ないあるあるのSF集

水金

第1話 タイムふろしきによる功罪~タイムふろしきは我々に何をもたらしたか~

noteですでに公開済み作品の転載です。

https://note.com/skqed/n/n68bc1d6acc41


※ドラえもんでおなじみのタイムふろしきが実際に製品として使用できるようになって1年後にこのような記事が出るのではないだろうかというSFです。

※タイムふろしきが抱える課題の「蘇生」「戦争」「殺人・虐待」については見る人によっては不快になる恐れがあります。



21XX年X月X日 XX:XX 未来ガジェット編集部


タイムふろしきが発明されて1年が経ち、タイムふろしき元年である1年間の間に22世紀最大の発明とも言えるこの道具は今や全人類の必需品となった。

タイムふろしきの発明を第7次産業革命とする声も多い。

被せた対象の時間を加速・逆行させるこの装置はありとあらゆる分野に応用されている。しかし同時に応用範囲が甚大であるゆえに悪用が跡を絶たず、法整備が追いついていないのが現状である。


この記事では、タイムふろしきの応用例を紹介し、タイムふろしきがもたらした功罪・タイムふろしきの抱える課題について整理して説明する。



古生物学・考古学・美術への応用


タイムふろしきの時間を逆行させる機能において最もその恩恵を受けたのは古生物学・考古学・美術であろう。

ありとあらゆるものを復元する能力の応用先は枚挙にいとまがない。


1. 古生物学

古生物学においては化石から炭素年代測定を行ったり、様々な復元手法によりその生物の姿を想造していたりしていたのが過去の研究手法である。

タイムふろしきは実際に生きていた頃の姿で復元・動き出すのを可能にするため破壊的イノベーションを引き起こし、最近の研究はもはや犬や猫を研究するような通常の生物学と同等の研究が可能となっている。


2. 考古学

ギルガメッシュ叙事詩に代表されるような古代文学作品は破損により解読不可能な状態で発見されることが非常に多かったが、タイムふろしきはこの問題を完全に解決した。

急に解読可能な対象が増加したため、考古学者は日夜解読作業に取り組んでいるとのことである。

また、21世紀に発生したノートルダム大聖堂の火災等、破壊されてしまった歴史的建造物の復元はもちろんのこと、モヘンジョダロのような遺跡の復元も行うことが出来るため、当時を再現・検証することが容易となっている。


発掘現場においては従来遺物や遺構を傷つけないため慎重に発掘を行っていたが、タイムふろしきは破片から復元できるため、一通り爆破し、吹き飛んだ埋蔵文化財の破片を見つけては復元する「爆破発掘」が主流となり、発掘調査のスピードは急速に上昇した。


3. 美術

現在、ルーヴル美術館所蔵のミロのヴィーナスには両手がついている。

サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会に収蔵されている最後の晩餐は何度も修復作業が行われてきたが現在は15世紀のままの姿となっている。

ありとあらゆる美術作品はタイムふろしきにより復元され、我々は造られた当時そのままの姿の作品を楽しむことが可能となった。


科学実験への応用

タイムふろしきの登場により実験の時間投資・金銭投資のハードルが非常に低くなったと言える。実験の試行回数が圧倒的に増えた昨今、自然科学は驚異的なスピードで進化し、全自然科学の論文数は昨年比10倍に増加しているとのことである。


1. 実験時間の短縮

特に新薬製造に代表される臨床試験は数年かかるのが通例であったが、投与する時間以外は全てタイムふろしきで加速させることが出来るため、数週間で完了することが可能となった。もっとも、後述するように人間は老衰以外の後天的な病は克服したため、専ら先天的な病を対象とする薬の開発が主となっている。


2. 対照実験の簡素化

時間を戻せば実験する前の状態に戻るため、同一のマウス、人体を用いた実験が可能となる。


3. 実験費用の削減

高級な試薬を用いる実験について、時間を戻せば使用前の状態となるため実験の失敗を恐れることなく様々な条件で実験をすることが可能となる。



人体への応用

タイムふろしきは人体にも作用する。

世の中は完全に景色を変えてしまっており、世間に認知されているためこの記事に書くまでもないことであるが、改めて列挙する。


1. 若返り・加齢

全人類はタイムふろしきにより20代の身体となることが多くなった。外見では子供~老人の区別がつかない状態となっている。究極のアンチエイジング(あるいはエイジング)商品である。


俳優やモデルは加齢を気にする必要がなくなった。

スポーツ選手の筋力は常に全盛期の状態である。脳を主とする反射神経系の衰えはタイムふろしきでは元に戻せないとはいえ、スポーツ選手の選手生命は圧倒的に伸びたと言える。逆に5歳の子供が加齢することにより大人同様の体格を得ることができるようになった。あらゆる競技において年齢別の階級は撤廃され、体重別の階級のみの導入が殆どとなった。



