第932話  えっ、えっ? 

「えっ? ちょ、トール? えっ、えっ?」

 まだ朝日が昇ったばかりの、ネス湖の湖畔の俺の邸の裏手。

 着陸と同時に、俺は父さんをキャビンから父さんを裏庭へと放り出した。

 待ち構えていたのは、コルネちゃんとユリアちゃんの、我が家自慢の超絶可愛い天使な2人。

 とっても良い笑顔で父さんを捕獲した2人は、母さんの元へと連行していった。

「トール? ト――ル? ト――――ル――――!」 

 愛しの妹ずに両腕を拘束された父さんは、悪魔の住む邸へと引きずり込まれて行った。あ、悪魔の住む邸って言ったけど、あれってただの俺の邸の裏口だけどね。

 ま、事情は母さんが全部話してくれるだろう。

 危険な地の調査だって意気込んでる父さんには悪いけど、これは仕方がない事なんだ、うん。


 さて、美しい景色を横目に、父さんだけを降ろした俺は、騎士や兵達を乗せたまま、今度は海へと向かった。

 このホワイト・オルター号のキャビンには外を見る事が出来る窓があるのだが、カーゴルームでもある飛行船本体には窓はない。

 なので、騎士や兵士諸君には、俺の邸で何があったかなど知る由もない。

 一度着陸してまた離陸したぐらいは分かると思うが、それがどの様な理由で行われたかなど、知る方法は無い。

 ま、一緒に来た父さんですら降ろされた理由を知らなかったんだから、彼等が知る事など出来るはずも無いが。

 よっしゃ、んじゃこのまま海までレッツ・ゴー!


「それで俺は降ろされたと?」

 トールの邸で降ろされたヴァルナルは、コルネリアとユリアーネに引きずられて、ウルリーカの待つ部屋へと連れて来られた。

 そして身重な妻より、此度の調査に関する事や人魚さん達のお見合いパーティと言う名の妊活パーティの事まで、全てを聞く事になった。

「そうよ。だからこそ、飢えた魚群…もとい人魚さん達の所にあなたを行かせる訳にはいかなかったのよ」

 もう出産間近の愛する妻からの一言であったが、どうにもヴァルナルにはその中の一節が引っかかった。

「行かせる訳にはいかなかった?」 

「そうよ?」

 妻は、そうはっきりと言い切った。

「どういう訳で?」

「あなたが行けば、コルネリアやユリアーネ、そしてこのお腹の子の妹が増えるから」

 さらに、妻ははっきりと言い切った。 

「い、いや、そんな事は無いぞ?」

「いえ、絶対です! なたはすぐに状況に流されます! 誰の目も届かない所で巨乳の人魚さん達に迫られて、あなたが何もしないなどと絶対にありえません! その結果、この子達に新たな妹が出来るのは間違いありません!」


 このウルリーカも、結構な巨乳ではあるが、普段はゆったりとした服装を好んでいるため、あまりそうとは見えない。

 だが、あの海で獲物を待ち構えている人魚さん達は、ウルリーカと同等もしくはもっと巨乳…いや、そうでなくとも煽情的な水着を着ているのだ。

 それだけでなく、その姿で貪欲に男を求めて迫ってくるのだから、ほとんどの男であれば間違いなく流されてしまうだろう。

 そもそも、人魚さん達は男をどん欲に求めるが、基本的にとても尽くす種族でもあるのだ。

 全員がとても頭の良い種族でもあるので、男が何を求めているかなど、口に出さずとも全てお見通しなのだ。

 なので漢であれば、あの人魚さん達の誘惑には勝てない。

 人魚さんによる、至れり尽くせりの中では、誰も彼もが骨抜きにされ、そして生気…精気の全てを吸い尽くされてしまう。

 実に恐ろしい場所である…人魚さんの群れというものは…。


「あの桃色空間の誘惑に、あなたは勝てません!」

 妻にそう言い切られれば言い切られるほどに、どうにもそこが気になってしまうヴァルナル。

 そこで、はたと気付く。

「だ、だったらトールはどうなるんだ?」

 息子は騎士や兵士を連れ、その桃色空間に向かったはず。

 恐ろしいまでの、その人魚の誘惑とやらに、息子は負けないのだろうか? 

「普通だったら、負けるでしょうね。でも、あそこには既に送り込んでいますから、大丈夫です」

 何か不穏な言葉が聞こえた気がする。

「送り込んでいる?」

「ええ、あの子の奥さん5人と妖精族4人を、全員ね」

 すでにウルリーカは手を打っていたという事らしい。

「あの子は、あっちで人魚さん達の相手を降ろしたら、飛行船の中で搾り取られるでしょうねえ~」

 けらけらと笑うウルリーカに、背筋に冷たい物が流れるのを感じたヴァルナルであった。

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