第958話  まさか!?

 ふと気づくと薄暗くなってきていた廊下の隅で、男3人が固唾を飲み体を緊張で強張らせながら、じっと産室の扉を睨みつけていた。  

 いつやって来たのか分からないが、俺達のすぐそばにはブレンダーとクイーン、そして多くの蜂達。

 少し離れたた所には、何時もは日当たりのよい場所で惰眠を貪っているノワールも。

 天井を見上げると、もっちくんと妖精達もただ黙って、扉を見つめていた。

 産室からは時折人の出入りが有り、多分ドワーフさんと魔族の女医さんであろう声が聞こえる。

 すでに母さんかユズカかどちらの声なのかは分からないが、廊下に響く喉を絞るような声が弥が上にも緊張感を高めていった。


 2人が産室に入ってからどのくらいの時間が経ったのだろう。

 もう、廊下はすでに暗くなっており、普段であればドワーフさんたちが灯を点けてくれる時間となっていたのだが、彼女たちも今はそれどころでは無い様で、廊下は暗いままだ。

 だが、廊下で出産という命がけの戦いを見守り続ける誰もが、そんな些細な事は気にしていなかった。

 いや、正確には暗くなっていることさえ気づいていないのだろう。

 何かに祈るよう、ただ見守り祈り続けているユズキなどは、呼吸することすら忘れているようで、時たま大きく息を吐きだしたり、深く吸ったりしている。


 やがて産室から聞こえてくる女医さんによる呼吸のサポートの声が一段と大きくなってきた。

 俺も父さんもユズキも、ブレンダーにノワールに妖精達までもが、何故か一緒に呼吸していた。

 あの有名な『ヒッヒッ…フー!』と言うやつだ。

 廊下に響くは、はたして呼吸なのかはたまた声なのか。

 ある瞬間、何の音も聞こえてこ無くなり、額に汗が浮かんだ。

 すると、次の瞬間の事だ。

「「今!」」っという声と、「「ん~~~~~~~~~~!」」と言う声が廊下一杯に響いた。

 廊下の全員が息をのみつつ、前のめりになってさらに扉を凝視した。

 もう、俺も手を握りしめすぎ、手のひらに爪が喰い込んでいるのが分かる。

 だけど、この苦しそうな声が響く中で、身体から力を抜くなんて出来るはずがない。

 もう、誰もが呼吸する事すら完全に忘れていた。

 何故か心臓の鼓動だけは、はっきりと耳に聞こえる。

 誰の心臓の音だ? 俺か? いや、俺のじゃなかったら、それこそびっくりだ。

 何度も聞こえる母さんかユズカか、いやどっちもなんだろうが、いきむ声が聞こえる。

 きっと、今この瞬間、2人の赤ちゃんが産道を下りて来ているはずだ。

 父さんもユズキも、いやこの場に居る全員が心の中で叫び、願い、そして神に祈っていた。

 頑張れ、頑張れ、頑張れ…と。

 

 やがて、一瞬…そう、ほんの一瞬だけ全ての物音が消えた。

 不意に訪れたその静寂に、俺と父さんとユズキは、瞬時に顔を見合わせ、そしてまた扉へと顔を向ける。

 そしてその静寂の時は、この世界の隅々まで届けといわんばかりの声で終わりを迎える。

「ぉぎゃ…お…おぎゃ…おぎゃーーーーー!」

 その泣き声は耳に入っている、絶対に間違いなく。

 だが、何を言えばいいのか分からず、ただただ呆然と立ち尽くしてしまった。

 あ、それは俺だけじゃない様だ。

 新たな命の息吹と共に、新たな子の父親となった父さんとユズキも、ただ口をぽかーんと開けて立ち尽くしていた。

 だげ、それもつかの間、どちらからともなく開いた口から言葉を漏らす。

「「う、産まれた…」」  

 俺達は手を取り合い喜びあっていた…ん?

「あれ?」

「どうした、トール?」「どうされたんですか、伯爵様?」

 満面の笑みを浮かべた父さんとユズキであったが、俺はちょっとだけ疑問に思った事が…。

「いや、えっと…その…今、赤ちゃん泣いてたよな?」

 今も廊下に響く、元気な赤ちゃんの泣き声。

「ああ、私の子がな!」「ええ、僕と柚夏の子供が!」 

 2人が嬉しそうにそう言った…が、俺の疑問にユズキが気付いた。

「あぁ!?」

「どうしたのだ、ユズキよ?」

 気づけよ、父さん!

「こ、侯爵様! 赤ちゃんの泣き声…1人分しか…」

「あっ!」

 そう、赤ちゃんの泣き声は、1人分だけしか聞こえないのだ。

「「「まさか…」」」

 俺達の考えている事が伝わったのか、ブレンダーにクイーン、蜂達にノワール、そして大勢の妖精達に持っち君、この場に居る全員が、やっとこ回復した呼吸をまたもや止める事態になった。

「「「まさか!?」」」

 一体、どうなったんだ?

 2人は…赤ちゃんは無事なのか!?

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