第6話 過去に戻れたらやりたいこと、それは―
ずっと考えていた。過去に戻れるとしたら。やりたいことはただ一つ。
お母さんに、会いたい。会って、一緒にお茶をしたりおしゃべりしたりしたい。あなたの娘だと名乗れなくても、全然構わない。通りすがりの少女としてでいい。仲良くなって、生きていたらこんな風に過ごしたであろうことを体験できたなら。そして願わくは、私が研究してきたお茶を淹れてあげて、飲んでもらうことができたなら―!
生まれたときからいなかったから、母はいないのが当り前で、正直、そのことを悲しいと思ったことはあまりない。その分、いたらどんな感じかなと、ずっと空想し続けていた。わずかに残る写真と、ビデオ、それが面影のすべてだから、想像は無限に膨らんだ。
あの不思議な2人は言った。過去の自分に入ることも、今の自分のまま、過去のある時点で過ごすこともできると。だったら、私の場合は、後者しかあり得ない。今のこの姿のまま20年ほど前に戻って、出会い、お茶をする。祖母はよく、あなたのお母さんはね、あの庭の前を通りかかって庭を褒める人を誰かれとなく誘っては、お茶をごちそうしていたのよ、と呆れたような懐かしいような口調で言っていた。父ともそうやって知り合ったという話だし、ならば、私が通りかかって庭を褒めたなら、庭のお茶会に招待してもらえる確率はかなり高いはず。そして、いろいろと話をして一緒に過ごすことができるはず。
「わかった、じゃあ、そうしよう。何年前がいいかな? 君のお母さんがハーブを育てはじめたのが、今から30年前か。じゃあ、そのころに―」
「いいえ! 20年前の5月、18日以降にお願い。」
「え? どうして?」
「えっとね、母の日記を見ていてわかったんだけど。庭の植物が充実してハーブティー作りを盛んに行っていて、で、誰かれ無く庭に誘っていたのが、22年くらい前からってなっていた。5月末なら庭で作業をする機会が多かったと思うし、それに、屋外でお茶をしても寒くないでしょ? 誘ってもらえる確率が高いと思うの」
「なるほど。でもさ、それなら22年か21年前の春でもいいんじゃない? なんでそんなに細かく日時を指定するのさ?」
「20年前のその日から、父が単身赴任していたからよ。
父は、AIシミュレータを使った科学分析を仕事としているんだけれど、そういう科学的なものの見方をする一方で、何と言うか、すごく勘がいいところがあるの。ちょっとした違和感とかにとても敏感で、しかも、職業柄か、その正体を徹底して解明しようとしがちなのね。そんな父に過去の世界で会ったら、私、ぼろを出しちゃうかもしれない。できれば、出くわしたくないわ」
「そうか、そういうことなら、確かに会わないほうが危険は少なそうだ。じゃ、20年前の、5月20日に送るからな」
「お願いします。そうそう、ねえ、過去に滞在している間は、どこで生活すればいいの? 着替えとか、寝る場所とか―」
言いかけた途端、足元から世界がぐらりと揺れた。地震? と思う間もなく、
「いってらっしゃ~い!」
明るい声がして、え? もう? ちょっとぉ、アホかぁあ、準備できてないのにぃぃ、と叫びながら、私は不思議な渦に巻き込まれていった。
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