陽の光が部屋中に差し込んできた。流石に、陽の光が差し込んでくると俺も目が覚めてきた。


「……なんでいるの?」


 俺の目の前にはなぜか遥華がいた。加えて言うなら、髪型がポニーテールからおさげに変わっていた。


「体調不良で朝練を休んだのよ」

「えらく元気な体調不良がいたもんだな……」

「もう治ったからいいの。リビングで待ってるから早く準備してきてよね」


 少しバツが悪そうな顔してるけど、絶対に仮病だよな……。それに準備ってなんだ? 


「あ、そうだ」


 そう言って俺の部屋から出ていくところを俺は呼び止めた。


「なに?」

「髪型変えたんだな。似合ってて可愛いぞ」


 ──ドスンッ!


 遥華はこれでもかと言うほど強く、頭を壁にぶつけていた。


「大丈夫か!?」

「あ……あんちゃこそ……いきなり……しょ、しょんなこと言って……」


 耳まで真っ赤にさせながら、俺のことを睨んでいた。


「悪かったよ。そんなに動揺すると思わなくて」

「だ、誰も動揺してないわよ……」


 この負けず嫌いめ。正直に指摘したら逆ギレされそうなので、あいまいに笑ってごまかしておく。

 ちなみに、変化した髪型を指摘しなかったら、それはそれで怒られる。指摘しても、しなくても怒られる。なんとも理不尽な幼馴染様だ。


 頬を紅潮させた遥華は口元を隠しながら、そそくさと俺の部屋から出ていった。


 俺も軽く身支度を整えてリビングに向かった。


「じゃあ、早速始めましょうか」

「俺には遥華が何をしたいのかさっぱり分からないんだけど……」


 なぜなら、はさみを片手に持つ遥華がいたからだ。部屋の中央に椅子が置かれ、床には新聞紙が広げられている。他にも、霧吹きや鏡まで用意してあった。


「何って……分からない? 散髪だけど」

「いや、だからこんな早朝から散髪する意味が分からないんだってば」

「一言で言うなら……そうね……ヒーロー育成計画? ほら早く椅子に座って」


 分からないことが増えただけだったが、仕方なく座ることにした。

 俺が座ったのを満足そうに見た後、遥華はコームで髪をすき始めた。


「うーん……トップの長さは問題ないかな……ってことは耳周りと前髪か……」


 遥華はスマホの画面と見比べながら小さい声でブツブツと呟いている。

 そうして、髪を霧吹きで濡らし切り始めた。

 チョキチョキと遥華が耳周りを切る音だけが静かな部屋に響く。それから突然、遥華は口を開いた。


「家に帰ってからいろいろと考えたけどね。やっぱりこのままはダメよ。なにより私が許せないわ」


 そう話す遥華の声色がひどく優しかった。


「たとえ約束を守ってくれても、ユウ君が傷つくのなら私は悲しいわ」

「よくそんなことスラスラ言えるのな……」


 俺はひどくこそばゆいぞ。

 遥華の持つはさみが右耳から左耳へと移動する。


「小学校の頃、太ってた私をいじめから守ってくれたように、私だってユウ君を守りたいんだから」

「え? う、うん……」


 何か今、すごいこと言ってない……? 聞いているだけで背中がかゆくなってくるようなことをさ。


「それで何かあったらユウ君がまた、私のこと守ってちょうだい。約束よ? 返事は!」

「は、はい!」


 俺の返事を満足そうに確認すると、次に前髪を切り始めた。


「うん……これで終わり。そのまま、目を閉じておいてよ」


 そう言って、遥華は俺の髪を触っている……というより撫でているような。残り毛でも落としているのだろうか。


「今から言うことに正直に答えてほしいんだけど。く、黒沢さんに告白されたとき、なんて返事するつもりだったの?」


 平静を装っているつもりなんだろうが、声のトーンでバレバレだ。ただ、こんなに声が震えているのは初めてだ。


「……断ってたと思うよ」

「どうして? 性格はともかく外見は可愛いじゃない」

「どうしても! 遥華こそ、聞いてどうするんだよ」


 本当はOKしたかったけど、頭の中に遥華の悲しむ顔が浮かんでしまい、なぜか口にすることができなかった。もちろん、こんなことは恥ずかしくて言ないが……。


