第53話 信頼と実績

アルフォンスの妨害があったけど気にしない事にして、俺は離れの扉を開けた。

すると中から何やら楽しそうな声が聞こえてきた。

丁度マーサが近くに居たので声を掛ける。


「楽しそうだね?」

「えぇ。あの御二人のおかげでミューレ奥様も随分と、明るくなられました」


聴こえてくる声から察するに、居るのはアイリーンとミモザだろう。

こういう”女子だけで盛り上がってる空間”ってのに、ずけずけと入って行けるほど俺は勇者じゃない。


「日を改めた方が良いかな?」

「そう言わずお顔を見せてあげてくださいませ。所詮あの二人はミューレ奥様に取り入ろうとするだけ、行く末はアルフォンスの妾に成るやもしれぬ存在です。真にミューレ奥様が第一に考え、大事にしなければならないのは誰なのか思い知ればよいのです」


あの二人のおかげでミューレさんの機嫌が良いのは事実なようだ、けれど傍仕えのマーサはあまり良い感情を抱いていないようでその言葉は辛辣だった。


「母上も、寂しかったのだと思うよ?」

「それはそうでしょうとも。ですがそれがルシード坊ちゃまをないがしろにして良い理由にはなりません、ましてお腹を痛めて産んだ子を忘れ、見知らぬ娘に縋るなど言語道断でございます」


「別に蔑ろにされたとは思ってないよ?」

「けれど出迎えの時に姿が見えず、寂しさを感じましたでしょう?」

「…………バレてたか」

「ダテにこの齢まで生きておりませんよ、それに失礼ながらわたくしめからすればルシード坊ちゃまもまだまだ子どもでございます。甘えられる間に甘えておいた方が宜しいかと存じますよ?」


テキパキとお茶の用意をしながら、マーサは俺に向けてにんまりと笑った。

…………こりゃあ勝てねーわ。

そしてマーサに呼ばれる形で、サプライズで入って行く事になった。


「ミューレ奥様、愛しの君が戻られましたよ」


マーサ………そのセリフはクサすぎるだろ入り辛いわ。


「マーサ?愛しの君とは誰の事かしら?」


そこでロイさんの名前が出てこなくて、何か安心するわ。

変にリラックスできた俺はゆっくりとミューレさんに近付いた。

二人に本を読んであげていたのか、ミューレさんは本を持ち、妹二人はミューレさんのベッドの上に居て、馴れ馴れしい――――――突然降って湧いたようなどす黒い感情に俺自身が一番驚いた。

けれどそんな感情は周囲にバレないよう必死に押し殺す。


「お久しぶりです。母上………本日から長期休暇により帰って参りました」


嵐の様などす黒い感情を、若干の照れくささで隠しつつミューレさんに挨拶をすると、ミューレさんは両手で口を抑えながら大粒の涙を流した。


「ルシード………今日が帰ってくる日だったの?私……すっかり忘れて―――――」


うっかりじゃなくてすっかりだった事に更に地味にショックを受ける。

それは俺がショックだったのか、ルシード・エンルムの残した感情が受けてるのかイマイチ判断がつかない。


「構いません。普段僕は一緒に居ることが出来ませんから、僕を忘れるくらいアイリーンとミモザと一緒に居て楽しかったのであれば喜ばしい事だと思います」


自分でも意味わからなくなるくらい寂しく思ってるくせに、口から出たのはそんな言葉だった。

俺の返答が意外だったのか、アイリーンもミモザも目を丸くしていた。

…………多少はな?それなりの態度をとれるようになってきてるんだよ。


それでも、ミューレさんの顔は晴れない。

まるで俺の内に吹き荒れる嵐を見透かしているかのように「ごめんなさい」と謝り続けていた。


「ミューレお義母かあさま………ルシードお兄さまも構わないと言ってくれていますし、そこまで御自身を責めないでください」


「そうです。ミューレお義母さまは何も悪くありません」


この空気感の中でもミューレさんに擦り寄って行こうとするその根性はスゲーと思う、けど相手が悪すぎた。


「アイリーン御嬢様、ミモザ御嬢様。いつまでミューレ奥様のベッドの上に居るおつもりです?幾らルシード坊ちゃまが構わないと申し上げていたとしても、御二人のその態度はわたくしの目から見ても不快なものです。エンルム家の御令嬢を名乗るのであれば、久しく会っていなかった御二人の邪魔をせぬようにそっと退室するといった気遣いをするくらいの事は言われずともしていただかなければ困ります」


かなり無茶な事言ってると思う…………今のは表向き二人に言ってるけど、本当はミューレさんに対して言ってるな……どうやらマーサは俺が思っている以上にかなり怒ってたみたいだ。


「二人とも、今日はもうお部屋に戻りなさい?」


その意味するところはミューレさんにもばっちりと通じたみたいで、慌てた様子で二人に退室を促した。

二人は何処か納得いかない顔をしていたが、マーサが怖いのか逃げるように出て行った――――――不自然な場所に置かれたクマのぬいぐるみを残して。

俺がそれに視線を向けていると、


「あぁ、それはね?ミモザが私が寂しくないようにって今日くれたものなのよ?」


………………怪しいな。

特に今日ミューレさんに渡したってのがホント臭う。

こうして凝視していると、ほんの微かにだが魔力の流れを感じる…………。

俺は二人に向けて”静かに”ってジェスチャーをすると、二人は不思議そうにしながらも頷いてくれた。

そして俺はそのクマのぬいぐるみを鷲掴みにすると、


「アイリーン、ミモザ、聴こえているな?今すぐ謝るのなら許してやる。もしこのまま黙って居るつもりなら…………………」


俺はそこで一旦言葉を区切り、アルフォンスが二人に植え付けているであろう俺の極悪なイメージを最大限利用させてもらう事にした。


「その腹にワンパンキメて無様にお漏らしさせてやる」


悪役レスラーもしくはデスメタルをイメージした声でクマのぬいぐるみに言い放った。

ここまで腹パンしたのはたった二人だが、その二人ともが”漏らす”か”ちびる”という信頼と実績がある。

女子に手を出すのは悪じゃないのかって?

先に仕掛けて来たのは向こうだし、脅しだからOKだろ?

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