第52話 エンルム家に居るとハゲる

ロイさんの執務室の前に到着すると、ノックするのを待たずに扉の前に控えていた使用人が一礼してドアを開けた。


「来たか」


相変わらず偉そうで気に食わないツラしてんなぁ。

俺を厄介者として見ているのは相変わらずのようで、応接スペースのソファにいつもの様に座る。

そしてまたもや珍しく、オーズさんが俺の隣に腰を下ろした。


「もうあの二人に会ったそうだな?」


ロイさんも向かいに座るや否や話を切り出した。

これにはオーズさんも目を見開いて驚いていた。

俺は………予想はしていた、この人には俺の父親としての自覚なんてものは無い。

だから学校での俺の様子を訊く必要も無いと思ってる、オーズさんがそれらを報告するために此処に来てるって事にも気付かない。

大した御当主様だよな?呆れ果てて怒る気にもならねーわ。


「はい。突然妹が出来ていて驚きました」


「あの二人の生家であるガスパーナ家はもう既に貴族籍ではない」


俺の嫌味に何も反応を示さず、只々自分の話したい事を一方的に告げているロイさんに俺はもう何も言う気も起らず話を聞く事にした。


「元々ガスパーナ家は鉱山で生計を立てていた中級貴族だ、ところが近年その採掘量は激減して遂に閉山することになってな………そして生活苦となり、せめて娘たちだけはと遠縁である我が家を頼って来て、引き取る事になった」


あー……もしかしてそれってエンルム家のイメージアップの為だけに二人を引き取ったって事か?人の命を預かるって事、ちゃんと解って言ってんのか?

そりゃあ孤児院や修道院に送られるより、生活水準が悪化する事は無いから二人にとっても有難い申し出だったのかもしれねーけど………何かロイさんの認識が軽い気がするんだよな…………。


「なぜそのような話をルシードにするのでありますか?」


オーズさんが見かねて話に割って入った。

それもそうだよな?子どもに聞かせる話じゃない。


「一応、言っておこうと思ってな…………あの二人は将来望めばアルフォンスの妾となる可能性もある。くれぐれも手を出すんじゃないぞ?」


「……………承知しました」


…………勿体付けて結局はこれか、馬鹿々々し過ぎて反吐が出る。

胸糞悪いがブチギレせずに、何とか頭を下げることが出来た。

言いたい事は終わったのか、執務机に戻ろうとするロイさんをオーズさんが呼び止めようとするが、俺はその手を静止させて小さく首を振った。

俺はそのままオーズさんの手を引いて、執務室を足早に出て行った。


「ルシードよ…………良いのであるか?」

「……良くは無いです。でもあの人に何を言おうと無駄だと思い知りましたから」


あの人の中ではいつまで経っても俺は厄介者でしかないんだと、思い知らされた。

エンルム家のポテンシャルは俺の想像以上だわ、この家に居たら俺は将来絶対ハゲるな………確信に近い自信がある。

先にストレスでどっかやられてくたばる方が早いかもしれねーけどな。

俺よりもオーズさんの方がイライラしてるのを見ると、不思議と落ち着くことが出来た。


俺とオーズさんはミューレさんに会いに離れに向かうと、その道中廊下に思わせぶりにもたれかかったアルフォンスが居た。

両手はズボンのポケットの中に突っ込んで、口元だけを吊り上げる感じで笑っているんだが、アルフォンス…………お前それカッコイイとか思ってるなら今すぐ止めといた方が良いぞ?


「久しぶりだな愚弟――――――って!?ちょっと待て!?僕を無視して通り過ぎようとするなッ!!」


俺もオーズさんもうんざりした顔をする。

久しぶりに会って愚弟呼ばわりするような馬鹿の知り合いは居ねーんだよ。


「はぁ…………お久しぶりです、兄上。僕に何か御用でしょうか?」


仕方なく相手をする為に足を止めた。

どうせここで振り切っても後でヘレンさんやロイさんにお小言貰うだけだからな。


「ふん!わざわざこの僕が話しかけてやったんだ。ありがたく言う事を聴けよ?貴様の傍仕えのサリアだが、アレを僕に献上―――――」


言い終わる前に俺は無言でアルフォンスに腹パンした。

腹を抑えてその場に蹲るアルフォンスの頭を俺は即座に踏みつける。


「よく聞こえませんでした。兄上、もう一度言ってみて下さい」

「ぐ、き、貴様次期当主である僕に対してこんな事をしてッ―――――!?」

「もう一回治癒院行っとくか?ああ゛?」


頭から足を退けて、アルフォンスの耳元で囁く。

都合の良いその頭でも思い出せるように、強めに言うとアルフォンスの顔が見る見る間に青くなっていく。

そしてアルフォンスは傍に居たオーズさんの脚に縋りついて助けを求めた。


「今のを見たなッ!?これがルシードの本性なんだッ!!まだまだ躾が足りてないじゃないかッ!!この一年間いったい何をやってたんだッ!?」


アルフォンス、お前こそエンルム家が頼み込んで家庭教師になってもらったオーズさんに対してその物言いは無いだろう?


「………本当に、まだまだ躾が足りてないようであるな?この一年間何をしていたのであろうか………?」


そう言ってオーズさんはアルフォンスの襟を鷲掴みにして逃げられないように持ち上げた。


「ルシードよ。この愚か者は吾輩が”指導”しておく、貴様は先に行ってミューレ殿に吾輩が遅れる旨を伝えておいて欲しいのである」


「わかりました、ごゆっくり」

「うむ!!久々に筋肉が躍るのである!!」


「嫌だぁぁぁ!!放せッ!!僕は、僕は次期当主なんだぞッ!!早く誰か助けろぉぉぉ!!」


こうして俺はオーズさんと喧しく悲鳴を上げるアルフォンスを見送った。

持ち上げられた時に見えたのだが、どうやらアルフォンスも俺の腹パンを受けてちびってたようだ。

そのまま誰にも助けられることも無く叫び声だけが聞こえて来て、俺はそれらを無かった事にして離れへと急いだ。

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