「簡単なことよ、私はユウ君のことが──」


 そこから先はなんて言っているのか分からなかった。正確には聞こえなかった。なぜなら、話の途中で遥華は俺の耳を塞いでしまったからだ。


「練習とはいえ、結構緊張するものね……でも、最初はやっぱり二人のときじゃないとね……」


 俺の耳から手を放し、恥ずかしそうにはにかんでいた。


「? え、えーと……なんて言ったのか聞いてもいい?」


 小さい声で何かを言っていたが聞き取ることができなかった。


「いいけど……学校でね。ちょっとだけ失礼するわ」


 そのまま遥華はリビングから出ていき、三分後には戻ってきた。なんだったんだ。

 それから俺は、残り毛や切りカスを落とすためにシャワーを浴びてきた。ただ、ドライヤーで髪を乾かすなって言われたけど。


「ほら、ドライヤーはしてないぞ。次はどうするんだ」

「また座ってちょうだい。私がドライヤーするし髪も整えてあげるから」

「整えるってさっき切ったばかりだろ」

「ワックスつけるのよ……ほらじっとしてて」


 そう言って、ドライヤーで髪を乾かし始めた。時折、なんか髪を引っ張られた。文句を言ったらクセを付けるには必要なことらしい。正直、よくわからなかった。そしてそのまま、ワックスを髪に塗りたくり始めた。それも数分で終わったのだが、遥華にしては珍しく唸り声をあげていた。


「こ……これは……予想以上だわ」

「そんなに変だったのか? だったら……」


 手で固められた髪を崩そうとしたら、慌てて止められた。


「ちょ、ちょっと待って! 似合ってるから、大丈夫よ。ただ、私がいるとき以外は絶対にダメだからね、約束よ!」

「似合ってるんだったら別に……」

「もし破ったら、クラスのみんなにベッドの下の本のことばらすから」

「お任せください遥華様。絶対に自分からはしません」


 そう言われると、即答しないわけにはいかない。加えて言うなら、ベッドの下のは18禁の同人誌があるので、ばらされたら確実に俺の人生は詰む。なんとも、幼馴染様は恐ろしいものだ。

そして俺達は朝食を食べて一緒に学校に向かった。


           ※


登校し教室前に着いた。気のせいか、俺に対して視線を感じることが多かった気がする。ただ、間違いなく松田達の視線をもらうことにはなるだろうけど。


「ちょっ!? 遥華さんっ!?」


 そこで俺は思考が停止してしまった。

 なんでかって?

 隣を歩く遥華が頬を赤らめながらするっと、腕を組んできたからだ。



「いいから。行きましょう」


 突然のことにあたふたする俺とは反対に、落ち着いていて上機嫌な様子の遥華。

 半ば引きずられるようにしながら教室に入った瞬間、朝の喧騒に包まれた教室が静まり返った。


 それも一瞬のことで──


『……え、えええええぇぇぇーーッ!』


 ──数秒後に爆発した。


 多分、教室中の窓ガラスが割れるくらいにはすごかった。

 そして、我に返ったクラスメイトが近づいてくるのはすぐだった。


「し、東雲さん……そ、その男は……」

「え……東雲さんって彼氏いたんだ……」

「というか、東雲さんの隣にいるイケメンは? あんな男子クラスにいなかったでしょ」


 動揺しているのか、俺のことをイケメンだなんて言う奇特な女子までいる。


「見ての通りだけど?」


 遥華はにっこりと、不覚にもくらりと来てしまうくらい綺麗な笑顔を見せた。今まで、見せたことのない笑顔にクラスメイト達がぼうっとする。


「それに、彼は西島優大君よ。親公認で毎日、夕飯を食べる仲なの。だから……」


 その瞬間、遥華の笑みに意地悪さが混ざった。


「──残念だったわね、男子たち。私、彼のことが好きなの」


 再度、教室中がギャラリーからの歓声で爆発した。

 誤解させるような言い方も含めて、遥華の言葉はクラスの男子たちに間違いなくとどめを刺した。


「は、遥華! お、お前……」

「これで静かな学校生活が送れるわ」


 そりゃそうでしょうね! 遥華狙いの男子は確実にあきらめるだろうよ! 


