閑話・裏話 サリアの日記
【サリア視点】
私がルシード坊ちゃまと出会ったのは、ルシード坊ちゃまが御生まれになられた日だった。大変な難産で、その日は人手不足だったのでまだ見習いの私まで駆り出されていた。
一生懸命この世界にその存在を認めさせようとしているかのように、産声を上げていたルシード坊ちゃまを今でも鮮明に覚えています。
この時に私はこの方に身命を賭してお仕えするのだと心に誓いました。
それからすぐの事でした。
ルシード坊ちゃまの母君であるミューレ奥様が病に伏してしまい、暫く御二人が会えない日々が続きました。
何とかミューレ様の容態が安定してきた頃には、もう既にルシード坊ちゃまはその天使の様な見た目とは裏腹な悪名を轟かせていました。
けれど誰もが”気を引きたいだけ”と、相手にもしなかったのです。
丁度その頃は運悪くアルフォンス坊ちゃまも体調を崩していた事も、放置された要因の一つでした。
ルシード坊ちゃまのイタズラの矛先は兄であるアルフォンス坊ちゃまに向けられました。
ルシード坊ちゃまからすれば、病に伏すアルフォンス坊ちゃまはちやほやされているように見えたのでしょう。浅はかで、愚かで、そして悲しい考えです。
そして私は念願叶いルシード坊ちゃまの傍仕えになる事が出来ました。
お婆様にもお母様にも「止めておいた方が良い」と言われましたが、元を糺せば誰もルシード坊ちゃまを諫めもしなかったのが原因なのに、それをルシード坊ちゃま一人の責任にするのは些かな納得出来ませんでした。
ルシード坊ちゃまは他人の痛みの分からない子どもでした。
私は幾度となくまだ長かった髪を引っ張られ、辛辣な言葉を浴びせられました。
それを見ていた周囲の者たちは口々に言います。
「やはりアレは出来損ないか」
「あんなのに近付きたくもない」
「サリアもアレに近付くのはお止めなさいな」
常々私に辛辣な言葉を浴びせるルシード坊ちゃまに疑問を抱いていた私は、その疑問の答えが解ってしまった。
ルシード坊ちゃまはただ、自身に向けられる言葉を私に言っているだけにすぎないのだと………………。
私に向けるイヤらしい視線も、女性の身体に対する興味も、全てルシード坊ちゃまの周囲に居た人間たちが言っていた事に坊ちゃまが興味を持ってしまっただけだったのです。
それが解ってしまった私は、気が付けば涙を流していました。
初等部に通い始めたルシード坊ちゃまはとても楽しそうに過ごされる様になりました。
私にも隠れてなにやら一生懸命にしているようですが、とても楽しそうなので私は黙って見過ごすことにしました。
それが、間違いだと気付いたのはベッドで息もせずに横たわるルシード坊ちゃまを見つけてからでした。
幸いにも私が魔法で治癒できる類の毒だったので何とか一命は取り留めましたが、意識は戻らないままでした。
このまま目覚めない方がルシード坊ちゃまには幸せな世界なのかもしれない、そんな風に考えていた矢先のことでした。
ルシード坊ちゃまが眼を開けたのです、けれど周囲の状況に困惑しているのかきょろきょろと周囲を見回して、何処か他人行儀に声を掛けてきたのです。
もしかして生きていた事に絶望してしまっているのでしょうか?
坊ちゃまの反応が薄く、それが私の眼には生きようとする意志が希薄なように感じられて、つい胸を触ろうとしたことを責めてしまいます。
すると坊ちゃまの目からは大粒の涙が零れ始めて、そして坊ちゃまは床に平伏して謝罪をしてきました。
違います坊ちゃま!私は謝罪など求めていないのです!
罪悪感に圧し潰されそうになりながらも、私は何とかそれらの言葉を呑み込みました。もしここで許してしまったら、坊ちゃまはまた死のうとするのではないか?一度そんな風に思ってしまうと言い出せませんでした。
この時の私には、坊ちゃまが許されたくて生きようとしている様にも見えて、それならばと簡単に許しを与えられなかったのです。
辛くても、悲しくても、絶望しても坊ちゃまには生きていてほしくて………。
アルフォンス坊ちゃまもルシード坊ちゃまを責めていました。
普段であれば私が追い払うのですが、同様の理由で私は止めなかった。
エンルム家の愛を一身に受けたアルフォンス坊ちゃまは、ルシード坊ちゃまを敵視していました。
命にかかわるようないたずらをされたのは事実です、けれどそれはルシード坊ちゃまが体験したことを模倣したに過ぎないのです。
周囲の者たちが悪く言う言葉をそのまま真に受けて、ルシード坊ちゃまを責めるアルフォンス坊ちゃまに私は吐き気を覚えました。
それにしても目覚めてからの坊ちゃまは感情表現豊かです。
意識不明になる前は負の感情を詰め込んだような顔が基本だったので、目覚めてからにこやかな笑顔を向けられた時の破壊力と言ったらもう…………尊い――――。
ミューレ奥様との面会を終えた後、私は怒っておりました。
ルシード坊ちゃまが私の傍仕えの任を解くと仰ったのです。
私はついつい再び責めるような口調になってしまいましたが、結果ルシード坊ちゃまに褒め殺されそうになりました。
今までそのような事一度も言われた事の無かった私はそれを素直に受け取ることが出来ずに、疑ってしまいます。
そして坊ちゃまは生まれ変わったのだと、仰いました。
これからのルシード坊ちゃまを見てほしい、とも………………。
そうであれば尚の事私をお傍に置いて下さっても良いでしょうに、とは言えませんでした。
ルシード坊ちゃまの言葉から生きようとする意志が感じられたので、それ以上は何も言わずに屋敷のメイドとしてルシード坊ちゃまの近くに居る様にしようと心に決めました。
何なのでしょう!?あの照り焼き筋肉は!!天使のように愛らしいルシード坊ちゃまが筋肉になったらどうするつもりなのです!?
私はそんな怒りを抑え込みながらお風呂場へ向かうと、ばったりと裸の坊ちゃまと遭遇してしまいました。
タイミングの良い事に一糸纏わぬその御姿を目に焼き付けてから扉を閉めました。
坊ちゃまから謝罪が来ましたが、とんでも御座いません、ごちそうさまです。
自然とにやけてしまいそうになる今の私を坊ちゃまに見られなくて良かった。
けれど脱衣場から物凄い鈍い音が聞こえて来たので、心配になりそーっと扉を開けてみると、坊ちゃまが倒れているではありませんか!?
私は出来るだけ、そう出来るだけ坊ちゃまの身体を見ないようにして服を着せて坊ちゃまの御部屋へと運びました。
相変わらずとても軽いその御身体は今にも儚く消えてしまいそうで、自然と力がこもってしまいました。
坊ちゃまの寝顔を暫し堪能――――――じゃない、怪我の具合を診て大丈夫そうだと判断した後、そっと坊ちゃまの部屋を後にした。
次の日の同時刻、まるで生まれたての仔馬のように足をぷるぷると震わせた坊ちゃまが木剣を杖代わりにして廊下を進んでおりました。
私はいつ坊ちゃまが倒れても良い様に身構えながら近付いて行くと、昨日の御礼を言われました。
もう本当に、ルシード坊ちゃまは世界一可愛くて尊い…………。
私の足は自然とルシード坊ちゃまの後ろを付いて行っていました。
寧ろ当然ですよね?昨日あのような事があったばかりなのですし?
その後、照れて「脱衣場までなら……」と言ってくださった坊ちゃまも最っ高!!
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