第960話  赤ちゃん達

 無事出産の一報を受けた廊下は、もの凄いお祭り騒ぎになった。


 ドワーフさんが、なかなか俺達を呼びに出てこなかったのは、母さんが赤ちゃんを産んだ後、ユズキの出産も佳境を迎えてたかららしい。

 お産の途中なので手を休める事も出来ず、そのままユズカの出産と産後の処置が終るまでは、男共は放置しておこうと意見が一致した結果だとか。

 これは責める事は出来ないなぁ。

 俺が住んでた頃の日本だったら、お産は個別に別室で行うし、専門のスタッフがちゃんと付いてるから、待ってる家族にもすぐに知らせてくれだろうけど、今回は母さんとユズカが一度に同室で出産してるんだし、スタッフも一緒なんだもんな。


 この慶事に落ち着いていられるものか!

 出産という、命を懸けたその大勝負に挑んだ2人の女性が、見事にその任を果たし、そして無事に帰還したのだ。

 これを喜ばない奴などいようか、いやいるまい! 

 特に父さんとユズキは当事者でもあるのだ。

 ブレンダーにノワールにクイーンに蜂達、そしてちっこい妖精達にもっち君と、入り乱れてのお祭り騒ぎする事を誰が責めれよう。

「しゃしねっ! 静がさしろ!」

 ドワーフさんに、大声で責められました。

「そしたきゃ騒いだきゃ、ゆっくり休めないんだべが!」

 めっちゃ大声で怒られました。

 しーんと静まり返った廊下で、しゅんと項垂れる男達&妖精達&ペット達。

「お産で疲れてるんださげ、ちょぺっどは静がさしてあげまれ! びっきも寝てるんだがきゃ、もちょっど気を遣え!」

 えっと、滅茶苦茶大声でうるさいのは、今はドワーフさんでは…?

 って、思っていても絶対に口にしませんよ、俺は。

 ちゃんと空気が読める男なんです、俺は!

「いや、一番うるさいのは、君では…」

 あ、うちの馬鹿親父がいらん事を…。

「何かぬかしたか?」

 父さんの腰ほどしか背丈の無いちびっこドワーフさんだが、もの凄い迫力である。

「い、いや…なんでも無いです…」

 俺から見ても巨漢で筋肉モリモリの父さんが、1歩、2歩と後退るのだから。

 そんなドワーフさんの迫力に圧倒されているのは、もちろん父さんだけでは無くユズキもだ。

 滅茶苦茶青い顔して項垂れてた。

 俺達の様子を見ていたドワーフさんは、静かになった俺達を見てニッコリ笑うと、

「ちょっどは落ち着いたかゃ? んだば、順に中に入れ」

 そう言って、顎をちょいちょいっと突き出し、入室を促した。

 それを見た俺達は、顔を見合わせ小さく頷くと、父さん、ユズキ、俺の順に、そうっと静かに部屋へと足を踏み入れた。


 窓際から少し離れた壁際に並べられた2台のベッド周りは、まだバタバタと忙しそうにドワーフさんとナディア達妖精族、そしてイネスとマチルダが動き回っていた。

 部屋でへたり込んでいるのは全身鎧の少女…って、変身したミレーラだな。

 魔族の女医さんは、それぞれ母さんとユズキに寄り添って、何か注意事項でも伝えているのかな?

 前世でTVとかで見た、産婦人科での出産後の様子とかなり違う現実に立ち尽くしてしまった俺。

 あ、父さんとユズキも立ち尽くしているか…。

 何せ、ドワーフさんや妖精達が手にしているシーツは血で赤く染まっているし、紅潮した顔で荒い呼吸を繰り返す母さんとユズカの姿を見ていると、何も出来ない俺達男って、何て小さな存在なんだ…と、打ちのめされちゃったから。

 いや、前世でも子供は居たんだし、産後の嫁さんと話したこともあるけれど、2人いた子供のどっちの出産の時も側に居てやれなかったんだから、こんな事態に即座に対応とか出来ねーし、心構えも出来てねーよ。

 出産の手伝いした女性陣、すげーよなぁ…みんな、自分のやるべき事が判ってる様で、テキパキと動いているんだもん。


 そんな部屋の入り口で立ち尽くす男3人(ペット達や妖精達は、廊下で待機)に、魔族のお医者さんから声が。

「さ、頑張った奥さんタチ、労うイイね!」

 その言葉に、ふらふらと父さんとユズキが、それぞれ母さんとユズカの元へ。

 だから、俺は空気が読める男なんだってば! 2人に駆け寄ったりしねーよ!

 父さんと母さん、ユズキとユズカ、どっちも夫が優しく妻を抱きしめて、決して大げさではない出産という命懸けの戦いを乗り切った2人を労っていた。

 母さん達とはちょうど反対の壁に、小さなベッドが2台並んでいるのが見えた。

 きっと、あそこに赤ちゃんが寝ているのだろう。

 ベッドのすぐ横に大きなタライが置かれてるって事は、あれが産湯なんだろう。

 中のお湯が赤く濁ってる気がするけど、見ないようにしよう…ちょっと怖い。

 血への耐性は男より女の方が上ってよく聞く。

 まあ、女性は月の物や出産でも血を目にする機会が多いから、もしかしたら生まれつき男よりも耐性があるのかも。

 あれ? そう言えば前世では産湯を使わずに、赤ちゃんの身体についた血とか羊水とかを拭うだけにして、産着で体温を保つ方が赤ちゃんのためには良いとか聞いた気がするけど…どうなん?

 ま、この世界の流儀ってものがあるのなら、それに従った方がいいかも。

 ここには経験豊富なドワーフさんも、魔族の女医さんも居るんだから、間違ったことはしないだろう。

 

 集中して回復や治癒の魔法を使い続け、疲労困憊で部屋で座り込んでしまっていたミレーラを労いながら、俺は小さなベッドへ向かった。

 ミレーラも変身を解いて、俺と共に赤ちゃんの元へ。

 んでは、ちょっと赤ちゃんのお顔を拝見。

 真っ白で清潔かつ柔らかそうな産着で包まれ、それぞれのベッドですやすやと寝ている可愛らしい赤ちゃん達。

 金色の髪の毛の赤ちゃんと、黒色の髪の毛の赤ちゃん。

 どっちがどっちの赤ちゃんかなんて、言われなくても間違えようがない。

 もしも間違ってたら、それはそれで大問題だぞ?

 遅れてやってきたイネスとマチルダも、息を潜めて赤ちゃんを覗き込む。

 ミレーラもマチルダもイネスも、出産に立ち会った。

 だからこそ、より可愛く見えるのかもしれない。

 ほぅ…とため息を付きながら、俺と嫁ーずは赤ちゃんを見つめていた。

 何だか、心が暖まるなあ。

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