第9話 Tea for(4) 2 ~ 2人でお茶を
「ハーブに興味があるお客様をお招きできて、嬉しいわ。あんなにも熱心に、私のハーブ園を見てくださった方は初めてよ。お庭のお花を褒めてくださる方は、これまでも大勢いらしたけれど、ハーブについて語り合える人は少なくてねえ」
「は、はあ、ええ、そうですか」
こぽこぽと優しい音を立ててお茶を注ぎながら、ハナさん(まさかお母さんとは呼べない)はそう言って微笑んだ。ビデオで聞くよりも心地よい声音と、自分だけに向けられた視線と笑顔。嬉しいけれど刺激が強すぎて直視できない。おどおどと俯く私をどう思ったのか、
「そうよね、突然知らない人から声をかけられて、知らないおうちに招かれたら緊張するわよね。ごめんなさいね。私、いつもこうで、母によく叱られるのよ」
「え、いえ、そんな…」
「でも、ご縁って、そういうものだと思うのよね。夫ともそうして知り合ったの」
「そうなんですか」
「ええ」
にっこり。その笑みに、ようやくぎこちなく笑い返すと、あら、という顔でその微笑みはさらに深くなった。ああ、呼んでみたい。お母さん―。
「お…ハナさんは、どうしてハーブに興味を持たれたのですか?」
「ああ、私、小さい頃は体が弱くて。いろいろな薬を試したけれど、薬の副作用がダメで。で、薬草を試したらとても体質に合ったの。だから自分でもいろいろと研究するようになって、今ではすっかり健康よ」
言いながら小さくガッツポーズをしてみせる姿に、ほぅ、と、ため息が漏れた。そうだったのね。知らなかった話が聞けて、幸せな気持ちで満たされる。
「メイちゃん、あなたは? どうしてハーブに興味を持ったのかしら?」
問題ないとは思うけれど本名は言い出しかねて、咄嗟に、メイ、と名乗った私に(だって5月だったから)ハナさんはきらきらした瞳で覗き込んで質問する。そんな風にされると脳内に幸せホルモンが爆発的に溢れ返って、溺れそうな気がした。軽く咳払いをして、話しはじめる。
「あ、母が興味を持っていたので、私も興味を持つようになりました。母の影響である確率が、かなり高いと思います」
「まあ、お母様もハーブティーの研究を? メイちゃんのような素敵なお嬢さんのお母様も、きっと素敵な方ね」
それはあなたです、とも言えず、ええはい、とてもよい母です、と、ぎくしゃくと応え、どさくさに紛れて、大好きです、と付け加えた。それが自分に向けられた言葉とは、もちろんハナさんは気づかなかったけれど、でも、私の脳内には再び、ぶわっと、幸せホルモンが沸き上がった。鼓動が速くなり、頬が上気したのを自覚する。ああもう、死んでもいい。
けど、そうしてばかりもいられない。計画したとおりに、もっと会話して仲良くなって、また来てって言われるようにしないと。じゃあ次にお邪魔したときは私がお茶を、って流れを作らないと。それが本来の目的なんだから。意を決して目を上げると、驚くほど近くに、ハナさんがいた。お茶のお替りを注いでくれていたらしい。さあどうぞ、と目を見て微笑まれた瞬間、頭が真っ白になった。
「あああ、あの! 私、ハーブティーの研究をずっとずっと、続けていて、で、成分を科学的に分析して、効果がある確率が高い組み合せを独自に考案して、処方したりしているんです。結構評判もよくて、だから、あの、もしよかったら、私にお茶を淹れさせてくれませんか?」
「え?」
「あ、だから、あの、お庭のハーブを使わせていただけたら、私が見つけた調合でお茶を味わってもらいたいなって。ほらあの、ご馳走になってばかりでは申し訳ないですし、私のレシピの感想もいただけたら、なんて、その…」
いくら何でも唐突すぎでしょ―。ぽかんとした顔を見ながら、自分のストレートすぎる物言いに、これじゃもう呼んでくれなくなる確率はかなり高い、計画めちゃくちゃ! 私のバカ、アホ、と内心で自分に毒づき、そうしながらも、必死で言葉をつないだ。本当に泣きたい気持ちになったけれど…でも、しかたないじゃない、こんな状況で冷静にだなんて。そう思ったとき、
『あのう、ごめんね、心を読まないって約束したけれど、でも伝え忘れたことがあって。それに君がとても困っていて、心の声がダダ洩れだから―』
脳内に、申し訳なさそうな何とかセイバーの声が響いた。
「え? なに?」
「え? はい?」
思わず声に出してしまったら、ハナさんがびっくり顔で返事をした。いえいえ、何でもないですすみません、と言いながら脳内で問い返す。
『いったい何よ? 今大事なところなんだけど!?』
『だから、ごめんって。怒らないでよ。実は伝え忘れたことがあったことに気が付いたんだ。滞在時間について―』
説明、忘れてたんかい! と思うのと同時に、『ごめん…』というしょんぼりした声が返ってきた。
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