「あと、黒沢さんってどこにいるの?」


 遥華の声が周囲に聞こえた途端、クラスの視線が一転に集中した。もちろん、視線の先には黒沢さんがいるわけで。


「え、えーと……私?」


 さすがに今の遥華を見て、状況が良くないと悟ったんだろう。今の遥華に気後れしているのは分かった。

 それでも、その場の雰囲気がそうさせたのか、足取り重そうにゆっくりと遥華の前に行く。

その時だった。近くまで来た黒沢さんのネクタイを掴んで自分の方に思いっきり引き寄せた。そうして、お互いの顔が1cm離れていないほどの至近距離で


「私のユウ君に何してんのよ。次、似たようなことしたら絶対に許さないから」


 ギロリと睨みつけながら、ドスを効かせながら、俺のために怒ってくれた。

黒沢さんはこくこくと、泣きそうになりながら何度も頷いていた。可哀想に……あれは完全にトラウマになるレベルだ。


「お、おい! あみに何してんだよお前ら。調子にのってんじゃ──」


 遥華の言葉にキレた松田がこちらに近づいてきた。言うまでもなく、あみというのは黒沢さんのことだ。


「ユ……ユウ君……!」


 俺は遥華の前に立って、松田の腕をつかんで正面から睨んだ。何かあったら守るって約束したしな。


「……そっちだろ、先に喧嘩ふっかけてきたのは」


 そのまま思いっきり力の限り握った。これでも中学時代は剣道部だったので、握力は人並み以上にある。


「ぐっ……イテテ! 分かった分かったから……クソッ!」


 そう言って悔しそうに松田は黒沢さんを連れて自分の席に帰って行った。


「ユウ君、守ってくれてありがとう、それとね」

「──ッ!?」


 なんと、クラス中が見てる前の前で、遥華は俺の首に両腕を回してきたのだ。

 遥華の顔が拳一個分の距離に迫る。


「さっきの返事聞いてないんだけど? それに、同じことを朝にも言ったわよ」


 イタズラめいた遥華の甘い言葉が耳に響く。


 さっきのってあれだよな。俺のことが好きっていう……うん? というか朝にもって──


「え、あれって……う、嘘……? いつから」

「小学校の時からずっとよ。それにいくら頼まれたからって、好きな相手じゃなきゃ毎日、料理なんてするわけないでしょ」


 遥華の揺れた瞳が俺を映す。


「あなたを愛してます。この気持ちは誰にだって負けない自信があるわ」


 爆弾が破裂するように胸が高鳴って仕方なかった。その理由も、黒沢さんに嘘の告白をされて断ろうとした時の理由も今になって分かった。


 俺は小さい頃から遥華のことが──


「ああ、俺も同じ気持ちだ。ありがとう。遥華のことが好きだよ」

「ユウ君!」


 そう言って遥華は感激したようで俺に抱き着いてきた。


「やっと伝わった……やっと繋がった……嬉しい……」

「遥華……」


 遥華は嬉しそうにしながら、俺の胸元に顔をぐりぐりとこすりつけている。

 そんな遥華が愛おしくて仕方なくて力強く抱きしめた。

 そしてお互いの視線が合わさると、俺達は引き寄せられるかのように目を閉じて──


「おはよう、みんな! 授業始めるぞー」


 教室のドアが開かれ、先生の声が聞こえた瞬間、俺達はビクーンっ! と身体を跳ねさせた。


「どうしたんだお前ら? そんなに寄ってたかって」


 あ、危なかった……ここが学校っていうの忘れてた……。それは遥華も同じようで胸に手を当てながらワタワタしているのが可愛くて思わず笑ってしまった。 ちなみに、クラスメイトたちはすごく残念そうな顔していた。


「ユウ君」


 遥華に呼ばれ振り向いたら、不意打ちで頬にキスをされた。


「♪※△♪※△!?」


 幸いにもクラスメイトは誰も気づいてなかったみたいだ。

 顔を真っ赤にさせながら、嬉しそうに遥華は笑っていた。


「次はユウ君からここにしてね」


 そう言って、遥華は唇に指を当てながら、俺にしたり顔を向けるのだった。

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