第1227話  エルフだから弓?

 あのワイバーン討伐作戦から帰還して、はや数日。

 ネス湖湖畔のトールヴァルド邸は、いつもの穏やかな日常を取り戻しつつあった。

 戻して…では無く、戻しつつと言ったのは、別に良い間違いなんかじゃない。

 どうにも日常とは言い難い出来事が日々起きているからだ。

 まあ、その事件の震源地…じゃない、中心にいるのは、何を隠そういつまでもラブラブ新婚夫婦のユズカだ。

 何故か毎日の様に、ユズカを訪ねてドワーフ親方衆やマッチョエルフが何人もやって来る。

 しかも、俺の目に付かない様にコソコソと何かを話し合っている様だが、バレバレだぞ?

 まあ、何をしているのかなんて想像すれば簡単な事なんだけどね。


「なあ、ユズキ…」

「何でしょうか、伯爵様?」

 俺は執務室で書類と格闘しながら、お茶を持ってきたユズキに話しかける。

「連日、ドワーフやエルフと何をコソコソやってんだ、ユズカは?」

 俺の左にL字に机を並べ書類仕事をしていたマチルダが、俺達の会話に聞き耳を立てているのが雰囲気で分かった。

「多分…新しい武器の類の話じゃ無いですかねぇ」

 そうだろうな、そうだと思ったよ!

「いや、だから兵器の開発とか研究は止めろって言ったはずだよな?」

 あのワイバーン討伐の折、俺は確かに2人にそう言ったぞ。

「ええ、引きの開発も研究も一時ストップしてますよ?」 

 何を言ってるんですか? って感じで、きょとんとした顔でユズキが答えた。

「いや、兵器の話してんだろ?」

「いえ、武器です」

「へい…えっ、武器?」

「はい、武器です」

 えっと…どゆこと?

「ランチャーとかロケットとか、ポジトロンライフルとか波動砲とかメガ粒子砲とかはまずいと思って自粛してます」

「え、ああ…うん…」

 ポジトロンライフルって、あの人造の巨人が使ってた奴? 波動砲とかメガ粒子砲って…かなり版権的にOUTなんじゃ…。

「なので、某乱暴者が使ってたコンパウンドボウの開発を進めている所です」

 …エルフに弓だから、イメージ的にはあってるのか? しかも同じマッチョだし…。

「いや、ちょっと待て。あの乱暴者は複合弓だったはずだろ? コンパウンドボウって、進み過ぎなんじゃ無いか?」

「何をおっしゃいます! 確かに2ではリカーブボウでしたが、3からはコンパウンドボウです!」

「お、おぅ…」

 何かユズキの変なスイッチ入れちゃったかも…。

「そもそも複合弓って表現が曖昧過ぎます!弓に木材や動物の骨とか金属などを張り合わせた弓の事を複合弓と言います。そういう意味では、乱暴者で使われていた物もコンポジットボウなのでその表現は間違いではありませんが、あれは正確にはリカーブボウなのです! そして、現在世界も最も普及していると言われているのが、滑車を用いたコンパウンドボウで、その流れに乱暴者も弓を変えたんです! まぁ、最後の話では、リカーブボウに戻ってたのは原点回帰なのかもしれませんが」

「あ、ああ…うん」

 やぶぁい! こいつ、実はそっちの方のマニアだったのか!

「現代ファンタジーでのエルフのイメージでいえば、確かに複合弓か短弓、もしくは長弓って考えるかもしれませんが、そんな武器を持って森の樹々の合間を走り抜けたり跳びまわったり出来るとでも? もっと現実を見てくださいよ! そもそも、樹々の生い茂る森の中で、弓矢で戦う? 馬鹿な事を! 銃でも威力減衰甚だしいというのに、森の中で弓で戦えるわけ無いじゃないですか! 大体、エルフの耳が長いだの身体能力が高いだの、知識に豊富だの、精霊魔法を使うだの、そんな固定的なイメージはトールキン先生の小説が元であって、北欧神話ではそんな説明はされてません! しかも、当のトールキン先生は、エルフの耳が長いなど、一言も小説で語ってません!」

 あ、ああ…ユズキ君もトールキン先生をご存知でしたか…。

「すとっぷすとっぷすたーーーっぷ! よ~っく分かりました! だけど、その弓もやっぱ兵器なんじゃね?」

「いえ、武器です! 剣とかナイフと同じ武器です! ナイフも剣も進化させたら駄目だって言われてませんよね?」

「…いや、確かにそうだけど…」

「だったら、問題無いです!」

 …抵抗は無駄? いや、別に何でもかんでも駄目って言ってるわけじゃないけど…。


「そのぉ…ちなみに、何で弓を進化させようとしてんの?」

「そんなの決まってるじゃ無いですか。彼等にぴったりだからです!」

 …………ん?

「えっと、やっぱエルフだから弓?」 

「いえ、シルベスター様に似てるからです!」

 そ、そうでっか…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る