2. 病気・怪我の治療

ありとあらゆる事故による怪我はタイムふろしきにより治療可能である。

詳細は後述するが、電車の飛び込み自殺でさえ治療可能となったニュースは理屈ではわかっても理解が追いついていない人も多いのではないだろうか。


20代の肉体となるため、3大疾病も激減した。全ての加齢による病はなくなり、先天的な病を除き人類が克服していない病は脳の衰えによる老衰のみとなった。


タイムふろしきが抱える課題


1. 死者の蘇生

タイムふろしきは老衰以外の死亡者を生き返らせることが可能である。

XX月XX日に東京で起きた電車の飛び込み自殺は、体を強く打ち付け死亡した30代男性をタイムふろしきで生き返らせた初めての事例である。

男性は生き返ったことにひどく狼狽し、後日行方不明となった。警察の調べでは海への飛び込み自殺を実行したのではないかと推測されている。

タイムふろしきの登場により縊首による自殺(首吊自殺)は激減し、遺体が発見しにくい海への飛び込み自殺が急増している。水死体が発見されることも急増しており社会問題となっている。


21世紀で問題となった安楽死・尊厳死問題が形を変えて再燃している。

タイムふろしきによる蘇生が可能な中、あえて蘇生しないことは殺人として扱われるか否かは世界医師会の中でも議論の分かれるところである。

「蘇生されない権利」を求める声も上がっている。

スウェーデンにおいては臓器提供意思表示カードに「タイムふろしきによる蘇生を希望しない」欄が追加された事例もあり、徹底的な議論が求められている。

詳細な議論は「蘇生されない権利~22世紀の新しい権利~」(アンディ・タッカー著)を参考にされたいが、蘇生が可能となったことに我々の倫理観が追いついていないのが現状ではないだろうか。


2. 軍事転用


タイムふろしきにより戦争のあり方は一変した。

従来であれば軍を指揮する際には兵站は非常に重要な要素であったが、タイムふろしきにより穀物を増加させることが可能となったため兵站の輸送が非常に容易となった。

また、戦死者・戦傷者はタイムふろしきによって蘇生・回復出来るため各々が衛生兵となり、お互いの治療を行うことが可能となっている。

そのため銃などの死体の残る兵器よりはナパーム弾や核兵器のような死体が残りにくい兵器が使用される傾向となっており、これら非人道的兵器の使用に対応する反戦団体の声は大きい。



3. 殺人、虐待への使用

あまりに非人道的行為であり残虐極まりない犯行であるため、詳細はここでは記述しないが、「タイムふろしき殺人」は世界にセンセーショナルな影響を与えた。

タイムふろしきによる蘇生を用い、被害者を何度も死へ追いやったこの事件は社会問題となり、タイムふろしきによる蘇生機能を免許化とする運びとなった。現在では医療従事者等、一部の人間にしか蘇生機能は使うことが出来ない。


また同様に、虐待をしている親が虐待の痕を隠すためにタイムふろしきを使用する虐待隠しも多発しており、前述の事件と合わせ、人体への使用は免許が必要と法律を変更することになった。


4. 時間価値の変化

時間をかけることによって得られていた天然石や、アコヤ貝によって形成される真珠はタイムふろしきの登場により容易に作ることが可能となり、暴落した。

現在宝飾の価値はデザイナーによるデザイン、または金やプラチナのような分子自体の希少性にのみ価値を見出されるようになった。

このように、時間をかけて生成されることに希少性を見出されていた商品については価値が大きく変化することとなっている。


また逆に、タイムふろしきにより減価償却は消失したものと考えられる。

資産価値の低減・減価償却費用の処理については会計学者の間で議論を重ねている。

タイムふろしきによりあらゆる固定資産は獲得時の価値を保持し続けるため減価償却費はなくなるのではないかと考えられる。

税務会計上の損金が非常に少なくなり各法人に課される固定資産税や個人の家に課される固定資産税は大幅に変動するのではないかと考えられており対応を迫られている。


5. 精神の所在

タイムふろしきを人体に使用したことで驚くべきことは、記憶がそのまま保持されるということである。これは精神と肉体は独立して存在するとする二元論者の理論を補強することとなった。人間の思考はあくまで電気信号の結果に過ぎないとする物理主義の立場からすれば、タイムふろしきで若返らせた人間の脳はその肉体年齢までの記憶しか保持出来ないと考えるのが普通であるためである。

「タイムふろしきによって記憶は失われず、人間は脳の衰えによって死から逃れられない。これは精神そのものに寿命が存在しているためではないか」と哲学者のハンス・フォン・フィッシャーは語る。

この驚くべき結果をどう捉えればよいのか、哲学者達の議論は加熱しており、様々な論文が出されるようになっている。

詳細はハンス著の「タイムふろしき哲学」(独:Die Philosophie der Zeit Furoshiki)を参考にされたい。


まとめ

タイムふろしき元年とも言われる21XX年の間に世界は一変した。


18世紀の蒸気機関に端を発した第1次産業革命は今回のタイムふろしき発明により第7次産業革命に突入したと言って差し支えないであろう。


産業・経済・科学・生活に及ぼす影響は文字通り破壊的なイノベーションであり、急速な法整備が求められ、使用者の倫理・モラルが問われている。

人体への使用については法律が整い始めてきているが、人体以外の対象について、例えば動物実験などについてもまだ十分な議論が行われていない。

産業においても各界の連盟より使用を制限する声も上がっているが、インターネットの普及を止めることが出来なかったのと同様にタイムふろしきの普及を止めることは出来ないと考えられる。


タイムふろしきの登場により世界は目まぐるしいスピードで変化している。

またタイムふろしきにより精神の所在についても議論が発展している。

「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」

改めて考えければならない。

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