第1115話 神々の争い?
静かに2人でジョッキを傾けていると、ブラウリオ男爵が不意に辺りへ目くばせを始めた。
そして、周囲に誰も居ない事を確認した男爵は、ヴァルナルへ声を潜めて話しかけた。
「閣下…やはり、御子息の仰る通りでしたね…」
それを受けたヴァルナルも、同じように声を潜める。
「ああ、間違いないようだな」
今更、余計な装飾語など2人には不要だ。
「ええ、間違いなくこの湖は球体を真っ二つにした形です。まあ、潜って確かめたわけではありませんが、今日まで50ヶ所で計測した数字が全てを物語っています」
ブラウリオ男爵には、ヴァルナルが出発前にトールヴァルドの推測や、ナディア達による過去の調査、ダンジョンマスター達による最近の調査結果や村人達との交渉など、全てを詳しく話していた。
今回の調査が、実はそれを裏付けるためだけの物であると言う事と、本当に危険なのは山脈とこの湖の間にある、例の巨大な魔法陣的な物であると言う事も。
「あと、やはり魚などの姿は全く見られませんね…。この湖に流れ込む川も無いのですから、魚が入り込むはずもないのでしょうが…。こんな不自然で巨大な湖は、やはり人為的に何者かによって作り出された物である可能性が高いですね」
それはここの来る前から分かっていた事だ。
「こんな不自然な湖が自然に出来るはずはない…っという事だな」
「ええ、閣下の仰る通りです」
ヴァルナルが知る限り、こんな巨大な湖を造り出せるような力など、この世界には存在しない。
確かにトールヴァルドの持つ力は巨大であるし、ネス湖を造り出したという前科もある。
だが、それはあくまでも魔法…いや、トールヴァルド自身は精霊と呼んでいる者に願って造り出した物である。
こんな遠くに、トールがその存在さえ知らなかった湖を、その精霊と呼ぶ者達が造り出す意味がない。
何故ならば、精霊とトールが呼ぶ者は、何かを成した対価としてトールヴァルドの魂のエネルギーという物を欲するのだから。
トールヴァルドが知らない場所で精霊たちが活躍しても、それを願いもせず確認も出来ないのであれば、トールヴァルドが魂のエネルギーとやらを分け与えるはずがない。
これはすでにトールヴァルドに確認済みだ。
この世界に、この様な巨大な湖を造り出す事が出来る、トールヴァルドと同等の力を使える者が居ると言う事実が、この湖を実際に調べてみて明らかになった。
もっとも、その力を持った者が、一体誰なのかはすでにヴァルナルは聞いていた。
実はサラやリリアの本当の上司であっる、輪廻転生管理局という時間も世界も超越した組織の局長とやらであろう事を。
この調査に出発する前に、すでに騎士や兵士の全員に例の薬を飲ませた事により、サラやリリア達には、こういした話が正しく伝わらないようになっている。
だからこそ、こうして男爵と話が出来るのだ。
ただ、真の敵とも呼べる存在…つまりは輪廻転生管理局やサラにリリアの本当の立ち位置などに関しては、誰にもあヴァルナルは話して居ない…と言うよりも、アルテアン一家以外の者には、その秘密は話していない。
何時何処からどの様にして情報が管理局とやらに漏れるか分からないから。
なので男爵とは、埒外の力で造られた不自然な湖、ダンジョンマスター達は湖の存在を先に知っていた、という情報のみを共有し、その他の騎士や兵士には、将来この異常な湖を造り出した物が王国へ侵略するかもしれないとだけ伝えてある。
いつか、トールヴァルドが巨大な敵と戦う可能性が非常に高いと言う事は、先日ダンジョンマスター達が持ってきたLシリーズなる補助武装からも推し量る事が出来る。
とてもじゃないが、ヴァルナルの武技程度が通用する相手出ない事も、重々承知している。
だが、もし愛する息子とその妻達、娘や使用人夫婦がその敵に立ち向かうのだとしたら、ヴァルナルも立ち向かう覚悟である。
もしも傍観しようものなら、愛する妻が激怒して尻を叩くであろう事も。
「今回、我々はこの湖の異常さを陛下に報告するだけだ。私の憶測では、神々が争った跡では無いかとも思うのだが…」
「なるほど…。言われてみれば、確かに閣下の仰る通りかもしれませぬな。人の手でこの様な湖は造れませぬ。神々の争いですが…誠に恐ろしいお力をお持ちなのですね、神とは…」
何となく、誤魔化す様にヴァルナルが神々と口走ったが、案外これは良い言い訳になるかもしれない。
そう考えたヴァルナルは、帰ったら国王陛下にはこの言い回しを使って報告しようと心に決めた。
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