第82話 マリーの憂鬱

【マリー視点】


模擬戦闘試験大会が近付いて来て、クラスのみんなも少しずつ緊張感が高まってきた頃――――――。


「お願いだッ!!マリーさんッ!!キミの知識が我々には必要なんだッ!!」


私は久しぶりに顔を出した魔導技研の部室で、部長をはじめとした部員全員に頭を下げられていた。




彼らが頭を下げて生きている理由、それはつい先日密やかに行われた部活動の活動報告会のせいだった。

魔導技研は私が入る事である程度の実績を残していた。

でもそれはお母様には御見通しだった。


「マリーちゃんが主導していない研究は無いのかしら?」


私も一応その場に同席していたのだけれど、その時のお母様はとても怒っていた。

表情としては微笑んではいた、でもその目が、声が、「私の娘を良いように使って楽してんじゃねーぞ?」と言っていた。




当然、魔導技研は部費が減らされた。

後日行われる全生徒たちへの活動報告会の結果次第で、部費を元に戻してもらえるか、さらに減額されるかが決まるのだそう。

全く活動していない訳では無かったので廃部は免れられるのだから、私としてはそれで良いじゃないと思うのだけれど……………先の校外実習でのイライラがぶり返して来て、もうこれ以上会話をしていたくない。

口を開かないで欲しい。

そんな私の願いは無駄に終わる。


「我々の研究には潤沢な活動資金が必要不可欠なのはマリーさんも知ってるだろう!?部費を減額されては我々の研究は更に遅れてしまうッ!!」


もう、我慢の限界だった。


「その潤沢な活動資金とやらで無駄に豪華な椅子や机を買い揃えてたのは貴方たちでしょう?部費の使い道を問い質されて没収されなかっただけありがたいと思ったらどう?」


「ぐ――――――」


「それに、研究が更に遅れてしまう?笑わせないで?私が進めないと全く、何も、進めていなかったでしょう?」


それなのによくもまぁ恥ずかし気も無くそんな事が言えるものだわ。

そして最後にこれだけは言っておかなければ気が済まない。


「私の事を気安くマリーと呼ばないでもらえません?貴方たちに愛称で呼ぶ事を許した覚えなんて無いのだけれど?」


言いたい事をようやく言えたのですっきりとした気分、私の言葉に魔導技研の子たちは何も言えずに黙り込んでしまった。


「ごきげんよう」


もう何も反論が無いようなので、そのまま私は部室を後にした。

あぁ、早くルシードに逢いたい……………大変だったなって、災難だったなって笑い飛ばして欲しい。




それからも度々魔導技研の部員たちは私に頭を下げに来た、まったく………そんな事をしている暇があるのなら少しでも研究の為に時間を割いた方が有意義でしょうに。

遂には私の居る教室にまで休み時間の度押しかけてくるようになってしまった。


「毎回しつこい方々ですわね?」


その様子にイザベラが苦言を呈した。

私を背に庇い、また頭を下げに来た魔導技研の部長であるテオドア君を睨みつける。


「テオドア君?これ以上しつこく来るようなら生徒会として動かないといけなくなるよ?」


私が困っているのを見かねてモアも彼と対峙する。

クラスのみんなも黙ってはいるけれどテオドア君を見る目は冷ややかで、休み時間の度に来る彼らに辟易しているようだった。


「わ、我々はッ!そんな脅しには屈しないぞ!?我が魔導技研にとって彼女の知識が必要なんだ!!」


なよなよしたわかめの様な髪を震わせて、テオドア君は引き返すことは無かった。

トイレから戻って来たルシードが状況を察して間に入って来ると、


「帰れって言ってるだろ?これ以上マリーに迷惑かけるってんなら、こっちもそれなりの手段を講じさせてもらうけど良いよな?」


「ルシードっ………………くっ、今日のところはこれで――――――」

「明日以降も来んなって意味だぞ?理解してるか?」


ルシードはテオドア君にそれ以上何も言わせなかった。

すごすごと帰って行くテオドア君に、私はひっそりと溜息を吐いた。


「マリーも災難ですわね?」

「今ならフェデラーに言い寄られてたモアの気持ちが分かる気がするわ…………」

「あはは…………困っちゃうよねー?」


イザベラの同情的な視線がげんなりした私をそっと癒してくれる。

そんな光景にモアも加わって、クラスにようやくいつもの雰囲気が戻って来る。


「ルシード、ちょっと良いかな?」

「ん?どうしたシルヴィオ?」


シルヴィオ君に呼ばれて教室から出て行った二人を目で追う、気のせいかもしれないけれど近頃シルヴィオ君とルシードの距離が近い気がする。

それもシルヴィオ君の方からルシードに近寄って行ってる感じ、そうして見ていると時々シルヴィオ君はルシードの事をうっとりとした熱のこもった眼で見つめているような気さえしてくる。


シルヴィオ君ってもしかして――――――……………。


「あの二人って…………仲良しさんだよねー?」


モアが突然そんな事を言い始めた。

気になっていたのは私だけじゃなかったことに安堵しつつ、モアの発言に乗っかる。


「えぇ、何故か最近増々距離が縮まった様な気がするわね」

「二人もそう思っていたんですのね?わたくしだけでなくて安心致しましたわ」


良かった、イザベラもだった。

でもルシードのことに関してこの三人が揃ってそう思うって事は――――――。


「そろそろに取り上げねばなりませんわね……………?」


イザベラの言葉に、私とモアは同時に頷くのだった。

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