口笛
「そうだったんだ・・・・・・」
久しぶりに菜々美と二人で帰る。美月がいるのが当たり前になっていたから,この環境に対してなんだか変な感じもするが,二人で帰ることが出来ることがくすぐったくて,少し嬉しい。でも,これから話すことを頭の中で整理していると,急に胸がつっかえたように苦しくなる。今でも美月は好きだし,友達として仲良くやっていきたいと思っている。何より,私たちは三人で一つなのだ。これから今まで通り生活をすることが出来ないなんて,寂しすぎる。もし私があの日の出来事を黙っていることでこの友情が保たれるのであれば,それでもいいのではないかという気もする。でも,自分一人で抱えすぎるには大きすぎるこの悩みを菜々美に聞いてほしい。私は二つの思いにがんじがらめにされて,答えのない問いの中をぐるぐると彷徨っていた。菜々美は催促をするのでもなく私の顔を見詰めていた。言いたくなかったら言わなくてもいいよ,でもあなたの見方だよ。言葉を発しなくても,優しい心が表へ滲み出ている。私は口を開いた。
昨日のこと,これまで感じていた不自然な言動などをすべて話した。菜々美はすっかりいつもの度量の大きな姿を取り戻し,冷静に事態を見つめていた。
「ようするに,美月は茜に好意を持っていたってこと? だとしても,順番が違うよね。それに,前の学校のことを話すのは信頼の証って私は感じていたけど,何かのアピールだったってこと?」
分からない,と私は答えた。それが答えにならない正直な答えだった。美月が何か策略があって悩みを打ち明けたとは思えないし,思いたくもなかった。もう,何が何だか分からないのだ。
「辛かったね。怖かったでしょ」と菜々美は背中を思いっきり叩きながら言った。その手の力があまりにも強かったのでむせてしまったが,同時に涙も出てきた。咳による苦しさと,ぬくもりを同時に感じて訳が分からないままに涙が流れるままにしておいた。
「な~にえずいてんの? つわり? 勘弁してよ~」
「もう,冗談きつすぎ。ほんと容赦しないんだから。」
「どっちにせよ,美月とはちゃんと話をしないといけないんじゃない? 場合によっては私たちも付き合いを考えないといけないと思う。」
「そうなんだけど,何を話したら良いのか分からない。ほんの出来心でふざけただけなのかもしれないし,それに美月が一人で寂しそうにしているところも見たくない。こんなこと言ったら人が良すぎるようにも聞こえるかもしれないけど,美月のお母さんのことも気になるんだ。絶対寂しがるし,娘のことを気にするんじゃないかって思う」
頭の中が整理しきれていないままに一息に考えていることを言った。菜々美に伝わっただろうか。ほんの少し不安になりながら顔を上げて菜々美を見ると,深いため息をついて私の背中をたたいた。
「ほんと人が良すぎってか,いろんな人のことを考えすぎだよ。自分のことだけでもしんどいくせに。それに,別に孤立させてやろうとかそんなつもりがあるわけじゃないんだから。ただ,今のままだと安心してお互い付き合いきれないでしょ? 私も一緒に話をしたい。」
分かれ道が来た。ありがとう,とつぶやいてそこで別れた。聞こえたのかどうかわからないが菜々美は片手をあげて,また明日と言って踵を返していった。
菜々美と腹を割って話した翌日は,すっきりした顔で家を出た。
今日はテスト最終日。でも,私たちの間に大きく立ちはだかるのはテストではなかった。私は覚悟をしてきたつもりだ。これから三人の間に生まれることになるのかもしれない心の壁に立ち向かう覚悟だ。
教室に入ったらまっ先に美月のところへ行こうと思っていたが,まだ彼女は登校していなかった。昨日から登校時間が極端に遅くなった。あの日の後ろめたさから登校を渋っているのか,それとも何か別の理由があるのか・・・・・・。
菜々美はというと,私よりも早く来ていた。席に座っていたが私に気付くと立ち上がり手を振った。
「遅いじゃない。やる気になってるのは私だけ?」
歯を出して笑った。でも,その笑顔に陰湿さはない。常に菜々美の原動力は正義感だ。
「やる気って何よ。私は前みたいにみんなで仲良くしたいだけ。」
「それってテストよりも大事なこと? 大学入試というか,進級がかかってるけど」
「何言ってんの。テストなんてくそくらえだよ。私は気に入った友達と一生仲良くしていきたいの。」
「ひゅー。青春~~。ま,そうだよね」
菜々美が口笛を吹いた。それは,これからの重苦しくなるであろう予兆を吹き飛ばすような明るさがあった。ナチュラルな色付きのリップが菜々美の唇より色っぽく際立たせている。その尖らせた唇に男は惹かれるのだろうなあ,なんて全く関係ないことを考えては,私もその色気に惹かれていることをくすぐったく思う。
「あ,今私のくちびる狙ってたでしょ。ほんと,あんた絶対毒されてるって」
菜々美が口元を隠して言った。鋭いなあ,と一瞬たじろいだが,何でもないように返す。
「まじでやめてよ。菜々美を見ると昨日から下がまじで湿ってくんの」
「・・・・・・まじ?」
「冗談に決まってんでしょ。」
小突き合っていると菜々美の視線が教室の入り口に向いたのを感じた。美月が来たのだと悟った。
私たちは顔を見合わせて大きくうなずき,美月のもとへと向かった。
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