第927話  愛

「なってなーーーい!」

 完成した新しい宿泊施設? のイメージ図を嫁ーずと一緒に母さんに見せに行ったところ、ユズカが頭を掻きむしりながら発狂…ごほんっ! ではなく、大声で叫んだ。

「何故に!?」

 母さんはニコニコと嫁ーずと図を見ながら談笑しているだけなのだが、どうもユズカは気に入らなかった様だ。

「ここには愛がない!」

「愛!?」

 えっと、ユズカさんや…俺は人魚さん達にそんな感情持ち合わせておりませんが?

「いいですか、伯爵様! 人魚さん達の生活を考えてください。彼女達は水辺に棲む種族です」

「あ、ああ…その通りだな…」

 何を今更?

「彼女達には足がありません!」

「そりゃそうだろ。足があったら人魚じゃないし」

 声を失う代わりに尻尾を人間の足に変える魔法薬を飲んだとかいう童話もあったよなあ。

「その彼女達が崖を掘っただけの廊下をピョンピョンと飛び跳ねて移動する姿を考えた事がありますか!?」

 一息で言ったな?

 えっと…ピョンピョンとね…するとどうなる?

「ひれが傷つきます!」

「おお、確かに! って、待て待て待て! 彼女達は街の娼館に出勤したり、俺の邸で仕事したりしてるけど、普通にピョンピョン飛び跳ねてるけど?」

「魔族さん特製の魚類用の尾腐れや傷用の薬を常備しているのです!」

「観賞魚かよ!」

 前世でグッピー飼ってた時に、そんな奴を買って使った事あるぞ。

「彼女達は、妊娠したいのです!」

「ああ、うん。それは知ってるけど…」

「男の前では綺麗に見せたいのです!」

「まあ、そうかもしれない…」

「その彼女達が精いっぱいのおしゃれをして、裸一貫で男性の待つ部屋へと行くのです!」

 裸一貫の使い方を間違ってる気がするが…。

「それで?」

「そんな彼女達が、傷ついたひれで男性の前に出たいと思いますか?」

「なるほど!」


 ユズカの言いたい事が何となくわかった。

 つまり、男の前では綺麗で居たい。

 綺麗でいる方が、男性に選ばれやすい。

 彼女達の特徴でもある尾びれは、特に目立つ部分だから、しっかり手入れをしてくるだろう。

 それが傷つくような廊下では傷薬を持参するしかない。

 だが、事が事とだけに、そんな物を持っては行けない。

 まあ、何となく出張風俗っぽい感じになっちゃってる気がしないでもないけど。 

 目いっぱいのおしゃれをして、やる気満々で相手の待つ部屋に行こうとしているのに、この廊下では念入りに手入れをした自慢の尾びれが傷ついてしまう。

 だが、この図で見る限り、そういう所に気遣いが全くなされていない…と言う事か?

 そう言われると、確かに愛が足りないかもしれない、いや足りないな。

 俺は人にとっての使い勝手(&逃がさないようにする事)に重点を置きすぎた。

 この宿泊施設でもっとも大切なのは、人族と人魚さん達にとって共に使い勝手が良く、気持ちよく過ごしてもらう事。

 事後のこの場所の管理も人魚さん達に任せるのだし、男が気分よくハッスルできるようにムードも考慮しなければいけなかったんだ!


「おお、確かにこの図のコンセプトからして、愛が足りないかもしれない!」

「でしょ、でしょ!」

 自分の意図を理解してもらえたユズカは、得意げだ。

「なるほど…廊下や部屋の床は全面的に絨毯の様な物を敷くべきだな…」

 俺の呟きを拾ったユズカが、

「情熱的な赤が良いと思います!」

 そんな意見を大きな声で言ったが、赤…?

「あと、照明はピンクで。淡い紫でスケスケの布が垂れ下がった天蓋付きのベッドと、ガラス製壁の向こうにこれまたガラス製の湯船が完備されたバスルームも!」

 ……おいっ!

「そりゃ、ラブホじゃねーか! 何でそんなん知ってんだよ! お前、あっちではJCだったんだろうが!」

 おっと、嫁ーずは母さんとの話に夢中で、俺の声は届いてない…か?

「知識だけはありますもんねー! それにそんなホテルを造ってくれたら…」

「造ったら?」 

「ユズキと入り浸る!」

 ユズカよ、お前の横で黙って話を聞いていたユズキが、くねくねと気持ち悪い動きで恥ずかしがってるぞ?

 だが、まあ…、

「分かった。最大限ユズカの考えを尊重しよう」

「やったね、ユズキ! オーシャンビューのラブホで2人目作ろう!」

 ユズカが嬉しそうにくねくね中のユズキにそう言うが、俺はあえて突っ込もう。

「まだ1人目も出てきてねーよ!」


 こうして、愛を育む為の宿泊施設に、愛を込めた改良をする俺なのであった。

 とは言え、照明はピンクになどしないで、目にも優しく雰囲気も良い間接照明だし、壁も浴槽もごく普通のもの。

 ベッドもサイズこそ一回り大きくはしたが、変な天蓋とか垂れ布は無しだ。

 当然だが、絨毯の色も落ち着いたグレーっぽい獣の毛皮にした。

 最終的なイメージ図を見た母さんも嫁ーずも大いに賛同し、建設許可が下りたのであった。

 

 さて、無事に建設許可にまでこぎつけたのだが、ここで一言言っておかねばならない奴…いや、夫婦がいる。

 お前達だ、このユズユズ夫婦!

「この宿泊施設が完成しても、お前達は当分利用禁止だ!」

 俺の言葉に、真っ赤な顔で怒り心頭で文句タラタラのユズカと、滅茶苦茶に落ち込んでいるユズキ。

 ユズキ、もしかして使いたかったのか? だが、断る!


 お前達に使わせてみろ…嫁ーずが絶対に使いたいって駄々こねるだろうが。

 こういった時の嫁ーずの目は怖いんだよ…わかるよな、同じ男として。

 あ、お前も嫁さんが宿泊を熱望してたから、宥める方法考えて落ち込んでたの?

 うん、分かるよ…俺も一緒だから。

 今度、男同士で呑みに行こうな。

 未成年だから、酒は無しだけど。

 え、この世界なら成人が15歳だし、そもそも結婚してたら未成年の枠から外れて成人扱いだから、日本の法律でも飲酒はOKのはずだって?

 お前、そりゃ間違ってるぞ…。

 日本だったら、喫煙も飲酒も成人が条件じゃなくて、20歳からOKなんだからな、憶えとけよ。

 ちなみにこっちの世界でだったら、俺達は飲酒はOKな年齢なんだが…。

 実は、あんまり酒って好きじゃないんだよ、俺。

 え、ユズキも下戸なの? でも、ユズカは酒豪だと…苦労してんだな、お前も…。




注:2022年4月から民法の成年年齢は18歳に引き下げられましたが、飲酒と喫煙の  

  年齢制限については20歳のまま維持されております。

  成年・成人が、飲酒や喫煙の条件ではありません。 

  作品中の、トールヴァルド、柚希、柚香が日本に居た頃は、作品の都合上、成人 

  年齢が法律で20歳でしたが、物語の進行に特に問題がないため、法改正以前の  

  条件で物語を書いておりますので、ご容赦ください。

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