ツクツクボウシは愛を叫ぶ
うちの校舎はお世辞にも新しいとは言えない。クーラーのきかない体育館では,二階と一階の足元にある窓を全開にしているが空気の通りはかなり悪い。窓際に座って風を求めても,その努力はむなしくただ太陽に熱せられた空気がただ背中に当たるだけだ。
今日の体育はバドミントン。シャトルが右に左にと弧を描いて体育館の中を行ったり来たりとしている。私は野球をやっているからラケットの使い方も羽の打ち方もそれなりに自信があった。中学校でもバドミントンの授業があったが,同級生の中でも群を抜いて上手かった。
ただ,休みながらみんなの動きを見ていると,運動が上手いな,と思う。中学生の時はなかなかラリーが続かなくてイライラしたりするレベルだったが,こうして見てみるとみんな普通に自分の範囲に来たら相手に返している。スポーツができる生徒は頭が悪いと思われがちだが,進学校に進んでみて勉強ができる子っていうのはスポーツもそれなりにできるということを感じるようになった。勉強も運動も脳みそでしているのだから当然と言えば当然なのだけれど,楽しそうにラリーが続いているのを見ると全く関係もないのにこちらまで楽しくなる。中学生よりよっぽど良い。そして,体つきも高校生だな,と不埒なことも一瞬考え,頭を振って目の前でラリーを繰り広げている菜々美と美月に目をやる。
少し動いただけで湿気がまとわりつき,髪の毛が顔に触れるたびにくっつく。打ち上げられたシャトルの下に体を運ぶ。相手コートの隅をめがけて腕を振りぬく。ラケットは見事にシャトルを捉え,加速度的に勢いを増しては減速し,ライン上にポトリと落ちた。
「疲れた~。はい,交代!」
「おい,ラリーを楽しむということをできんのか。大谷翔平ばりのスイングするんじゃないよ! あー,かわいくない。」
「いやいや,せめてバドミントン選手に例えて。はい,次は茜ね。」
肩で汗を拭いながら美月は私にラケットを渡してきた。「上手だね。」と笑いかけてラケットを受け取る。お世辞でもなく本当に菜々美も美月も上手に打ち合っていた。
美月の買ったばかりの体操服には綺麗な折り目が付いていた。兄のおさがりを着ている菜々美や,先輩から譲ってもらったものを着ている私の体操服は,くたくたで襟のところもよれている。
とはいえ,三年生にもなるとほとんどの生徒の体操服は伸びたり,染みが目立ったりして経年劣化するものだ。
そんな集団の中でまっさらで石灰のように白い体操服に身を包んでいる美月の姿は,天使のような印象を一層強くした。
その服の真新しさにも劣らぬ白い肌。
すらっと伸びた足。
細身の体からは想像もできないが,体操服の膨らみ方と,更衣中にちらっと見えた脂肪の塊からは豊満な乳房を想像させた。
菜々美も茜も,運動部に所属してはいないが,どちらも運動神経は悪くない。シャトルはお互いのコートを弧を描きながらいったりきたりを繰り返し,二人はそれに合わせてきゃっきゃと言いながらラケットを振っていた。そんな光景をいつまでも見ていたかった。
ラケットを持って,シャトルを菜々美に向かって打つ。その軌跡を目で追いながら,さっき見た光景を思い出していた。途端に自己嫌悪に陥りそうになる。
窓際で涼むに涼めない中,私は高揚感に包まれていた。思えばこの空間は人によっては楽園なのだ。シャトルが行ったり来たりしているのを私は子どものように眺めていた。それと同時に,女子の身体というのはこんなにも人を引き付けるのかということを同時に考えていた。
スマッシュを打つためにラケットを振りかぶる,その時の乳房の形を露にして張った体操服。届くか届かないかの高さへ飛んでいくシャトル,それを打ち返すために飛びあがって揺れる胸。プレイヤーだけではない。友達を応援するために座って見ている女子たちのふくらはぎ,太もも,そしてその根元にある体操ズボン。太ももと体操ズボンの隙間を伺う自分がいることに気づいてからは,目のやり場に困った。男子はこういう目で女子を見ているのか,ということに一瞬思いをはせたのち,それを嫌がる女子たちの目が自分に向けられている気がした。
別に,下心があって見たわけでもないし,それに私は女子だ。スケベな男子たちが下品な笑い声を出しながら目尻の下がった性欲の象徴のような顔をしてのぞき見をしているのとはわけが違う。そう自分に言い聞かせて気持ちを落ち着かせることにした。
スパンッと風を切る音が目の前でした。菜々美がはしゃいでいる。まるで小学生みたいにぴょんぴょんと跳ねている。
「ナイスショットすぎ!! 今のはシャラポア,いや,大阪なおみだね! 茜,今天才的なショット見逃していたでしょ。しっかりその細い目をかっぽじって見とかないと!」
「うるさいなあ。細い目は関係ないでしょ」
美月が口元に手を当てて笑っている。私が不純な視線を置くていた間も今も,菜々美と美月は本当に楽しそうだ。この生活がいつまでも続きますように。あまりのまぶしさに遺伝的な目の大きさとは関係なしに思わず目を細めた。
それでも私は,窓の外から漏れてくる季節外れの必死なツクツクボウシの求愛の叫びを聞きながら揺れる美月の胸を眺めていた。
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