第86話 シバキアまでの道中、馬車内の親子の会話

【フェリシア視点】


やっと……………やっとこの時が来てくれた……………。

あの人がこの世界に平和を齎しに来てくれた理由であり、彼の唯一無二の親友でもあり、命の恩人でもある彼に、ようやく私も会うことが出来る。


あの人から散々話を聞かされて、今では私の親友の様に感じてしまうほどになってしまっていた。

オーズからの報告を聴くたびに、あの人ったら目を輝かせて、


「間違いない!アイツだ!生まれてやがった!!」


近頃ではめっきり見なくなった子どもの様にはしゃぐその姿に、私まで嬉しくなってしまったわ。


魔王の最期に呪いを受けてからというもの、あの人は何かに追い立てられるように生きていた。

今思えば生きている間にその彼と会えない事を覚悟していたのかもしれない。


それでも、彼が今後産まれてくるであろう世界を平和に――――――。


その信念だけは決して揺らがずに今日まで生きて来た。

これはきっと、ここまで頑張ったあの人に対する神様からの御褒美なのだと思えてしまって密かに涙を流した。

逢わせてあげたい気持ちと同じくらい、あの人とその彼を逢わせたくないという感情も芽生えてしまう。


彼に逢ってしまえば、あの人は燃え尽きてしまうのではないか?そんな風にふと思ってしまったから……………。





「まだシバキアには着かないのか?」


もう何度目になるか解らない同じ質問に、御者は苦笑いで応じる。


「アナタ、そう何度も聞かなくてもまだまだですよ?最終日には間に合うでしょうから大人しくして、ゆっくりと身体を休めておいてくださいな」


彼には万全の体調で到着してほしいから彼専属の治癒魔法師団を引き連れての移動となってしまって、それだけ移動する速度は随分と余裕をもって行われている。


けれど、この調子で彼に逢ってしまえば本当に死ぬんじゃないかという不安が、少し現実味を帯びて見えてしまって気が気じゃないわ。

未だかつてない程気分が高揚している彼を見て、私たちの息子も目を丸くしているじゃありませんか。


「これが落ち着いて居られるか!もうすぐ逢えるんだ!アイツに!それだけで、もう――――――」


私がハンカチを差し出すと、それで目元も拭ってまた目をキラキラと輝かせる。

ここ数日これも慣れたやりとりになってしまっていて、娘もくすくすと笑っている。

あの人ったら子供にまで彼の話をするものだから、子どもたち二人もすっかり彼とは親戚の様な気分になってしまってるのでしょう。


「父上がずっと逢いたがっていた恩人と逢えるんだから気が急くのもわかるけど、もう少し落ち着いて?そうでないと向こうに着いてもずっと寝込むことになるよ?」


「ふふっ、そうですわお父様。久方ぶりに会う親友にそんな情けない姿を見せてしまっても宜しいのですか?」


子どもたち二人にまで窘められて、ようやく少しだけ鎮火した様子。


「…………実は不安でもあるんだ。俺は間違いなくアイツだと思っても、アイツが俺だと認識できるかどうかわからねぇ。俺は………俺だけこんな老いぼれになっちまってるからな」


はぁ………その不安を紛らわせる為に無理して興奮して見せなくてもいいでしょうに…………こういうところは相変わらずなんだから。


「きっと大丈夫ですよ。アナタから聞いた彼が私たちの想像通りの人物であれば、きっとアナタに気付いてくれるはずだわ」


夫の手を取り優しく撫でる。


「気付かないならその時は僕が力ずくで思い出させてみせるさ」

「バカ、オメェは俺の勇者としての素養を全部受け継いでるんだぞ?アイツが死んじまうだろうが!」


私たちの初めての子、息子はこの人の英雄としての素質を余すことなく受け継いでいた。

本人はそれに決して驕ることなく努力も欠かさない子に育ってくれたから、私もこの人も安心しているのだけれど、誰とでもすぐに戦いたがるのだけは治らないのよね。

これも遺伝なのかしら…………?


「そうですわお兄様!私の未来の旦那様を亡き者になどさせません!」


娘の言葉にハッとして、改めて娘に問う。


「…………本当に彼の妻となることに異論は無いの?」


娘は彼が現れたと報告を受け「その彼の妻になりとうございます!」と嬉々として言い始めた。

娘が幼い頃から夫が彼についての話をしてきたため、ずっと憧れていたのだそう。

けれど自分が生きている間に彼が現れるかどうかが判らなかった為、今まで言い出せなかったらしいのだけれど………………。


「勿論です。想い人が私の生きている間に現れて下さったのです、私にはこれが運命のように感じましたもの」


彼が現れる事が無ければ、ギースとレンレン夫妻の長男と婚約させる話まで出ていた。

どういう事か?と問われて事情を説明すると、二人も夫と彼との事を知っているのでそれならば仕方がないと矛を収めてくれた経緯がある。

二人には無理を言ってしまって申し訳ないわ。


「でも!だ。アイツが望まないならその話は無しだ」

「心得ておりますわ、けれど中央府の上級貴族との縁談を断れるのでしょうか?」

「アイツなら断るな、気に入らねぇことは絶対に曲げねぇ奴だから」


「その時は妹の無念を晴らすために僕が決闘を申し込んでも良い?」

「だからダメに決まってるでしょう?折角現れた恩人を殺す気ですか?」


息子はどうやら本当に彼と戦いたくて仕方がない様子、まったくこういう似なくても良い所はあの人にそっくりなんだから…………。

解っているとは思うけれど、一応言葉で釘を刺しておいた。

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